LBX世界大会アルテミスで僕はバン君に負けた。それどころか、僕のエンペラーM2はバン君の愛機であったアキレスを巻き込んで自爆、僕たちはLBXを失った。散々責め立てられたが、僕は何も聞かされていない。全てはおじい様が仕組んだ罠だったのだろうか……

アルテミス終了後、僕は行かなければならない場所があった。アルテミス会場から少し離れたところにある病院だ。
そこには僕の幼なじみだった者がいる。幼なじみだというが、出会ってほんの数時間一緒に遊んだだけで、それからは一切会っていない。彼と再会したのは、アルテミスだ。再会するまで、九年もの歳月がたっていた。十年余りしか生きていない僕にとっては、九年が非常に長いものだと感じられた。
彼の言っていた、おじい様の役に立つという特別なプログラム。疑うことを知らない僕たちは素晴らしいプログラムだ、と完全に信じきっていた。
まさか、こんな悲惨な事態を招くとは露にも思ってはいなかった。
アルテミスで見せた彼の二つの姿。敵の急所を的確に撃ち抜く天才的な技術と、決勝戦で見せた極端なまでの二面性。戦意を喪失した相手に対する恐ろしいまでの執着心。相手のLBXの首を素手でもぎ取った上に、それを失った胴体への異常とも思われる止めの刺し方。以前の彼には考えられない仕打ち……これがあのプログラムで授けられた能力だとでもいうのか。
確か、サイコスキャニングモードといったか。髪や瞳の色も変わり、さらには残虐性を持つ新たな人格をも生み出した。戦闘中にオリジナルと「もう一人」が何度も入れ替わる瞬間……彼は苦しみのあまり着ていたCCMスーツを破り、涙を流していた。

彼が気を失う間際に残した最後の言葉を思い出す。僕が病室を訪れる前にも言っていた言葉――


「独りにしないで」


僕は今、じいやと彼のいる病室にいる。
じいやとの会話でわかったのは彼に極度の精神的ストレスがかかったことと、意識が回復するかどうかはわからないことで、今の僕たちに出来ることはこのまま様子を見守ることだけしかなかった。
「ユウヤ……」
僕は幼なじみ――灰原ユウヤの名を呟いた。いくら大きな声で呼びかけても目覚めないのはわかっている。死んだように瞳を閉じた彼の表情は、九年前と変わらない面影を残している。
もう声が聞けず、約束していたバトルも出来ない、彼の暗い色の瞳に僕は映ることはなく、本当に生きているのかもわからない。
僕はユウヤの頬に触れる。冷えきってはいるが、まだ少し温かい。心電図の音と体温だけが生きているという証明だ。
「ジン坊ちゃま、私は少々用事がございますのでこれで」
「ああ、僕はもう少しだけここにいる。そのうち戻るつもりだ」
「今のお坊ちゃまはLBXがありません。もしもの事がありましたらこれを押して下さい、いつでも駆けつけます」
じいやに小さいベルのようなものを渡される。いくらLBXがないからといってここは病院だ。不審者がいようと何がいようとこんなものはなくても平気だ。だが、僕はじいやの好意に少しばかり甘えることにした。
「それでは失礼します」

病室は外の景色が望める窓とベッドしかない殺風景な部屋だった。唯一聞こえる音は一定のリズムで鳴る心電図の音だけだ。
夕方になり、陽も沈みかけている。そろそろ帰る、と僕はユウヤの髪を撫でた。
「……ッ!?」
何者かに腕をつかまれ、僕は床に叩きつけられた。ここには僕とユウヤしかいない――しかし、ユウヤはベッドで弱弱しく寝息を立てている。
姿は見えないが、確実に僕の上に「誰か」がいる。だが、どんなに目を凝らしても見えるのは天井のみ。
「誰だ! 姿を見せろ!」
僕が叫んだ途端、今まで見えていた天井はもやもやとした霧に包まれた。霧は人のようなものに形を変えていく。霧の中にぽっかりと開いた、下向きの三日月のような穴が蠢いた。続いて、丸い小さな穴が二つと真っ白の髪が現れる。霧は完全に人間の姿へと変貌した。
「お前は……」
こいつは間違いない。ユウヤの精神を蝕んだもう一人の彼だ。
「もう一人」は僕の上で仰け反り目を剥きながら、その声で部屋の窓が吹き飛んでしまう程に高笑いをした。悪夢のような笑い声が響く。散々笑い飛ばした後、彼は僕を恐ろしい形相で睨み付けた。血のような赫い瞳が僕を映す。彼は僕の顔を見ながら口角を吊り上げ、鋭い歯を覗かせた。
「お前には酷い目に合わされたな……覚えてるか?」
目の前の彼は言う。
僕は暴走するユウヤを止めようとバン君と協力してLBXを破壊、彼の精神崩壊はなんとか免れたが、何らかの精神的ストレスが彼のキャパシティを越え、昏睡状態に陥らせた。
しかし、こうすることしか彼を救う方法はなかった。もし彼を止めなければ最悪の場合死亡、さらにアルテミスにいる人々にも甚大な被害が及んでいただろう。
「僕はあれが間違っていたとは思わない」
僕は返す。彼は僕の腕から手を離すと、僕の首に手をかけた。
「お前のせいだ……お前のせいでこいつと俺は……!」
沸き上がる憤怒の形相を浮かべ、耳がおかしくなるような激しい嘲笑と「殺してやる」の言葉。彼は僕の首を押さえ付けた。
「……やめ、ろ……」
「お前が……お前さえいなければ!!」
彼は罵声とともに僕の喉の上に指を食い込ませた。透けて見える天井――実体を伴わない幻影なのに、まるで本当に存在しているかのように彼は指に力を込めてくる。
徐々に薄れゆく意識と、ぼやけてくる視界。両親を失った、沈みゆく海の中にいるようだ。
本当に死ぬかもしれない――僕はじいやから受け取ったベルのスイッチを押した。
「……く、うあああああっ!! あいつが動けない間は、俺はあいつを守らなきゃならないんだ!」
頭を抱え込み、叫びながらその場で蹲る彼。
ベルは音一つ鳴らなかったが、彼は苦しんでいる。何が起きたのかはわからない。僕には見えない何かが働いているのだろうか。


少したって、じいやが来た。
僕は苦しむ彼を見ながら、さっきの状況を説明する。
「もう一人のユウヤ様が? ここにですと?」
じいやは周りを何度も見回す。じいやが嘘をつくとは考えられない。もしかして、じいやには彼の姿が見えていないのだろうか。
「すまない、少し疲れているようだ……」
疲れると幻覚を見るということはあるらしい。しかし、幻覚に殺されかけるなんて、ありえないことだ。
「その首……どうかなさいました?」
じいやは手鏡を僕に手渡す。僕の首にははっきりと手形のような痕が残っていた。
「何でもない」
じいやは僕の元を去った。今部屋に残っているのは僕とユウヤと「もう一人」。
彼は落ち着いた様子で黙って床に座り込んでいる。陽が当たって影が出来ているはずなのだが、影がどこにも見あたらない。
「……ユウヤ」
僕は眠っているユウヤではなく、座っている白い彼に呼びかけた。顔を上げた「ユウヤ」はゆっくりと腰を上げ、僕に近づいた。
「抵抗する気はないのか? 俺はお前を殺したいんだぜ?」
彼は僕の顎を軽く持ち上げた。吊り上げられた口角と大きく開かれた瞳。だが、僕は臆することなく言った。
「殺したければ殺せばいい。それでユウヤは喜ぶのか?」
彼は驚いたように手を離した。
幼い頃、お互いが知らない土地で出来た初めての友達。関わった時間はほんの僅かだが、あの時のことは鮮明に覚えている。もしユウヤが目覚めたときに僕がこの世にいなければどれ程悲しむことだろう。
「ジャッジも直してやらないとな……」
昔の約束を果たすために僕はベッドの横に置かれた小さな箱の中にある、粉々に砕かれたジャッジの破片を手に取る。何年もともに過ごした愛機だ。いつ目覚めてもいいように直してやるつもりだ。
壊れたのなら、作り直せばいい。機体だけでなくお互いの関係も――
彼は咎めることなく、それを見詰めていた。

「俺たちはここで繋がっていたんだ」
彼は自分の頭を指差す。ここというのはおそらく二人の精神世界のことだろう。
「俺が外に出られるのは、こいつの体を無理矢理乗っ取るか、寝ているときだけだ。普通なら俺たちは同時に存在出来ない。俺の片割れが死に逝くときだから……神様が特別に俺を外に出させてくれたのかもな」
彼は窓に目を遣った。陽は沈み、星が夜空に浮かんでいる――その様子が僕にも見えた。彼の体がだんだん色を失ってきているのだから。
「俺は元々は赤の他人だった。あいつと同じプログラムを受け、実験中に死んだはずだった……死んだと思ったらこいつの中にいたわけだ。それを馬鹿な科学者どもは実験が成功した、なんて思い込んでやがる」
彼の話によると、僕の受けたエリート養成の訓練には程遠い、想像を絶するような特訓と人のことを人だと思わないような人体改造が行われたそうだ。
常に何人もの人間に一日中監視され、逃げ出そうとする者には恐ろしい罰を与える――他にも実験の被験者はいたが、宿った能力や訓練に肉体と精神が耐え切れずほとんどが死亡、または精神に異常をきたしたという。その地獄のような実験で生き残った者がユウヤと他の二人の被験者であったが、最後まで実験を続けられたのはユウヤ一人。正確にいうともう一人のユウヤもだ。
「俺はそろそろ中に帰らなきゃならない」
「そうか」
彼の体は霧に変わる。霧の上部に開いた穴からの声はどんどん小さくなってゆく。
「俺はまたいつか戻る。今度はこいつの最期を見届けるとき……か」
心電図は落ち着いた音を奏でている。それもいつかは止まってしまうのだろうか。その前にもう一度戦いたかった。言いたいこともいっぱいあった。思い出すとキリがない――
「そのときはお前も傍にいろ。俺もどのみち一緒に消えるんだ。一度死んだ身だ、覚悟は出来ている」
「……まだ死ぬと決まったわけじゃない。僕に出来ることなら何だってするつもりだ」
まずはおじい様にユウヤのことを問い詰める。それから白の部隊が何をしたのか調べる。データは必ずどこかに残っているはずだ。
「さっき来たじいさんに俺は見えていなかったんだな?」
「そのようだ」
霧の濃度も薄くなる。今は声だけが聞こえているといってもいいかもしれない。僕は耳を澄まし、彼の言葉の一字一句に耳を傾けた。
「お前だけに伝えたかったのかもな。だから俺は少しだけ自由になれた。片割れがありがとうって、お前に伝えたいってさ」

声は聞こえなくなった。跡形もなく消えたユウヤの片割れ。確かに僕はメッセージを受け取った。
僕はユウヤにもう一度近づいて手を握る。
「君はもう独りじゃない。僕がずっと君を守る。いつか目が覚めたら、またバトルしような……」
僕はジャッジの破片と、三人の想いを詰めた小箱を持っておじい様の部屋へ向かった――

2011/11/05

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