アルテミスの一件から数日たったがユウヤの昏睡状態は覚めないままで、これといって特に出来ることはないが、今日も僕は彼の元を訪れた。
いつ目を覚ますかわからない、もしくは先に死を迎えるかもしれない――そんな彼はいつもと同じように眠っている。
僕は彼のいる病室に行くと小一時間ほどそこで過ごしている。時々髪や手に触れたり、返事が返ってくることはないとわかってはいるが、彼に向かって語りかけてみたりもする。
今日は彼に届け物がある。ベッドくらいしか物がない殺風景な場所に花を添えてやろうと、ジャッジを修理して持ってきた。扱ったことのない機体なので直すのには昨日の夜までかかったが、いつか彼が目覚めたときに傍にあれば喜ぶことだろう。
僕はそれをそっとユウヤの傍らに置いた。
「今度は本当のバトルをしような……」
そう言ってユウヤの髪を優しく撫でる。少しクセのある深い紫色の髪は僕の指の間からするりとこぼれ落ちた。
僕は用も済んだのでそろそろ帰る、とユウヤに告げた。
「……ん」
ずっと閉じられていたユウヤの瞳がゆっくりと開かれる。どうやら、彼は意識を取り戻したようだ。
ユウヤは僕の顔をしばらく眺めると、手を伸ばして僕の頬に触れた。その手は体温が低めの僕でさえも、ひんやりと冷たいと思えるほどだった。
「ユウヤ……?」
僕はユウヤの手に自分の手を重ねて呼びかける。ユウヤは僕の方をじっと見詰めて口を開いた。
九年ぶりに再会したが、僕のことはおそらく覚えているようだ。
「――――」
ユウヤが僕に何か語りかけてくる。室内の音は心電図の音しかしていないはずなのだが、ユウヤの小さい声はそれにすらかき消されてうまく聴き取れない。
「何?」
ユウヤは口に両手を当て、首を横に振る。
「もしかして、しゃべれなくなったのか?」
暗い表情でユウヤは頷いた。確かサイコスキャニングモードといったか、アルテミスでの暴走で彼は精神が崩壊する直前まで陥った。それを止めるために僕はバン君と協力して必殺ファンクションで彼のジャッジを挟み撃ちにし、なんとか止められたのだが……何らかの後遺症が残ったのだろう、彼は言葉を失ってしまったようだ。
「僕の言っていることはわかるか?」
ユウヤは表情を変えずに頷く。相手の言葉はわかるが、言葉で自分の意思を届けることが出来ない、ということだろうか。
ユウヤは自分の横に置かれているジャッジに気付き、それを手に取った。下を向けたり手足を動かしてみたりしてじっくり眺めた後彼は首を軽く傾げ、僕の方を見た。
「覚えていないのか? 君の使っていたLBXだ」
ユウヤはジャッジのことを覚えていない、それどころかほとんどの記憶が抜け落ちているようだった。唯一覚えていることは僕と一緒に病室から抜け出した日のことで、強化プログラムを受けてからの記憶が一切ないようだ。
九年前、僕がまだ病室にいたときに聞いた話だが、自分の記憶の一部があまりに辛く、生きてゆくためには極端に妨げとなるならば反射的、もしくは衝動的にその辛い記憶を抑圧することがある――と。だとすればまさに彼はその状態なのだろう。
真実を伝えるか否か――もし彼が真実を知ってしまえばきっとショックを受けるに違いない。僕は真実について何も言えなかった。
「――――?」
ユウヤはジャッジが気に入ったのか、すっかりそれをいじるのに夢中になっている。記憶がなくても自分の愛機なのだろう、表情の変化はずっと見ていないとわからないほど僅かなものだったが、少し嬉しそうに見えた。
せっかく目覚めたのだから、僕が帰ると寂しがるだろう。僕はもう少しここにいることにした。
ユウヤがジャッジを持って僕を指差す。僕のLBXが見たい、と言いたいのだろうか。僕は少し前に受け取った新しいLBXである、プロトゼノンをユウヤに見せた。
「僕のLBXだ。プロトゼノンという。今は戦闘データと引き換えにテストプレイヤーをしているんだ」
ユウヤは目を大きく見開いてプロトゼノンをまじまじと見る。そして、ジャッジと一緒に並べて僕の方に顔を向けた。
「もしかして僕とバトルしたいのか? なら、君のCCMも作り直してもらわないとな……サイバーランス社に頼んでみるか」
LBXの修理は一通り教えられたので出来るが、CCMの修理はさすがに僕でも出来ない。
僕は明日、一度サイバーランス社に行ってみることにした。だが、僕の頼みを聞いてくれるだろうか。
「また明日……来てやるから」
プロトゼノンをユウヤから返してもらい、僕はそろそろ帰ることにした。
「……?」
何か違和感を感じたのでふとユウヤの方を見ると、僕の上着の裾をつかんでいた。ユウヤは寂しそうにずっとこちらを見ている。
「どうした?」
ユウヤは僕の服をつかんだまま、もう片方の手でベッドを指差す。言葉は発せないが、たぶんユウヤは僕にここにいてほしい、と言いたいのだろう。
「今日だけなら構わないが……」
そう言うと、ユウヤが僕に抱きついてきた。
「病院のベッドで寝るのも久しぶりだな……」


◇◆◇◆◇◆


今夜は少し寒いので布団を肩までかぶり、部屋の電気を完全に消して僕たちは寝息を立てた。

それから一時間程がたった。何かが聞こえたので僕は目を覚ました。この部屋には僕とユウヤしかいないが、まさか……また白い「彼」が現れたのだろうか。
「う……うぅ……」
暗くてよく見えないが確かにユウヤは僕の隣にいるし、「彼」の気配もどこにもない。
苦しそうなうめき声からして、ユウヤは何かにうなされているようだ。それが何かはわからないが……彼の封印した記憶の欠片が呼び戻されつつあるのかもしれない。
僕はユウヤを落ち着かせようと肩をさすった。毎晩ユウヤは得体の知れない悪夢に苦しんでいる――何よりも孤独を恐れ、つらい日々を送ってきた彼は僕にしがみつき、悲痛な叫びをあげた。
「――――」
それが止まると、ユウヤはしばらく動かなくなった。
「よお」
「ユウヤ?」
声がしたので僕は彼に問いかける。
しかし暗闇の中でもぞもぞと布団から出てくる影はユウヤではなかった。

「……君か」
サイコスキャニングモードの実験により融合された他人の人格である、彼は再び僕の前に現れた。室温は彼が現れた後、少し下がったような気がする。
「見ろよ」
彼の体から淡い光が差した。もやもやとした霧のような光だ。
暗い部屋の中の淡い光は、彼の赫く血のような色をした瞳を輝かせている。僕と同じ、いや、それより少し色の薄い瞳は僕を覗き込んだ。
「今は幻影じゃない。こいつの体を借りているんだ」
彼は自分の――ユウヤの体を指差す。光に照らされた彼の体は実体であることを証明するように、しっかりと影を壁に映している。
「こいつ……苦しんでただろ?」
「ああ」
彼がユウヤを苦しめたとは思えない。彼の声色はユウヤを気遣うように穏やかに奏でられている。
「俺がいるからこいつは苦しんでるんだ……」
「どういうことだ?」

彼は胸の辺りを押さえると、そのわけを告げる。
ユウヤと彼は精神世界で繋がっていて、二人が同時に存在することは不可能だそうだ。彼の本当の体は今は土の中に眠っているが、まだそこには行けないでユウヤの中にとどまり続けている。一つの体に宿る二つの心、それがユウヤの精神に大きな負担をかけている――つまり、彼はユウヤの中に存在してはいけない、ということ。
「俺はもうこいつには必要ない。こいつには……お前だけが頼りなんだ」
自分がユウヤの中から消えるのは夢の中でしか出来ない――彼は下を向き、消えたいと言った。
夢の中でどちらかが死ぬ、それが一つの体に宿る別人格の唯一の「殺し方」なのだと。
「お前とのバトル、楽しかったぜ。じゃあな」
最後に彼は僕の手を取り、さよならを言った。


彼は僕の前からいなくなった。彼の周りを優しく包んでいた光だけが少しだけ残っている。


「……ぅ……」
彼の消滅に続いてユウヤが目を覚ます。ユウヤは必死に手を伸ばし、何かを探しているように見えた。夢の中で見ただろう、彼の姿を探しているのだろうか。
残っていたその光もゆっくりと消えた。
「……、…………!」
ユウヤは彼がいなくなったことに気付いたのだろうか、僕の胸の辺りに顔を埋めて静かに泣き出した。
片割れを失った彼には身よりもなく、本当に独りになってしまったのだと。
彼が独りになったのはこれで二度目だ。両親を失い実験体にされ、さらには用済みとして存在すら白の部隊の研究機関のデータから抹消、病院から退院したとしてもこれから行くあてもない。
僕の家は彼にとっては危険だ。しかし、僕の別荘なら彼を住まわせることが出来るかもしれない。
退院はもう少し先だそうだ。そのときのために僕はユウヤに空いている別荘での生活を提案した。わけあって僕とは当分一緒に暮らせないことになるが……と言うと、彼は僕の肩をつかみながら首を振る。
「僕も君と一緒にいてやりたいが……少しやることがあるんだ」
僕は泣きやんだユウヤの頭をなでてやる。ユウヤは納得したようでそのまま僕に体を預けてきた。

2011/11/13

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