ある春の日のA国。首都Wシティでは桜祭りが行われていた。
何故日本から遠く離れた地に桜並木があるのかというと、二国の友好の証として百年以上前に贈られたものだそうだ。
パレードがあり一番盛り上がるこの日だが、公園でLBXバトル大会が同時開催されるという。その参加者の中にキョウジはいた。
テレビや雑誌に出るような有名なプレイヤーもいるようだが、今は決着をつけるためだけに瀬名アラタを追っている。しかし、当日発表された参加者名簿をCCMで確認してみたがどこにもその名前はなかった。
今更棄権するわけにもいかないので最後まで勝ち進むが、正直神威大門の生徒達の方が実力は上だった。公式大会で三回以上優勝という、腐っても入学・転入条件を満たしていたことはある。
優勝賞品のコアパーツはワールドセイバーやエゼルダームの技術には程遠く、売って旅の資金にする以外の使い道はない。今日の旅は無駄足だったか。

ベンチで昼寝でもしようと思ったが、うるさくて眠れやしない。いつもの飴も切らしていたので代わりのものを探すことにした。
日本と同じ造りの屋台で買ってきた飴は中にりんご一個が丸々入っており、砂糖と食紅でやけにテカテカしている。
そこに散歩中の犬が近付いてきた。犬種は違ったが、あの男は一時期犬を連れていた。
そして、桜。風に揺れて花びらを散らす様子を見れば、美しさの裏で理由もわからず恐怖にも近い不安を感じる。遠いようで近い一年前の記憶。彼にまつわる記憶の中では比較的マシなものだったが、ほんの些細なことでも彼に結びつくのが嫌でたまらなかった。


◇◆◇◆◇◆


時は一年前の春。ウォータイムが行われ、仮想国エゼルダームが存在した頃の話だ。
四月の真っただ中、休み時間や放課後が来ると自然と耳に入る花見の話題。クラス単位で集まり、場所取りに火花を散らす生徒達が窓から見える。
「……というわけで次の日曜に皆でお花見でもどうだろう」
エゼルダームの中心メンバー五人はウォータイム終了後、司令室に残るよう指示されていた。どのような命令が下るのかと思えば、学園に溶け込むための作戦として他の仮想国同様花見を行うらしい。
「はっ、セレディ様のためなら全員で徹夜します!」
事前に打ち合わせでもしていたかのように白い髪の四人の声が揃い、姿勢を正す。
「その必要はないよ。彼が場所取りをしてくれるようだ」
「は?」
身に覚えのないことでキョウジに視線が集まり、四人は悔しそうな顔をする。
広場から遠く離れた崖付近に一本の桜の木がある。そこは場所も悪くないのにどういうわけか誰も寄り付かず、穴場となっているという。彼の新しいサボり場だ。


暖かくなれば保健室のベッドは寝苦しい。任務を早々に終わらせたキョウジはいつもの木の上で再び眠りにつく。それから数十分、ウォータイム終了の放送が鳴る。
確かこの後は花見のようだが、面倒なので参加するつもりはない。
だが、やけに下の方がうるさく感じた。
何かを広げるガサガサとした音、話し声、それに笑い声も聞こえる。浮かれた花見客がこの木の下にも現れたか。
「たまには気分を変えてここで作戦会議をしようと思ってね」
レジャーシートの上でセレディが紫と橙の包みを広げる。出てきた重箱の周りに生徒達は集まり、豪華な手作り弁当に目を輝かせている。
和菓子屋で買ってきた団子や菓子に水筒の茶、ウェットティッシュに紙皿、割り箸、紙コップと準備もいい。
「……綾部も来ればよかったのに」
セレディは浮かんだ花びらごと酒を口に運ぶ。表向きにはジェノック・ハーネスの最初の合同授業で言葉を交わしただけの関係、準備期間の今は他人同士でいることにしている。
差し出された猪口を見たシャーロットが二杯目を注ぐ。瓶には桜が描かれている。
初めての花見でこんなにも準備がいいのも、全ては彼のおかげだった。

「そろそろ本題に入ろうか……と、キョウジはまだ寝てるのか」
セレディがセカンドワールドのマップを広げたところで木の上から寝息が聞こえてくる。起こそうと呼びかけてみるが、全く起きる気配はない。
「ダメです。起きません」
「まあいいじゃないか。ナニと煙は高い所にのぼるって言うだろう」
この一言が効いたのか目を開け、再度呼びかけをしたところでようやく下りてきた。

「今日は瀬名アラタの元には行かないのですか」
「あまりしつこく迫ると嫌われる原因になる。駆け引きを楽しむのも面白いものだ」
崖の下の桜の木周辺ではちょうどジェノックとハーネスの生徒達が集まってバーベキューをしている。オーバーロードが使えるセレディ達は肉眼、他の四人は双眼鏡で代わる代わる様子を見ると、アラタが綾部のために焼いている一番大きな肉を取ろうとしてハルキに怒られていた。実に平和なものだ。


おいしい食事や美しい花々に囲まれ、束の間の幸せと休息が訪れる。平和でごくありふれた日常だが、彼らにとっては非日常だった。
「セレディ様、ジェノックがハーネスと集合写真を撮っているようです」
三食団子を食べながらも偵察を忘れないシャーロット。下の方が賑やかだと思えばそういうわけか。
「私たちも一枚どうだ。全員集合だ」
キョウジを除く崖下を眺めていた全員が木の下に集まり、ピースサインを作る。
「おや、君が撮ってくれるのかい」
「…………」
セレディの声には耳を傾けず、キョウジは崖下の生徒達を親指と人差し指で撃つ真似をしている。作戦会議が終わり、菓子類もなくなればここにいる必要もない。
(どいつもこいつも馬鹿みたいに浮かれやがって……ん?)
ポケットが軽い気がしたので手を入れるが、飴以外何も入っていない。いつの間にかCCMが抜き取られていたようだ。
「クソ、返せ!」
「返してほしければ一緒に写ることだね」
CCMを持ったファントムが木よりも高く浮かんでいる。CCMを奪われた以上、愛機はただの置物でしかない。仕方なく端の方に写ろうとしたが、腕を引っ張られ特等席に案内されてしまう。
「お、お前! 何どさくさにまぎれてセレディ様の隣に……!」
「俺じゃねえよ!」
キョウジが入ったことで左隣にいたトオルが隅に追いやられる。セレディの後ろで中腰をしているブルースに場所を変えてもらうよう交渉してみたが、動く気配はない。それをシャーロットが鼻で笑いながら右隣を死守している。
「はい、チーズ!」
セレディの合図で宙に浮かぶファントムが器用にシャッターを切る。CCMの画面には全員が満面の笑みを浮かべる中、キョウジだけは引きつった顔をしていた。
「皆のCCMにも一斉送信しておいたよ」
「ありがとうございます!」
写真を受け取った四人は大喜びだ。キョウジも無事CCMを返してもらい、無言のままそれを閉じた。
「そうそう、桜の木の下には死体が埋まっているらしいね」
セレディは手の平に舞い降りた一枚の花びらをそっと風に吹かせる。
桜の花が美しいのは死体の養分を吸っているから、花びらの色は血を吸っているからだと言われている。ここで読んだ古書に書いてあったそうだ。
「この木の下にも死体が?」
「さあ、どうだろうね」
ダイゴの問いかけに笑って答えるとセレディは花吹雪に包まれる。木は教えない、と笑っているように見えた。


◇◆◇◆◇◆


――それがあの男と桜にまつわる記憶だった。
りんご飴を食べ終え、キョウジは刺さっていた割り箸を投げ捨てる。うまいことゴミ箱に入ったようだ。
両手を血で赤く染め上げ、屍を積み上げた頂点に立った彼がどのようにして敗れたのかは知らない。
多くの人間を惑わせて狂わせ、そして世界の歯車さえも狂わせたあの男は二つの姿をしていた。一つは美しさの裏で静かな狂気を纏った少年、もう一つは醜く枯れ生気を失った老人だ。彼にも当てはまる生と死、美と醜――これが死体の上で美しく咲き誇る桜を連想させたのかもしれない。
散りゆく桜を背景に、キョウジは振り返ることなく公園を去った。


2015/04/24

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