卒業生有志が制作した不良と教師の絆を描く長編映画「3年B組 ジン先生のダンボール戦機スクールウォーズ」を上映した学園祭は無事に終了した。それから数か月後の新学期、映画の記憶も少しずつ薄れてきたある朝のことだ。
「やっべえ、遅刻だ!」
アラタがそう叫んだのは授業開始の十五分前。アラームが遅れていたらしく、起床時刻はとっくに過ぎていた。五分で最低限の身だしなみを整え、階段を駆け下りて残っていたパンをくわえる。
チャイムが鳴ると同時に教室にギリギリ滑り込み、担任がいないのを確認する。一安心したのも束の間、今日の教室は何か異様な雰囲気に包まれていた。
チャイムが鳴り終わるより早く席に座りさえすれば遅刻は免れるのだが、いつもの席がない。その代わりに大量の菓子の袋の山が机二つを埋め尽くしているのが見えた。
「ちょっとそこ俺の席なんだけど」
「は? ここは僕たちが先に取ってたんだぞ。あっち行ってろよ」
ヒカルが移動させたアラタの机の上であぐらをかいてジュースを飲んでいる。さらにその机二つの周りではハルキがガムを、サクヤがポテトチップスを食べている。
「委員長なんだからハルキも何か言ってくれよ!」
「あぁ゛? 何だてめえ」
黒いマスクがガムを噛むのに合わせて動く。ハルキは隊長、委員長、生徒会役員、そして世界連合総司令官、数々の役職を持つ優等生のはずだが、今は見る影もない不良になっていた。

ここはLBXのエリートを養成する神威大門統合学園のはずだ。しかし、目の前には第1小隊どころかクラス中が荒れているというありえない光景が広がっている。
そもそも全員の格好からしておかしい。男子生徒は変形学生服に個性を光らせる小物やアクセサリーをじゃらじゃらと付けている。女子生徒は派手なギャルメイクでスカートが極端に長いか短く、スケバンの格好をしたヒカルも混ざっている。多くが映画で着たものをさらに個性的にアレンジしていた。
映画の中に迷い込んでしまったのか、まだ夢でも見ているのか。目をこすったり頬をつねってみても何も変わらなかった。
「そうだ先生、美都先生は来てないのかよ! 早く何とかしてもらわないと……」
とドアの方を見てみるが、違う人物が入ってきた。
音楽室にある作曲家の肖像画にありそうな独特の髪型をした若い男だ。服装は数年前テレビで見た海道義光とそっくりなものをアレンジしている。
席に座れないまま前を見ると目が合った。白い髪と肌に映える黒い睫毛と赤い瞳、間違えるはずがない。
(どう見てもジンさんだよな……映画では不良を更生させてたのにおかしいな)
「今日は出張の美都先生に代わって不良のあり方を徹底指導する! 今からハーネスと食堂で合同授業だ」
「えっ、ええっ!?」
声を聞いて正体がジンだと確信したが、何故こんな髪型と服装をしているのか。だが、一番わからないのは授業内容だ。しかし、ついていけば今起きている異変の謎がわかるかもしれないとアラタも他の生徒と一緒に食堂に向かった。

ジンが指を鳴らすと暗くなった食堂のスクリーンが中央に降り、ドキュメンタリーが流れ始めた。財閥御曹司のゲンドウですら目を奪われる優雅な生活。幼い頃からエリートとして育てられ、大会では優勝以外の賞などありえなかった。世界を何度も救い、英雄の一員として世界一の男と肩を並べた輝かしい日々、そしてA国へ留学して飛び級を繰り返し今の地位に就いた。
信じられないようで嘘偽りのないこの人生は誰にも真似できないと深く感動し、これでは不良のあり方どころか人間の模範としか思えない。
そこに、ノイズが入る。画面全体が地獄の業火に包まれ、激しい音楽が流れてきた。
『暗黒皇帝ドルドキンス』
ナレーターの低い声が重々しく響き、仮面の男が大きく映し出される。
『教師など世を忍ぶ仮の姿でしかない。私こそが世界を支配する闇の皇帝、ドルドキンスだ! 愚民どもよ、平伏すがいい! フハハハハハ……』
港に集まった教師、生徒、島民が千人単位で一斉に跪く。暗黒皇帝ドルドキンスの高笑いが響く中映像は幕を閉じた。
「以上、それでは前回の復習だ。仲間一人がやられたらどうする」
「集団で報復します。これはバトルと喧嘩、どちらにも共通して言えることです」
ジンの問いかけにカゲトラが答える。物騒なことを真面目に答えている姿を見てハーネスはまだ毒されていないのかと仲のいい第1小隊の方を横目で見ると、スズネが立てた教科書の裏で早弁していた。
(何見てんの、飴ちゃんやろか?)
袋入りの飴が堂々と全員に配られ、こちらにも回ってくる。授業中に菓子を食べることは本来なら許されていないが、ジンも注意するどころか一緒に飴を舐め始めた。
アラタは授業中にチョコレートを食べていて注意された経験がある。その癖で袋をポケットに入れてひとまず様子を見た。
教科書を立ててニヤニヤしながらタケルが何かを読んでいる。LBXを扱う授業とは関係ない教科書だったので不思議に思っていると、ノートの切れ端が回ってきた。
(なになに? 『コウタ君にエッチな本借りたんだけど後で見る?』って、うーん……)
信じたくなかったが不良の毒牙はハーネスをも侵食していた。

気を取り直して二時間目は保健だ。
ハーネス全体が不良になってしまったので心配になってくる。ヒカルがトイレから戻ってくる前に机を動かし、教科書を乗せて待機する。
(ヒカルのやつ、あの格好で男子便行ったんだよな……)
普段なら割と大雑把なアラタだったが、今日は細かいことばかり気になって仕方がない。
しばらくしてヒカルが戻り、チャイムが鳴る。机に関しては何も言われなかった。
「今日は自習だ。保健室でサボりたいならいつでも来い、解散」
驚きを表わす前に授業が終わってしまい、何人かが保健室に行こうと席を立った。

続いて三、四時間目は通常授業が行われた。先生が担当教科を教える中、話し声や音楽プレイヤーからの音漏れで騒がしかった。
男子生徒は菓子を食い散らかしたりゲームをし、女子生徒は化粧やCCMでのメールに夢中だ。教室にいない者は保健室や屋上でサボっている。それなのに、先生は注意もせず延々と教科書を読み続ける。
先生のゆっくりとした声が子守唄のように聞こえ、結局二時間とも寝てしまった。いつもとは違って誰も起こしてくれなかった。


気持ちよく寝たところで昼食の時間がやってきた。食堂ならば多くの生徒がいる、まだ可能性はあるかもしれない。
「あーだりぃ、次サボっちまおうっと」
「俺も俺もー」
最初に聞いた会話がこれだ。周りを見れば背中の部分に文字を書いた長ランや短ラン、スケバン風のロングスカートに下着が見えそうなミニスカートと、食堂も不良の溜まり場になっていた。
「みんなして何やってんだよ! っと、それよりラーメンラーメン……」
一割引のラーメンを注文しようと列にならんだところでカゲトがガンを飛ばしてきた。横にはムラク、後ろにはミハイルとバネッサがいる。
「おい、ムラクさんのためにステーキ定食買ってこいよ」
不良の世界ではよくあるパシリになれということだろうが、素直に従うわけがない。
「そんな金どこに……って何だその格好!」
朝見たときはただの改造学生服だったムラクだが、頭には二本の凶悪な形をした角、背中には羽、尻からは尻尾が生えている。それに加えてビジュアル系メイクがより雰囲気を出し、本物の悪魔と見紛うような格好をしている。二時間目以降戻らなかったのは化粧と着替えに時間がかかっていたのだろう。
「ムラクはジェノックの番長なんだぞ! 逆らうと痛い目見るぞ!」
と、スケバンの格好をしたバネッサが突っかかる。その横には同じく迫力のあるビジュアル系メイクで睨みつけるミハイル。何か買ってやらないとどいてくれそうにない。
「……カツサンドで構わない」
安くなってもパシリには変わらないが、それならなんとか買えると番長率いる第6小隊をやり過ごす。結局もう一ランク落としたラーメンを注文することになった。

五、六時間目も授業どころではなかった。
そんな放課後、こうなったら生徒会にどうにかしてもらおうと生徒会室に駆け込むが、ここも生徒会の仮面をかぶった不良しかいない。
役員達はトランプでギャンブルの真似事をし、生徒会長にいたってはソファーで女子生徒を両側にはべらせてふんぞり返っている。床にはコーラの瓶が散乱しており、目をそらしたくなる有様だ。
最終手段として学園長に訴えてみるが、アラたんみたいな優等生は嫌いよと追い出され途方に暮れた。学園長は服装、化粧、髪型の全てに派手さが増して直視に堪えなかった。
「ああもう! どいつもこいつも何なんだよーーーーーー!!!」
海に向かって叫んでみても声は空しく消えていき、全てが嫌になった。この学園にはLBXのエリートになりにきたわけであって、不良になりにきたわけではない。そんな熱い思いもこの堕落しきった環境では馬鹿馬鹿しく思えてくる。
「もうやってられるか! こうなったら俺だってグレてやる!!」
ついに我慢できなくなったアラタは部屋のクローゼットから映画で着ていた衣装を引っ張り出し、棚に飾っていたリーゼントドットフェイサーを手にした。


◇◆◇◆◇◆


――派手な足音を立てながらがに股で廊下を歩き、教室のドアを足で蹴り開ける。
「おいムラク、俺と番長の座をかけてタイマンだ! 俺が負けたらお前の舎弟だろうが奴隷だろうが上等だ!」
「ずいぶんと威勢がいいな。だが、売られた喧嘩は買ってやる」
特攻、神風などと書かれたガウンタ・イゼルファーとリーゼントドットフェイサーがDキューブに降り立つ。得意の二刀流が来るかと思えば、双剣を地面に刺して素手での勝負を挑んでくる。
「男と男のタイマンは基本素手でするものだが、ハンデとしてお前だけ武器を使ってもいいぞ?」
「んなもんいらねえよ!」
まんまとムラクの挑発に乗ってしまい、口悪く返すアラタの後ろでカゲトが力作の小道具を記録に残しておこうと写真を撮っていた。
「さすがムラクさん、何着ても似合うッス」
「あ、何勝手に撮ってるんだ! あたしにもくれ!」
撮影した画像が二人を除いたクラス全員に一斉送信される。素人には真似できない絶妙のアングルで悪魔姿のムラクが映っている。これにはバネッサのビジュアル系メイクの練習台にされたミハイルも笑うしかなかった。
「喧嘩上等! 俺こそがジェノックの番長だ!」
「神風特攻! お前などに番長の座は渡さん!」
素手で殴り合う長期戦、ミリ単位で相手の体力が減っていくのが逆に楽しくなってくる。
(Cゲージは溜まってるのに何もできないか。もっとナックル系の武器レベルを上げておくんだった……いや、ムラクも同じか)
しかし、素手でのダメージは低く全く勝負がつきそうにない。このままでは日が暮れてしまうだろう。


と、そこに思わず耳を疑ってしまうような声が聞こえた。
「エイプリルフールin神威大門お疲れ様! というわけでアラタは私にスワローのチョコレートパフェおごること!」
ユノの合図で二十二人のクラッカーが鳴らされる。アラタが驚いている隙に剣を持ったガウンタ・イゼルファーが映画のジンと同じようにドットフェイサーのリーゼントを切って再び丸坊主にした。
「えー!? 何だよそれ! すっかり騙されたぞ!」
盛り上がるところでも忘れず、マスクを外したハルキが生徒会に事後報告をしていた。ここで企画終了の放送が流れた。


着替えたり化粧を落とした者からスワローに集合することになった。
ジェノック全員が集まったところでネタばらしが始まり、アラタが流されて不良になるかどうかの賭けに勝った第3、第4、第5小隊は何でも好きなものを注文する。
今回の出来事は数か月かけて準備した大規模なエイプリルフール企画だったそうだ。生徒会発案で学園の誰かを騙してみようと、知名度が高くリアクションの面白そうな人物のアンケートが行われた。不在中に準備もできることもあって見事一位に選ばれたわけだ。
教師側はサボりに全面協力、不良の教えを叩き込む、そして生徒達の不良行為を無視して普段通りに授業をする三種類の役が与えられた。
生徒側は支給された衣装を各自でアレンジし、アラタの前では不良のように振る舞うことが命じられた。
作戦の要であるジェノックでは、ヒカルがアラタのCCMのアラームの時間をずらしておいた。そして映画で用いた衣装を用意し、女子生徒とヒカルは不良だった兄を持つキヨカ監修で全員ギャルメイクを済ませた。ムラクの悪魔の小道具制作とビジュアル系メイクだけは時間がかかったようだ。
そして、暗黒皇帝ドルドキンスは学園祭で上映された映画に興味を持って訪れたらしいプロの映画監督撮影の超大作となった。台詞は全てジンのアドリブだ。
結果として戦場の外でも連帯感を鍛えられたうえ、普段なら絶対にできない不良体験はエリートの生徒達にも大好評だったという。

「悪魔の正位置。誘惑に弱い、怠惰、堕落。後でお兄ちゃんたちにお礼言わないと」
「やった、久しぶりのチョコレートパフェだ! キヨカを信じて本当によかったー……」
カツサンドにチョコレートパフェ、付き合いとはいえシルバークレジットがどんどん消えていった。
「またあの恥ずかしい格好させられたのに負けた!」
悪の誘いを断り続け、最後まで自分の意志を貫いた彼はどこに行ったのか。勝つために女装したヒカルは自腹でパフェのやけ食いをしている。
「一度あちら側に手を貸したボクが言ったんだ、信じて正解だっただろう」
国際テロリストであれ小さな島の不良軍団であれ、巧みな悪の誘惑に落ちる心理と高揚感、激しい後悔はカイトが一番よく知っている。賭けと節約生活のご褒美にメロンをふんだんに使った一番高いパフェをゲンドウを指名しておごらせた。
「ええ、私たちの大勝利です。ところで朝比奈君、古城君に何を貸したんですか」
「うっ! 急に腹が……!」
映画以上に逆立てた髪も元通り、そんなリクヤの問いに食べかけのままトイレにこもるコウタ。入れ違いでタケルが借りていたLテクを返しに現れた。
「テロリストには従わずとも不良化した仲間には敵わないか。まだまだだな、アラタ」
「うぅっ、だいたいジンさんがあんな格好で本格的な映像なんか見せるから……!」
どっと笑いが沸き起こると、映画のラストシーンのようにジェノックの生徒達はジンの元に集まった。ハーネスもここで打ち上げらしく、こちらは十五人分全ておごってくれるという。
「ら、来年は絶対騙されないからな!」
しばらくスワロー内では笑いが絶えることはなかった。

2014/04/01

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