※DVD-BOX:2の特典小説「神威島奇譚」のキーワード『亡霊(ファントム)』、『ディ・エゼルディ(セレディの亡霊)』、『怨念』、『蘇らせる』等から解釈した結果、生存・死亡どちらともとれる形で終わったので今回は死亡説で書いています。





季節は秋を迎えたところだろうか。神威島事件の収束、私の逮捕からもうすぐ一年がたつ。
四角く閉ざされた部屋では外の様子はわからない。時折老いた体に吹き付ける風は冷たく、胸に大きな穴がぽっかりと開いているような気がして右腕が痛む。かつて失ったのは左腕のはずなのに、まるで遠い所にいる片割れの痛みを感じているようだ。

幼い頃に戦争によって世界を壊され、齢20で理想を砕かれた崇高な軍人は傭兵、そしてテロリストへと身を窶し世界中を恐怖のどん底に叩き落とした。
ワールドセイバーによる革命が成功していれば英雄になれただろう。だが、実際は失敗した。やはり私はただの殺戮者でしかなかった。国家反逆罪、別罪で殺人、さらに過去の多数の余罪――それらの首謀者として極刑は免れなかった。
これが禁忌を犯した罰なのだろう。全て納得したうえで刑務所に放り込まれ、ここからは死刑が先か寿命が尽きるのが先かの戦いだった。

処刑方法は薬殺刑だった。
手術台のようなテーブルに手足を固定され、生身の右腕に点滴の針がゆっくりと突き刺さる。オプティマの体を手に入れ、生まれ変わったあの日のことを思い出す。
だが、生まれ変わるのではなく私は今日ここで死ぬことになっている。
心電図の音を聞きながら薄れゆく意識の中で見た、死刑執行を取り仕切る男達の顔。彼らは医者だった。
戦場では軍医も人殺しに加担していた。ワールドセイバーでは医療班が捕虜でオプティマによる人体実験を繰り返し、数えきれないほどの人間が私の新しい体のために犠牲になった。
窓には死神の使いが貼り付いていた。こちらを見張る美しくも恐ろしい目玉、かつての相棒に似た漆黒の蛾を見たのを最後に意識を無くした。世界は何一つ変わっていないと思った。


目が覚めると私は砂浜にいた。白い砂に裸足で足跡を残し、右手で青い水に触れてみる。水は冷たく、舐めてみると塩辛い。海水だった。
私は生まれた海に還ってきた。それがあまりにも嬉しくて幼子のようにはしゃぎ回った。私は一番幸せだった時代を再び訪れているのだろうか。
「わっ」
波に足をとられて転んだ拍子に出た声は不思議と若く、視界を覆った髪も青い。水面に映った私は子供の姿をしていた。
どこからか差しのべられた手をつかみ立ち上がると、なつかしい顔があった。

そうか、私は死んだのか。

覚えている限り27の頃にはこの男とともに戦場を駆けていた。
焼け野原となった村を訪れ、一人生き残った彼を誘拐にも近い形で自分のものとした。年の離れた弟あるいは自分の子供として、目指す理想に共感した初の教え子として、そして忠実な右腕として育て上げた。飛び級先の大学で得た知識も役に立った。雇い主や政府に裏切られたときも、左腕を失ったときもずっとこの右腕は傍にいてくれた。
しかし、最後はそんな彼の裏切りを知り、自ら手にかけた。
「閣下……クライスラー閣下なのですか!?」
「ああ、私だ。さっき死刑になった。世界中が大喜びだ」
彼は以前私が子供の姿で現れたときよりも驚いていた。
老人が少年の姿に変わり、その少年が元の老人の姿に戻り、さらにその老人が再び少年の姿をしている。そんなことがありえるのか自分でも信じがたい。
「綾部、本当にすまなかった。それから、ありがとう」
「何を謝ることがございましょうか。私は幸せでしたよ」
私は彼を裏切り者として殺してしまったことを詫び、毒ガスの交換に感謝の意を述べた。
何を思って死んだのかずっと聞きたかった。恨まれ憎まれ罵られ地獄に堕ちろと言われようとも、殴られ腹を刺されようとも文句は言えない。それなのに彼は優しく私を抱きしめてくれた。涙が止まらなかった。

「ご覧いただけますか」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃのまま顔を上げる。展望台のような場所から見える海は、遠く離れた世界が映るという。
水面には石碑が映っていた。あの事件の後、生徒達がシルバークレジットを出し合って建てたものだ。見知った顔から顔も名前も知らない生徒達が花や菓子を供えている様子が見える。
「……君は慕われていたんだな」
力で彼らを屈服させることはできても、心までは変えられない。
彼を磯谷家に送り込んだことは革命の実行には失敗だったが、よくよく考えてみれば正解だったのだろうか。子供の成長に触れることで心を覆う氷は溶かされ、犠牲を最小限に抑えられた。その結果、私は大量殺人者にならずに済んだ。
「そうだ。瀬名アラタは今どうしている」
「彼は……旧ハーネスの副司令官、海道ジン様と世界を回る旅に出ています」
刑務所生活では外の情報はほとんど入らず、ワールドセイバーのその後も知らずにいた。
「もっと教えてくれ。どんなに小さなことでもいい」
食べていたハンバーガーの店名から仲間のオーバーロードの使い手が悪の手に堕ちたこと、その激闘の結末など、彼にまつわる出来事の全てを聞いた。
ワールドセイバーは私のことなど気にも留めず、何事もなかったかのように破壊活動を続けているようだ。若者達が革命を起こすならば、それよりも巨大な存在とも戦うことになるだろう。
「それから神威島でディ・エゼルディが暴走していたようです。噂では閣下の亡霊や怨念だと言われていますが……」
「私は何もしていない。ディ・エゼルディも壊れたものだと思っていた」
世界を変えたいという私の想いが一人の少女の悪意を受けて今回の暴走に至った。その想いに共感するのはいくらでも構わないが、彼女も手段が間違っていた。
「あなたを蘇らせるなどとおっしゃっていましたが、お孫さんでしょうか」
「私に青春などなかった。ましてや子や孫など……いるはずがない」

全ては憤怒が私を狂気に走らせ、孤独で戦い続けた私の傲慢が生んだ罪だ。
では、愛する海を失って以来一つも幸せはなかったのか。LBXに初めて触れたあの日も、教え子達と桜を見に行ったあの日も全てが嘘だったのか。
いや、そんなことはない。戦いで傷ついた心は「幸せ」という概念を忘れていたのだ。
あれらは遠い幼き日に、穏やかな海を願ったのと同じ感情だった。しかし、純粋な想いはやがて狂気に変わり、蒼は紅蓮に堕ちた。そこから全てが狂っていった。
「それでも私は生まれた海に再び還れたんだな」
一つの願いは叶った。もう一つの願いは私の理想世界を受け継いだ若者が別の形で叶えようとしてくれている。朽ちない体も絶対的な強さも、もう何も望まなくていい。
ディ・エゼルディが蘇ったところで私は蘇らない。どんなに科学技術が発達しようとも死んだ人間は蘇らない。

――人は獣にあらず、人は神にあらず。
人が人であるために今一度考えるのだ。人とは何かを、何をするべきかを。
賢くなりすぎた人間はこの世の全てを管理し支配しようとする。まるで神であるかのように。
大きな力を手に入れた人間は弱者を食らい、どんな残酷な行いもいとわない。まるで獣であるかのように。
進歩しすぎた人は人であることをいつの間にか忘れてしまったんだ――
かつて私と同じように世界の変革を望んだ男が残した一節だ。それが服役中も、死の間際まで頭の中をずっと巡っていた。
彼は管理された戦争が起こす悲劇を予想していたのだろう。
あのとき私は神になったつもりでいた。人の体を捨て獣に成り下がっていた。
私は神でも獣でもない。ただの人間なのだ。

「閣下、行きましょう。仲間も皆待っています」
綾部が私の小さな左手を引いて小さなボードに案内してくれた。手袋ごしに温かいという感覚が伝わった。
島では戦場で散った昔の仲間や、名前を知らない部下までもが家族のように受け入れてくれた。戦いで手足を失った者も、体の半分ほどを吹き飛ばされた者も、粉々に弾け飛んだ者も戦場の片隅で理想の世界について語り合ったあの頃と変わらない姿をしている。
「誰もがあなたが正しいと思ってついてきた方々です。さあ、こちらへ」
綾部が立ち上がった拍子でボートが大きく揺れる。この体はただの子供と変わらない。しっかり手を握っていないとまた転んでしまう。いい年をして部下に手を引かれるのを見られるは恥ずかしいけれども、これが自分で選んだ体だ。
「セレディ様! あなたと一緒に戦えてよかったです!」
「閣下! 俺もあなたの活躍をあそこから見ていました!」
「おいおい、ショボい傭兵組織の下っ端が閣下かよ……えらく出世したな」


……
…………
………………


「……ダメだ」
繋いでいた綾部の手が一瞬離れると、左腕は芯を失ったかのようにだらりと垂れた。
肩から下が全く動かなくなり、これ以上進ませないように足にも激痛が走る。
「どうやら私は神に歓迎されていないようだ」
これは神になろうとした者への罰だ。私は地獄に堕ちる。そこで再び裁きを受け、犯した罪を途方もなく長い時間をかけて償うことが新しい任務だ。だから、腕を引きちぎってでもここから去らなければならない。
「私も幸せだった」
仲間に向けた顔はどれくらい笑えていたか。いっそ口汚く罵って欲しかった。だが、これだけ私を慕っていた者の顔が見られたら十分だ。
「閣下! いけません、その海は……!」
私は綾部や仲間達の制止も効かず、顔を覆う水の粒を隠すように海へと身を投げた。足を滑らせたのではない。わざと落ちた。

耳に海水が入り、口々に私を呼ぶ声も小さくなっていく。
引きあげようにも服は水を吸って重くなり、唯一動く右腕には逃がさないように海藻が絡まっており、手を振ることも許されない。
本当は声をあげて泣きたかった。手足さえ動けば仲間の元へ走っていきたかった。流血を起こさずに世界が変わっていく様子を仲間と一緒に見たかった。

どこまでも暗く、奈落へと続く海の底。口に入ってくるものも涙なのか海水なのか毒なのかわからない。
不条理で救いのない世界を少しでも変えようと願った結果、この有様だ。人々は私の行いを憎み、嘲り、いつしか忘れゆくだろう。
それでも新しい世代の手で世界は少しずつ変わっていくのではないだろうか。

2015/05/29

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