かの大激闘から一年、今年も神威島の島祭りがやってきた。生徒会が発足されたことで生徒達がより自主的に学園祭の計画を進められるようになり、島への出入りが自由になったことで卒業生や元いた生徒達もゲストとしてそこを訪れることができるようになっていた。
船から降りた者達は在校生から郵送された学園祭の招待チケットを手に懐かしい地へと足を踏み出し、友との再会を喜ぶ。ゲストの生徒達は空き部屋や客室、そして以前使っていた部屋へと案内され、今日は勉強のことも忘れて遊びまくると意気込む。
生徒会が中心となって復興に尽くし、今やすっかり元通りどころかそれ以上の評判を取り戻した学園には空席を埋めるために転入生が大幅に増えた。そのため同時期に島を去ったジェノックの仲間の多くは客室に案内されたが、旅に出たアラタだけは懐かしいダック荘の302号室に荷物と多めに買った土産物を置いた。
「ヒカル? おーいみんなー……あれ?」
廊下で誰かいないか呼んでみても返事はない。パンフレット以外の事前情報もなかったので案内してくれるのかと思えば知り合いを見付けて一緒に回れということか。
ここの生徒らしく制服に着替えておこうと部屋に戻ると、留守中も綺麗に掃除された勉強机の上に置き手紙と紙袋があった。
「十一時四十分までにこれに着がえて講堂の客席に座れ。時間があれば横の冊子を読んでおけ……?」
書写の教科書の手本のような美しい字でハルキからの指示が書いてある。CCMの時計を見れば時間まで残り十分、紙袋から取り出したビニール袋を開けると中からは茶色い服とニット帽が出てきた。それが何かを確認する間もなく前後や裏表を間違えないように急いで着替えを済ませ、ホッチキスでとめられた冊子の表紙を開く。
「なになに、昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが……」
これは去年の学園祭の出し物として提案した桃太郎の台本ではないか。あのときは幼稚園の学芸会かと即却下されたものが今年の出し物になるとは誰が思ったか。
では、この衣装は猿ということになる。正面からではわかりにくいが、赤い尻部分と尻尾で猿の特徴は十分つかめている。
パラパラとページをめくっていき、猿と書かれた箇所を探す。まさかの飛び入り参加に焦るあまり頭に文字が入ってこなかった。
「って、時間が! これは行った方がいいよな!」
台本をベッドの上に放り投げてとにかく会場へ向かう。今はそれしか考えられなかった。

こっそりと客席の端に座り、猿の格好をしたアラタは出番を待っている。舞台が暗転している隙にステージ裏から入ればいいのでは、と思ったが指示通り客席で待機していた方が賢明だろう。
まずは舞台を観察し、誰がいて何をしているのかを知る必要がある。中心にいる人物にスポットライトが当たり、注意深く見れば腰に刀を差した桃太郎がきび団子の入った袋をぶら下げて勇ましく舞台上を歩いている。
(あれはハルキが桃太郎やってるのか……)
照明担当が舞台を暗くし、黒子の生徒達が背景を切り替えて次の場面へと移る。
去年の提案通り犬役を演じる、犬耳としっぽを生やしたヒカルの登場に女子生徒や島の女性、さらには生徒の母親達の黄色い声があがる。
ヒカルはきび団子をほしがる演技をすると、本物の犬を相手にするようにハルキは手からそれを口に運び、顎の下を撫でてやる。女性達の声は治まらない。
「こらこら、あまり舐めるなよ」
顔を舐めているように見せるため、台本の完成後手書きで追加された頬ずりをしてごろんと腹を向ける仕草は人懐っこい犬そのものだ。演技とはいえプライドの高い彼をここまで手懐けるのは隊長であるハルキ以外には不可能だろう。

仲間にした犬を連れ、さらに進む桃太郎。巨大な山が左右から現れた。
「ここは猿山か」
「ご主人様、あそこにボス猿がいるワン」
ヒカルはどう見ても客席を指差している。アラタは首を傾げながら自分に指を向けると二人は静かにうなずいた。早速出番が来たらしい。
「ウキッ、何だかおいしそうなにおいがするぞ!」
台本に書いていた最初のセリフを思い出し、マイクがない分腹の底から声を出す。練習なしでも食べ物の前では棒読みにもならず上出来だ。
「このきび団子がほしいなら俺たちと鬼退治をしてみないか」
ハルキが団子を投げようとこちらを向いて構えている。ヒカルは本物の団子を食べていたようだが、さすがにここまでは飛んでこないだろう。が、安心して前に出ようとすると何かが飛んできた。
「えっ、ちょ、待っ! ……はむっ」
器用な猿を取り囲んで拍手が起こる。口で受け止めたものは本物の団子だ。オーバーロードなしでも意外とやれるものだ。
「ウッキーーーー!!」
喜びを体全体で表現し、講堂中に響く声でアラタは猿になりきって舞台まで走っていった。あとはキジを仲間にし、鬼を倒すだけだ。最初の見せ場は成功した、その安心感もあって上機嫌ではしごに足を乗せる。
「うひっ」
床で反射するライトがまぶしく足場がよく見えない。そのせいで足を滑らせたところを桃太郎と犬に引き上げられ、赤い尻が照らされている。滑稽な猿らしく笑いは取れたので演技はそのまま続けられた。
そこに、ハルキが小声で問いかける。
「セリフは大丈夫か」
「一応台本見たけどあまり覚えてない……」
「……だろうな。鬼との戦いまでしばらくセリフはない。戦いが始まったら猿らしさを出しながらアドリブでいけ」
はいと言う代わりにウキッと言い、猿は第三の仲間を探す旅へと加わった。

山は下げられ、雲が浮かぶ空を背景に大きな木が現れる。
自作の衣装をまとったサクヤ演じるキジを仲間にし、物語通り犬、猿、キジの三匹を従えた桃太郎は船で鬼ヶ島へと向かった。
暗転で背景が切り替わり、おどろおどろしい音楽とともにリーダー格の鬼達が四人の前に立ちふさがる。事件後も島に残ったセイリュウやリンコに加え、ゲストながらアラタと同じく飛び入り参加をすることになった元第2小隊のゲンドウとタイガ、そして後ろには懐かしい顔ぶれをした大勢の鬼が控えている。
「我が名は桃太郎! 宝を取り返しに来た!」
「ほう、宝が欲しいと申すか? ならば、俺たちをLBXバトルで打ち負かしてみろ!」
出番を待つ間必死で台本を覚えた鬼の大将役のゲンドウがDキューブに黒く塗装したオーヴェインを投下し、部下の三人がそれに続く。LBX専門校らしい展開に会場は大盛り上がりだが、ここに大きな問題が生じた。
(LBXとCCM持ってくるの忘れた……)
台本のセリフを追うのに時間を取られ、急いで部屋を出たせいでアラタは旅の仲間の愛機ことアキレス・ディードをかばんごと部屋に置いてきてしまったようだ。
それに気付いたサクヤが羽で隠しながらそっとドットブラスライザーとCCMを手渡す。
「僕たちがするのは普通の桃太郎じゃない。神威大門流・桃太郎なんだ」
小声で囁かれサクヤの方を見ると、ヒカルからカイトの手に渡ったバル・スパロスがある。後から聞けばLBX塚の掃除中に見付けたものを修理したそうだ。
八体の機体がDキューブ内で激しくぶつかり合う様子をカメラ担当がスクリーンに映し出している。バトルは苦手なサクヤのためにリンコだけはかなり手を抜いているが、他は本気である。鬼の敗北は元々の物語や台本に書いてあっても負ける気は全くないらしい。
戦いは十分を超え、プログラムに書かれた次の演目の開始時刻に食い込んでいる。LBXプレイヤーとしてはここで終わらせるには惜しすぎるが、生徒会としては必殺技を打って決着をつけるべきだろう。
トライキャノンの溜めに入るトライヴァインの護衛につく三機と四機が激突する。途中で敗れたサクヤの機体を映さないようにカメラ担当も気をつかいながら桃太郎が鬼達をLBXで懲らしめる様子を映し出した。
「今度会ったらまたバトルしようぜ! ……あ、ウキッ」
「ああ、今度は敵ではなくライバルとして再戦を誓う。待っていろ」
そのようなセリフは本来桃太郎役であるハルキが言うように台本に書いてあったが、アラタにおいしいところを持っていかれたな、とヒカルとサクヤが苦笑いをした。
こうして金銀財宝を持ち帰った桃太郎達は幸せに暮らしました、とナレーターが読み上げると舞台は幕を閉じた。

夜の部の祭が始まるまでの間、ゲストとして訪れた元ジェノックの者達は口々にこうなった経緯を聞いた。旅先や母国、地元の土産をつまみながらの会話は、ただ一人を除いては激闘を制した生徒達にとっては小さな同窓会のようだった。ここにはいないのであえて話題に出さないが、誰もが彼を心配している。
桃太郎をすることになったのはサクヤの提案だった。監督と台本を去年劇がしたいと言ったキヨカが務め、島を一旦去った学園の英雄アラタの意思を尊重して第1小隊が桃太郎とその仲間を演じ第2小隊が鬼を演じた。去年はロシウス所属だった第6小隊や事件後に新しく加わった生徒達も協力して劇の大部分を完成させた。
ゲストの中でもとりわけアラタの存在は大きく、言い出した責任を取ってもらわなければならないと猿の役に決まった。ゲンドウやタイガの活躍を知っていた新第2小隊の二人は鬼のリーダー役を譲り、戦場を映し出すカメラ担当へと回ったそうだ。


◇◆◇◆◇◆


そして夜が訪れた。
日が暮れても祭の熱気は治まることなく外は賑わっており、どこからか笛や太鼓の音が聞こえてくる。窓からは食べ物を焼くにおいが漂い、早く外に飛び出したくなる。
アラタは一緒に帰ってきたジンに頼んでいち早く着付けを済ませ、ムラクのいる305室へと向かった。去年は姿を見かけても声をかけることすら許されなかったが、今年は堂々と一緒に回れるのが嬉しくてたまらないのだ。
同じ名前のものが隣り合わないように複数並ぶ中、もっとあれこれ迷うのかと思えばスムーズに屋台を行き来している。おいしい店は去年のうちにリサーチ済みらしい。
アラタはLBX型のベビーカステラを口に放り込みながら次から次へと甘いものが並べてある店に立ち寄っては無料で提供される菓子類を食べ、ムラクはそれについていく。
続いてわたあめと書かれた屋台へ向かう。何やら生徒会からもらったスタンプを見せると特別な袋に入れてもらえるらしい。学園の生徒は特定の時間に担当を割り当てられた生徒会メンバーを倒してスタンプをもらうことになっているが、今回はゲスト用の特別スタンプで三角の紙を引く。ムラクとの久々のバトルは祭が終わってからだ。
「ほらよ、ヴァンパイアキャットだ」
ヴァンパイアキャット――第四回アルテミスの優勝者、古城アスカの機体だ。他にも歴代アルテミス優勝者の機体の袋が景品にある。袋の柄よりもまずは甘いものが食べたいと、中身を取り出そうとするとかつての仲間が駆け寄ってくる。
「あーーーー! それアスカ様のヴァンパイアキャット!!」
周りの者達が全員振り向くほどの急な大声に何事かと思えば浴衣を着たキャサリンがいた。
「これ全部あげるから交換お願い!」
「まあ、いいけど……」
大量の袋を押し付けられほぼ強引に袋を交換することになる。ヴァンパイアキャット以外は重複しつつも全て揃っていた。
「一体いくつもらったんだ」
両腕に袋をぶら下げ、翼代わりにすれば空でも飛べそうなアラタの方を見てムラクが尋ねる。交代の時間を告げにきた生徒会メンバーは自分の担当時間は終わったと、大量の袋を持ったアラタを一目見て逃げるように去っていった。
「えっと、バンさんのアキレスが二個、ヒカルのルシファーが四個、それから……」
ふわふわとしたわたあめでも複数持てばそれなりの重量になる。それに、幅を取るのでひとまず部屋に置いてきた方がいいと思った。
「そろそろバトルの準備をするか」
「んじゃ、ちょっと荷物置いてくる! 俺が来るまで誰にもスタンプは渡すなよ!」
走るアラタを見送ってムラクは生徒会の腕章をつけると、待ち構えていた生徒達が大勢押し寄せた。
「思ったより人数が多いな……この際十人ずつで構わない」
生徒会として監視をメインとする以上、ランキングバトルでは順位を抑えている。久々に本気を出せば悪魔が再降臨し、恐れおののいて戦いの前に逃げ出す者が続出した。
対戦相手が早々にいなくなったのでムラクは近くのからあげ屋に向かった。続いてフランクフルト、アメリカンドッグ、焼き鳥、ステーキなどをテントの下で味わっていると呼び声が聞こえた。

「あー、また肉ばっか食べてる! 俺には甘いものをとりすぎるなって言うのにムラクはいいんだ……」
「こ、これはたこ焼きだ!」
日本本土のオサカシティから出張してきた本場のたこ焼き屋でもらったものだ。島への出入りが自由になったことで今年初めて店が立った。ソース、しょうゆ、ポン酢の三種類の味が選べ、大粒のたこが入った絶品のたこ焼きが舟の入れ物に入っている。
人が見ているからと定番のソース味のたこ焼きを差し出すと大人しくなった。
「約束通りスタンプは守り切った」
「そういやあれから誰も戦いにこないな……じゃあたこ焼き食べたら思い切り遊ぶか!」
と、ちょうどいいタイミングで交代の時間がきた。今日はもう生徒会や小隊長の仕事も終わりだ。
思えばアラタといるとあまり背伸びする必要がなかった。釣ったヨーヨーやすくったスーパーボールなどの数を競い、バトルでも同じように勝てば嬉しく負ければ悔しい。自然体になれるように、不思議と笑顔にもなれた。
四勝四敗。五勝目はもらうと金魚すくいに立ち寄ろうとすると、アラタは突然ムラクの手を引いてどこかに連れていこうとする。
着いた先はLBXやキャラクター物の飴を売っている店だった。透明な飴に色を付け、学園で使われている機体や市販の機体、アニメの人気キャラクターをデザインしたものだ。食べるのがもったいないような芸術性に感心していると、ある一品だけが品切れになっている。ドットブラスライザーとトライヴァインの間、配置的にバル・ダイバーだと思われる。
「ドットブラスライザーとマグナオルタスを一つずつ!」
友情の証にと互いの愛機の飴を交換し、写真をCCMに収める。
舐めようと袋を開けようと思ったところで花火が始まるという放送が聞こえてきた。アラタはともかく、しっかり者のムラクですら勝負に熱くなりすぎてすっかり忘れていたようだ。
開始時刻ギリギリに会場まで行った結果、人が多すぎて座る場所も、立つ場所さえもどこにもなかった。知り合いがいれば間に入れてもらえるかもしれないが一番後ろではまともに身動きも取れない。これでは人の頭を見にきたようなものだ。
「そうだ! あそこに行けば……!」
今いる位置でも少しは見えるのだが、一年に一度の花火はいい場所で見たい。夜の校舎は鍵がかけられている。それ以外で高い所から島全体を見渡せる場所で思い当たるのは一つしかない。
突然脇目も振らず走りだすアラタを追いかけるムラク。じっと考えるよりも思い立てばすぐに体が動く、今日はこの閃きに賭けてみよう。

「着いた! かもめ公園!」
ベンチに座って息を整え、うちわであおぎながら花火を見る。おなじみの花火の形からどうやって作ったのか、LBX型の花火まである。
そこにふと、見慣れないものが視界に入った。石碑のようだが、周りに花や菓子類が置いてあるため墓標のようにも見える。
「これか。綾部さんの記念碑だ」
アラタ達が島を出てから皆でシルバークレジットを出し合って建てたそうだ。そこに、青と緑の機体の形をした飴が置いてある。
「お、ヒカルたちも来てたんだ」
「いや、リハーサルまでの時間にクラスで花束を供えた。あれはゲンドウじゃないか」
黒くはないが、確かにオーヴェインの形をした飴だった。その隣のバル・スパロスはここに来られなかったカイトの分なのだろう。
「これで俺たちが来たってわかってくれるよな」
花束の代わりにそっと飴を二つ供え、手を合わせて祈る。天に向かって打ち上げられる花火、それを特等席から眺め、音が鳴りやむまで二人で時を過ごした。

2014/10/03

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