「やっぱりジンは強いや……」
機体を新調して初めてのジンとのバトル。俺は今回は負けてしまった。俺も早く新しいLBX――聖騎士エンペラーに慣れないとな……
「あの技すごかったよ。槍からすごい光が……」
上手く説明できないけど、槍の必殺ファンクションであったことは確かだ。俺の使っていた超プラズマバーストとはまた別の、すごい必殺ファンクション。
ジンの暗黒騎士アキレスが技を発動するまでの間、俺はそれを避けようとした。が、避けきれずに俺の機体は攻撃を受ける。盾が装備できない分、受けるダメージもさらに大きい……今までの感覚とは違う。
「グロリアスレイのことか?」
グロリアスレイっていうのか。今まで長く槍を使っていたけど、まだ俺の知らない技があるんだ、と思った。
「CCMの画面に突然出てきたんだ」
もしかしてオーディーンのJETストライカーのような機体の固有技なのだろうか。それともデータを送れば他の人も使える技だろうか。俺でも使えるのなら、また槍を使うようになったら使ってみたい。
「俺も頑張って使いこなさないとな」
俺は手のひらに乗せた聖騎士エンペラーに目をやった。


俺の隣で機体のメンテナンスをしていたジンは槍を手に取り、俺の方を見た。
「何?」
「いや、さっきのバトルで槍にヒビが入ったみたいなんだ……」
見ると、その槍の先の方が下に向かって一本の大きなヒビと、細かなヒビがいくつも入っている。
ジンは俺に槍の修理の仕方を教えてほしい、と言った。俺は快く引き受けた。
「まずここをこうやって……」
俺はグリスを少し指に出すと、ヒビの入っている部分に軽く塗った。このまましばらく触らずに置いておけば、次第に槍の先端の金属部分が科学反応を起こしてくっつくはずだ。
「後はこのケースにでも入れておいて」
俺はかばんからいつも持ち歩いている槍用のケースを取り出してジンに渡した。
「色々すまない。次からは自分で出来そうだ……痛っ」
どうやらケースに槍を入れた時に破片がジンの人差し指に刺さっってしまったようだ。幸い破片はすぐに取れたが、ジンの白い指先からは赤い血が少しにじんでいる。
俺も慣れない頃は武器の修理中、指に破片が刺さったことが何回かある。最近はほとんどなくなったが、あの鋭い痛みは思い出せる。
「大丈夫とは思うんだけど……救急箱ってどこにある? 取ってくるから」
「心配ない。これくらいすぐ直るさ」
ジンは血が出ている人差し指を軽く舐めた。これくらいの傷はすぐに治るはずだけど、一応消毒して絆創膏を貼った方がいいと思う。俺はジンが心配なので、そばにあったティッシュを渡した。
ジンは怪我をしていない左手を出した。血が出ていたのは右手の人差し指――俺はあることに気付いた。
バトルの前にこれからのことを誓ったときに俺の唇に指が当てられた。確か俺から見て左側、右手の人差し指……
「ええっ……!?」
これを間接キスというのだろうか。そう気付いたときには俺は変な声をあげていた。ジンはそれを聞いて不思議そうにこちらを見る。
「どうした? バン君」
「な、何でもないよ。あってもくだらないことだし……」
ジンはそうか、と言ってケースのふたを閉める。暗黒騎士アキレスの使える武器がない今、もう一度バトルはできない。


時刻は八時を過ぎていた。元々今日は泊まるつもりではなかったけど、時間を忘れるくらい塗装とバトルに没頭していたからなあ……。そういうわけで今日はジンの別荘に泊めてもらうことにした。
「バトルもできないし何する?」
「バン君のしたいことでいいよ」
バトル以外に俺がジンとしたいこと……俺は返答に詰まる。LBX以外に共通する話題が思いつかない。
何でもいいから今俺がしたいこと、一つ言いたいことはある。さっきのことがずっと気になる。でも、言っていいのかどうかわからない。
LBXを使わないで二人でできる楽しいこと……俺は部屋を見回した。一番最初に目に入ったのは、ベッドの上にある白くて柔らかそうな羽のついた枕。あれで寝たら起きられないくらい寝心地の良さそうなふわふわの枕――
「枕投げとか……?」
「…………」
枕は頭に敷いて寝るものであって、投げて遊ぶものではない。ましてやあんな高そうな枕を投げて遊びたいなんて、俺がどうかしてた。俺はすぐに言葉を撤回した。が……
「枕投げか……僕はどうすればいいんだ」
「もしかして枕投げをしたことないの?」
「ああ」
何となく察しはついていたけどやっぱりジンは俺みたいな庶民とは違うと思った。ジンが枕投げをする姿なんて想像できない。
「修学旅行とかじゃ定番なんだけどな……うるさくて先生に怒られるんだけど」
「じいやは明日まで用事で帰ってこないらしい。だから多少騒いでも大丈夫だ」
俺の口から咄嗟に出た枕投げ。まさか、本当にすることになるなんて……


◇◆◇◆◇◆


ベッドの上に座って枕を手に持って向かい合う。白い枕はふわふわしてとても触り心地がいい。当たってもあまり痛くなさそうだ。
「これでどうするんだ?」
ジンは両手で枕を縦にして構えている。その表情は戦場に赴くかのように真剣だ。
「俺に向かって投げて当てたらいいんだ」
俺とジンの間には結構距離がある。投げるにはそれほど力はいらないはずだ。久しぶりだから加減がいまいちわからない。始めはキャッチボールみたいに軽く投げてあげよう。
「いいのか?」
「うん。遠慮しな……ぶっ」
俺の顔面に枕が直撃した。もっとふわっと投げてくるかと思ったのに、いきなり全力だなんて……
お返ししてやらないといけないけど、全力で投げて怪我でもさせたらどうしよう。俺はゆっくりと枕を投げた。
「僕には手加減しなくていい」
LBXが枕に変わったようなものだ――俺はお返しにさっきよりも強く枕を投げた。ジンはそれを軽く避け、俺に反撃してくる。長い攻防戦が始まった。バトル以外で子どもらしく年相応に楽しむジンなんて初めて見た。何だか少し意外でおもしろい。
「うわっ」
俺はまたもや顔面に枕の直撃を食らう。その拍子に俺はベッドから転がり落ちた。

「バン君! 大丈夫か!?」
ジンが慌てて俺に手を伸ばす。尻餅をついたからお尻が痛い。これは何倍にもして返してやらないと。俺は枕を片手にもう片方の手を引っ張ってもらう。
「お返しだ!」
枕を顔に軽く押し当ててお返しするつもりだったが、そのまま俺はバランスを崩して一緒にベッドに倒れ込んだ。
「…………」
「…………」
俺たちは何が何だかわからずにしばらく固まっていた。沈黙の後に俺は気付いた。これはどう見ても俺がジンを押し倒している体勢だと。

状況が呑み込めずに混乱していると、部屋のドアが開いた。
「用事が早く済みましたので戻って参り……」
執事さんが帰ってきた。つまり、この怪しい体勢を思いっきり人に見られた。
執事さんは俺たちの姿を見るとすぐに絶句した。俺は言い訳……じゃない、事実を言おうとした。
「さ、さっきまで遊んでただけで……! 別に変なことしようとしてたわけじゃ……」
「失礼致しました。ごゆっくりお楽しみ下さい」
そう言い残して執事さんは扉を閉めた。

俺はさっきからずっとこの体勢でいることに気がついた。俺は慌ててジンの上から退く。
「じいやには後でちゃんと説明しておく」
また色々と誤解されるようなことをしてしまいそうだと思ったので、俺たちは枕投げを止めた。でも、頭の中はさっきのことでいっぱいでまともな話題が出てこない。俺は布団を頭からかぶって寝たフリをした。程よい温かさといいにおいに包まれた俺は眠くなった。
「あのときバン君が言いたかったことがわかった気がするんだ」
俺、何か言おうとしてたっけ……? さっきのことで何もかもが頭から抜けてしまい、俺は自分の言いたかったことすらよく思い出せなかった。
ジンが俺の頭までかぶっていた布団をめくって右手の人差し指を見せる。少し切れていたが、血はもう止まり二、三日すれば完全に治りそうだ。
「指? ああ、怪我したんだよね……まだ痛い?」
「もう痛くない。あれは……言わない方が君のためかもしれないな」
俺が思い出さない方がいい事実とまだ傷跡の残る指先。俺のためにジンは言わないでくれている……
もしかしてさっきの怪しい体勢に関係あったり……しないか。いや、大いに関係している。俺は「言いたかったこと」をはっきり思い出した。
「ひょっとして……間接キスのことだったりとか?」
「…………」
返事は返ってこなかった。まずいことを言ったな……恥ずかしさと後悔と様々なものが混ざり合って俺の思考はオーバーヒート状態だ。
「ごめん。今の忘れて」
「……ん」
ジンは眠そうな目をして俺の方に顔を向ける。何を忘れるんだ、と答えが返ってきた。
そして、目を閉じて寝息を立て始めた。俺が言ったときにはいつの間にか寝ていたということか。俺はそのことに苦笑した。
ジンは俺の言いたかったことがわかった「気がする」と言った。だから、本当にわかっていたかどうかの確信は持てない。でも、本当は聞かれなくてよかったのかもしれない。
一度言葉に出してみるとその言葉はしばらく耳に残る。俺はジンの方を見るのがなんだか照れくさくてもう一度布団を頭からかぶった。

2011/11/23

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