二月十四日。毎年恒例の神威大門放課後戦争が始まる。
かつてのウォータイム、現在行われているランキングバトル、そして第三の戦争、バレンタインデー。
今日は前日の日曜日だ。月曜日の本戦に向けての準備期間だが、運動場では運動部の朝練の声が聞こえてくる。同様に、貸し切りの調理室からも女子生徒達の声が聞こえてくる。
「ジン様のためなら私、脱ぎますわ!」
「アカンアカン、何考えてんねん! そんなんしたらジンはん捕まるで!」
スズネがオトヒメの暴走を止める。何事かと思えばホワイトチョコレート製のウエディングドレスのイラストがテーブルの上に置かれている。第3小隊総がかりで土曜日を丸々潰して仕上げたものらしい。
計画書によればチョコレートを体に塗り、冷蔵庫に入る。チョコレートが固まった朝にジンの元に行くらしいが、あまりにも非現実的すぎる。
「それなら等身大チョコに変更しますわ……」
「考えてみ、まずでかすぎて食べられへんしハンマーで頭から叩き割られるわ」
多忙な彼には時間をかけて巨大なチョコレートを味わう余裕がない。小さく割られたものをクラスの男子全員と分け合う姿を想像し、青ざめるオトヒメ。双子のスイとフウが慰めようと左右の肩に手を置いた。
色々と不満は残るが現実的なことを考えた結果、1/16サイズのもので妥協することになった。オトヒメがイラストを描き直し、残りのハーネス女子全員がラボから持ってきたファンドで原型を作っていく。
LBXに関わる者ならメカニックでなくともこれくらいのことはできる。神威大門ならではの連携のおかげで明日には間に合うだろう。
「ところでキャストオフとは何ですの?」
「フィギュアの世界なら服を脱がせられる機能のことだね。それくらいならやってあげられると思うけど……」
早くも頭部を完成させたフウがシェリーの作っている胸部を指さす。爆弾発言にスズネはまだ固まっていない指を押し潰してしまい、作り直しとなる。
「アンタら、ジンはんが捕まってもええんかい!」
これでは振り出しに戻ってしまう。スズネがツッコミを入れている間、腕に被害はなかったので指だけシズカが直していた。
着色は必要ないので固まれば完成だ。これを食品用シリコンで型取り、いよいよ主役のチョコレート作りに入る。

フィギュア制作が一段落ついたところでオーブンから音がし、甘い香りが漂ってくる。四十分ほどかけて焼いた本格的なガトーショコラが多数見える。
「あら、これですの? 愛しの彼への本命チョコ」
ハーネス男性陣十人分と親しいジェノックの友人へのココアマカロンを入れた袋に加え大きな空箱が一つ。ガトーショコラを入れるのにちょうどいいサイズだ。
「カ、カゲッ、いや、そそそれは、じっ、自分で食べる分や! だ、誰があんなやつ……」
真っ赤になって否定するスズネをハーネスどころかジェノックの女子達までもが笑っていた。


そしてバレンタイン当日がやってきた。
自然のままに跳ねさせていた髪を特別な日だからと念入りに整えるも、効果がないように感じられる。正直外を歩きたくない。放課後なんて来なくていい。とにかく朝から憂鬱だった。
「大体俺じゃなくて本人に渡せっての」
沈んだ気分では教室のドアがなんとなく重い。チャイムギリギリに来たアラタは愚痴をこぼしながら荷物を置き、先に来ていたヒカルにチョコレートの入った紙袋を渡す。続いて女子全員からの義理チョコを受け取る。
何故朝から他人宛の紙袋をいくつも抱えて登校しなければならないのか。すれ違った生徒達には何を勘違いしてかヒソヒソ話をされ、特に真向いから歩いてくる男子生徒にはぎょっとした顔で二度見される。もし全て自分に宛てられたものならどれだけ誇らしく嬉しいことか、考えてもむなしくなるだけだった。
「生徒会に入ればモテるかな……よし、高二になったら生徒会長に立候補するか!」
「これは強力なライバルが増えたな」
「ああ、二年後の選挙が楽しみだ。カゲトラにも伝えておこう」
この学園の生徒会役員は一学年三人までとなっている。講堂での演説に加え、ランキングバトルの監視員に当たるためLBXバトルの強さも必要だ。学年によっては競争率が非常に高く、落選した者も多いと聞いている。
中等部三年生の代での生徒会長の最有力候補は現副会長のハルキである。

「ムラクさん、ムラクさん! これ、隣のクラスの女子からッス」
「ヒュー! ムラク、モテモテじゃん! これで何個目だよ」
リボンの巻かれた袋を嬉しそうに渡しにくるカゲトとそれをからかうバネッサ。隣でミハイルは呆れている。
もはやムラクに対する過剰な警護は必要ない。会話や物の受け渡しも三人を介さず自由になり、生徒会の活動時間外でも直々に学園への要望を受け付けている。
だが、まさかこんなにもチョコレートが届くとは思っておらず袋を用意していなかった。後ろを見れば第6小隊と書かれた棚は全てぎゅうぎゅう詰めだった。
「もう嫌だ……帰りたい……」
周りは皆おいしそうなチョコレートの山に囲まれている。対してアラタは義理チョコと非常時の板チョコ一枚しかない。
「何だ、チョコなら僕のを好きなだけ食べればいい。どうせ一人じゃ食べきれない」
「ううぅ、そういう意味じゃない……」
悲痛な声はチャイムにかき消され、朝のホームルームが始まった。


放課後のランキングバトル中、身に覚えのない罪で襲いかかってくるLBX集団を返り討ちにし、旅で長期不在だったため圏外からどんどん順位を更新していく。
「楽勝楽勝、今の俺は無敵だ! 鬼でも悪魔でもオカマでもかかってこい!」
怒涛の快進撃に自信が湧いてくる。だが、周りのLBXは順位を死守しようと揃って距離を置き始めた。
そこに通信が入る。制服は灰色、知らない女子生徒からだ。
「あ、あの……」
「俺と一対一でやろうってか! よし、待ってろ!」
マップに現れた赤い点の場所に向かう。周りに障害物や他の敵もなく絶好の狩場だ。下位の者を倒したので順位は変わらなかったがキル数は稼げた。
銃弾を補充していると上空を紫の影が通る。マグナオルタスだ。
「おっ、パトロールごくろうさま! 今何位だっけ?」
「十四位だ。勝負なら受けて立とう」
訳あって順位を抑えているらしいがそれでも十分高い。彼を倒せばランキング一桁に食い込むことも夢ではない。負けても今の学園のシステムでは何も失わない、積極的に戦わなければ損だ。
銃弾が飛び交い、火花を散らしながら激しく武器と武器がぶつかり合う。誰にも邪魔されない二人だけの戦場、バレンタイン戦争のことも忘れ戦いに明け暮れた。
「よーし、顔洗って待ってろ!」
「……首だ」
相手が油断した隙に必殺技を避けられない空中に打ち上げて一気に仕留める。どちらもボロボロの状態だ。地上に降りてくるまでにゲージを溜めきれるか。溜めに入った直後、視界が暗闇に覆われた。

「む」
「な、何だ……!?」
ライディングアーマーを装備したドットブレイズがモニター一面に映って何も見えない。
生徒会役員と一般生徒のバトルなら基本的に仲裁はいらないはずだ。それなのに何故、と思えば通信が入り、耳が割れそうな大声でバトルの終了が告げられる。二人はバトルに夢中のあまりチャイムの音も耳に入っていなかったようだ。
頭を軽く叩かれ、勝負がつかないまま同時に倒れる。全バトル終了後のブレイクオーバーはランキングの対象外なので問題ない。


コントロールポッドから出てきたグレゴリーに二人は生徒会室に連れていかれ、ソファーに座っている。
「すみません。つい熱くなりすぎました」
「俺も調子に乗りすぎました」
テーブルに出された菓子をつまむどころではない。深々と頭を下げ、罰を待つが次は時間内に決着をつけろと言われるだけでそれ以上のお咎めはなかった。
「先輩、今日の活動は……」
「これと言ったものはないが……バレンタインを満喫してこい」
本気なのか冗談なのか、そもそも何を考えているかわからない。だが、彼の言葉には従った方がいいだろう。

少し菓子を口にしてから部屋を出る。バトル中アラタに通信を入れてきた女子生徒が同じ所をぐるぐると回っている。
「あ、あのっ、これ! 私、ずっと、ずっとあなたに憧れてて……」
女子生徒は押し付けるように箱を渡し、そのまま逃げるように去っていく。名前もクラスも聞けないまま小さくなっていく姿を見送り、廊下を歩く。
「あの制服ってロシウスだよな……あの子、知ってる?」
「いや、ロシウスといっても何クラスもある。全員は把握しきれない」
学園を出て商店街に入る。今日は男女のグループがやけに多い。
「バレンタインを満喫って……モテる奴らは気楽でいいよな」
考えないようにしていたのに嫌でも目につく楽しそうな集団。アラタはすっかり拗ねてしまい板チョコをかじっている。
「おい、さっきから誰かの視線を感じるんだが……」
ムラクが何度も振り返るから変だとは思っていたが、言われてみれば物陰から熱い視線を感じる。だが、先ほどの女子生徒とは違うようだ。
「さては俺のファンがチョコを渡そうと……ってタケルかよ! チョコなら間に合ってるぞ!」
タケルと出会ったあの日以来どうしても熱い視線には警戒してしまう。変な疑惑も解けたというのにどうしたものか。
近付いてみると帽子が看板から顔を出している。かばんで顔を隠して隠れたつもりになっているのか。引っ張り出すと肉球柄の袋とヒョウ柄の紙袋が手から落ちる。
「いや、これお姉ちゃんからのなんだけど……そうだ、スズネがジェノックのみんなで食べてって」
人数分用意したココアマカロンを手渡し、タケルはそのままスワローに入っていく。何故隠れていたのかは教えてくれなかった。

窓側の二人席のテーブルでコーヒーやオレンジジュースを片手に知らない女子生徒にもらった箱は何だったのだろうと考える。
「いや、まさかな……」
アラタの珍しいマイナス思考にムラクのコーヒーを持つ手が止まる。聞けば、サクヤとリンコの密会を告白だと勘違いから始まり、バイオレットデビルを倒した勇者としてサインを求められたときのヒカルとのあからさまな反応の差。さらに熱い視線を向けられるのは男ばかり……今だから笑える話だが当時はかなり凹んだそうだ。
「よかった、笑わないでいてくれた……」
喋り続けると喉が渇く。あっという間にジュースを飲み干してしまい、すかさずムラクがメニューを開く。笑いを我慢していたらしく見えないように肩を震わせていた。
「……あれ? なんか揺れてないか」
「風じゃないか」
周りを見回してみても揺れているのはこのテーブルのみだ。その後のアラタの反応は言うまでもない。


今日のスワローは大繁盛だ。部活動を終えた生徒達で席のほとんどが埋まり、だいぶ賑やかになってきた。個人に合わせたメニューに載っていないオリジナルの飲み物やデザートが続々と運ばれ、腹の音が鳴り止まない。
「あーまた喉渇いてきた……でももう金ないし水でいいか」
水ならセルフサービスで好きなだけ飲める。伏せてあったガラスコップに水を注ごうとするとムラクに止められる。
「俺におごらせてくれ」
「いや、全然気にしてないから。笑われるのもいつものことだし」
「謝るためじゃない。それよりもだ、ずっとああいうの飲みたいって言ってただろ」
少々値は張るが、同じものは二つとない自分だけのカスタム飲料。注文数ランキングでは不動の一位を誇っている。
「んじゃ、おまかせで俺の好きそうなもの!」
「わかった」
ムラクはしばらく考えた後注文書を書き始める。それからしばらくして生クリームにバナナ、マシュマロ、チョコフレークやクッキーを乗せた上にこれでもかとチョコレートソースをかけ、てっぺんにはさくらんぼと、パフェのようなホットチョコレートが出てきた。備考にはオーバーロード対応と書いてある。
そんな甘いものがぎっしり詰まった夢の味にアラタは大満足のようだ。

「あれ、カゲトラとスズネじゃないか」
「ほんとだ」
二人がソファーを挟んで一番奥の席に座るのを確認し、再びスプーンを口に運ぶ。溶けかけのマシュマロがたまらない。
盗み聞きするつもりはないが席もそう遠くないので会話が耳に入ってくる。
「ヒメがジンはんにえらいもん渡しとったけどどないなったん?」
「チョコのことか? それならしばらく複雑な顔で眺めた後、裏を向けて頭から丸かじりだったな」
「せや、後でアンタにもらってほしい物があるんやけど……」

同時刻、タケルとハーネス第2〜4小隊は少し離れた席を確保していた。ソファーの陰から二人を覗いているが、アラタ達の席から見ると不審者の集団としか思えない。
「よっ、お前らそんなとこで何してんだ?」
アラタの急な声かけに凍りつく空気と向かいで呆れるムラク。彼らの視線の先、奥のテーブルの二人に客全員の視線が一斉に移動する。
「シーッ! シーッ!」
静まり返った店内、タケルが必死でアラタの話を止める声も二人に聞こえていた。
「さっきから変な視線感じると思ーたらこれかいな! ああもう、何から何までめちゃくちゃや! こんなもん義理や義理!」
スズネは後で渡そうと思っていた箱にペンで義理と書いてテーブルに叩き付けるように置き、逃げるクラスメイト達を追いかける。中からぐしゃりと嫌な音がした。
アラタは逃げ出す彼らの中に紛れ、ムラクは忘れないように会計を済ませる。最初のジュース代は後で請求することにした。


日も沈み、外はすっかり暗くなっていた。
寮までの道を歩く途中、アラタは切れかけの外灯の下で立ち止まった。
(そういやスズネのやつ、何あんなに怒ってたんだ? 俺そんなに変なことしたっけ……)
疎い。自分だけでなく他人の恋愛沙汰にもあまりにも疎すぎる。ムラクがココアではなくホットチョコレートを頼んだ意味もわかっているのだろうか。
「ちょうどいい。アラタ、手を出してくれ」
「ん? ほい」
物をもらうように手の平を上に向けてまっすぐ差し出し、満面の笑みで何かを期待している。買っておいたいつもの板チョコを手の上に置いてやるが目的はそれではない。
「やった! あ、こっちも? ……そういうことか」
「……こうでもしないとわかってくれないだろう」
もらった箱の真意、ホットチョコレートの注文、スズネが怒っていた理由……全てが今わかったと同時に気付けなかったのを申し訳なく思う。
もう片方の手を裏向け、指の間に指を滑らせる。手袋を外して直接伝わる体温は温かく、何かを閃いたようなアラタの表情を見てからはなんとなく照れくさい。
そろそろ帰らなければならない。名残惜しいが手を離そうとすると外灯が切れ、辺りは真っ暗になる。その隙に唇にやわらかいものが触れた。
「全く、人が通ったらどうするんだ」
「大丈夫大丈夫、どうせ何も見えないって……あ、メールだ」
続きをしようとしたところで気の抜けるようなCCMの着信音がする。
差出人はスズネだ。今度カレーをおごるように書いてあり、それで許してくれるらしい。
「これ以上暗くなる前に帰るぞ」
「もう一回、もう一回だけ!」
この一回を許してしまえば後何回それが続くだろうか。この手が通用するのも最初のうちだ。夕飯が食べられなくなってもいいのかと聞けば、それだけは困るとアラタはムラクの手を引いたままダック荘まで走っていった。


本日の生徒会活動、無事終了。果たして報告書には何を書けばいいのか。


2015/02/14

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