一週間の間だけLBXの技術指導と講義を行うようゲストとして招かれ、生徒からは休む間もなく質問責めに合い、練習戦の相手を頼まれて引っ張りだこの生きる伝説、山野バンが神威島に訪れた日から丸一日が過ぎた。
神威大門統合学園もセカンドワールド崩壊からの復興も着々と進み、本格的なLBX専門校へと前進していた。
島に帰ってきた日、バンが招かれた日、ジンに紹介されて彼の正体を知ったこと。偶然に偶然が重なって奇跡を呼び、一番会いたかった先輩を前にして無謀にもムラクを巻き込んで戦いを挑んだアラタだったが、オーディーンとゼノンという最強のコンビネーションの前に成すすべもなく敗れた。

多忙なバンのブランクを全く感じさせない戦い方は世界チャンピオンの名に恥じず、ジンの方は名将ドルドキンスよりも今日は「秒殺の皇帝」にふさわしい戦いぶりだった。それに、二人とも最新のものではなく五年前の古い機体を使っていた分まだまだ本気は出していない。それでも負けてしまったのだから二人の余力など計り知れないのだろう。
世界を救った英雄と学園最強のプレイヤーが油断した一瞬で倒され、バンから放たれた言葉が深く胸に突き刺さった。
LBXが好きならLBXと会話をし、バトルでコミュニケーションをとらないといけない――少し前までLBXを兵器として代理戦争をしていたためか、そんなことは考えたことがなかった。
教師達から言われた通りに戦争をするだけ、そんな学校なら親友の誘いだろうとバンは絶対に行かなかった。道具としてではなく一人の人間のように扱い、時々語りかけては想いを心で感じ、LBXと自分を一体化させて勝利をつかむ。相棒は言葉の代わりに戦いによって応えてくれるのだと。

その言葉を胸に誰もいない屋上でバンと一対一の再戦を受けた。お互いが最初の愛機を手にし、その当時の喜びを思い出しながらアキレスとアキレス・ディードはDキューブの中の戦場へ赴いた。
仲間を信じるようにコミュニケーションをとり、二人と二体、それぞれの想いが溢れるほどに強く大きく流れ込んできた。結果は同時討ちで両者ともブレイクオーバーに終わったが、心の中で何かが変わったような気がした。
レジェンドと呼ばれるLBXプレイヤー集団の双璧、世界チャンピオンのバンに名将であり皇帝でもあるジン。彼らはアラタにとってどこまでも大きく高くそびえ立ち、誰よりも尊敬していて超えたい先輩でもあった。


バンが訪れてから二日目の昼のことだ。この日は四時間目の授業が長引いたせいで食堂の席がほとんど取られていた。アラタはムラクを連れて作戦会議をしようと思ったものの、座れそうな席がなかったので中を見回している。と、そんなときの特等席だ。ここならどんなに混もうと確実に空いている。
食堂中央の階段を上がり、さらに一段高い席に座る。かつてここに座れるのはムラクだけだったが、アラタは世界をテロリストから救ったことで特別に評価され、堂々とここで食事をとることができる数少ない人物だ。
さらに、ここでは席を取っておくように誰かに頼む必要もない。
アラタは次こそ勝てるようにとカツ丼を、ムラクは目に留まったサイコロステーキ定食を注文した。
「やっぱここからの眺めは最高だな! 上からじゃ見える世界がぜんぜん違う……ムラクはそんなところでいつも食べてたんだなって」
「いや、いつもではない。最近はそこの角のテーブルで食べることが多い」
そう言って指差したのは勝利者の席から一段降りて少し離れた席だった。ちょうど四人掛けになっていて小隊四人が座ることができる。そこが第6小隊の定位置だそうだ。
「ただ、昔はよくここに世話になっていた」
「えっ昔、う、うぐっ!?」
ムラクは今まであまり昔の話をしなかった。そこで興味深そうに返そうとすると、かき込んだご飯が喉に詰まりそうになる。慌てて水を飲んで流し込み、むせながら耳を傾ける。
「俺が隊長になった当時、カゲトとバネッサにはあまりよく思われていなかった。それで食事は一人だった」
ロシウス時代にいきなり隊長に任命されたこと、戦場でバネッサの危機を救ったこと、誰も扱えないと言われていたカゲトの作った新機体を完璧に使いこなしたこと。それらを静かに語られ、最強を誇る第6小隊も最初は第1小隊と同じようにバラバラだったことに驚かされた。
「で、次は次は? あれ?」
無料期間でおかわりしてきた山盛りのご飯を頬張りながらアラタは話の続きをせがむが、急に黙り込まれて不思議そうに箸を置く。気分を害したのでも話したくないわけでもなく、それ以上語ることはなくなったから言葉を終えたとムラクは返した。
「そっちが聞いてる方が楽しいなら、俺は話を聞いてもらってる方が楽しいかな」
と、アラタは食べて飲んで話してといつもの二倍も三倍も忙しく口を動かしだす。久々の再会で話したいことは山ほどある。どんなにくだらないことも突拍子もないことも全て受け入れてくれる、理想の友人関係がそこにあった。
「……ずっと思ってたんだけど、そのサイコロステーキおいしそうだな」
「食べたいなら明日にでも注文するといい」
ムラクにはやはり隙がなかった。素直に諦めて最後にとっておいたカツを食べ終え、急に箸を置くと立ち上がって決意表明をした。
「次は勝ってジンさんに焼肉、いや、最高級ステーキをおごってもらうんだ!」
「……!」
食堂全体の空気が止まり、全校集会で学園長の一喝が入ったように一瞬で周りが静かになった。もちろん原因は中央の特等席にある。
食堂にいた全員の視線が一点に集中すると同時に、アラタの真向かいの椅子が派手な音を立てた。ついムラクまで一緒に立ち上がりそうになっていたらしく、何事もなかったように上がった腰を戻して最後の一口を口に入れた。
「……バンさんたちには絶対内緒だからな」
「わかった」
ご飯粒を口元につけたままのアラタの真剣な表情が妙におかしかった。


その日の放課後、ランキングバトルと生徒会の空き時間に秘密の特訓を行うことになった。生徒会の張り紙で封鎖した屋上にジェノック一同が集まり、打倒レジェンドと名付けた猛特訓を生徒だけで行うという。
内容はプレイヤーと一部のメカニックで時間が空いた者が代わる代わるアラタ達の練習相手をひたすらしていく。
二、三人倒したところでバトルに出ていたヒカルが帰ってきた。何故か制服ではなく剣道着を着ている。
「さっきランキングバトルで全勝してきて気分がいいんだ、特訓なら手伝ってやるぞ。僕だってバンさんと同じアルテミス優勝者だからな」
ヒカルもバンと同じ舞台に立ち、同じ景色を見たことがある。思えばこんなに近くに同い年の世界チャンピオンがいたのだ。
「よし、助かるぜ! それよりお前、剣道部だったっけ?」
「そんなことどうでもいいだろ。勝負だアラタ!」
ヒカルの登場にいつ何があっても二人が戦い抜けるようにと、メカニック達がありったけの工具を持って並ぶ。
「なんとか間に合ったか。時間のあるうちに俺も一戦頼む」
ランキングバトルと生徒会活動の合間にハルキが現れ、二対一状態だったヒカルに加勢した。

ジェノックが屋上で特訓している間、ハーネス第1小隊はジェノックの生徒達が集団で階段を上がっていく様子を見ていた。
「生徒会権限で屋上封鎖って怪しいわぁ……ウチら入られへんからカゲトラ、ちょっと見てき」
「なんで俺が……」
「生徒会アンタしかおらんやろ」
スズネの言葉に鞭で打たれたように姿勢を正し、カゲトラは屋上への階段を静かに上がっていく。ドアは隙間なく閉じていて中は見えないが、大勢の騒ぐ声がする。鍵はかかっていないので少しだけ覗いてみる。
「三人揃ってそこで何をしている?」
そこに第4小隊のシスイが通りかかった。ランキングバトルの帰りに第1小隊よりも早くジェノックの怪しい動きに気付いたらしく、個人的な諜報活動に出ていたという。
急に声をかけられたせいで体勢が崩れてしまい、ドアが勢いよく開いて三人が転がり込んだ。
「おお、お前らも来たのか!」
生徒会の権限で屋上を封鎖したのは全くの嘘だ。生徒会では生徒の自主性を主に求めている。そのため、大人が入らないようにするためのカモフラージュとして最適だった。
突然のアクシデントに一時バトルは中断したが、同盟国ハーネスの面々が来たならば全く問題はない。ついでに騒ぎに乗じてバル・ダイバーとトライヴァインにとどめを刺した。
「よっしゃ、ウチらも相手したる! いくでカゲトラ!」
「……仕方ない、やるか」
対戦相手がいなくなったところでスズネが乱入し、カゲトラもそれに続く。タケルは戦う代わりに四人全員に声援を送る。
後から入ってきたシスイの連絡でハーネスからも続々と生徒達が押し寄せ、同盟国も巻き込んでのお祭り騒ぎが始まった。


「バイオレットデビルよ、ずいぶん楽しそうな生徒会活動ではないか!」
生徒会の張り紙を手に会長のグレゴリーが入ってくる。LBX専門校とはいえ、どう見ても生徒会活動とは思えない様子に多少の皮肉と好奇心を添えていた。
「あれ? もしかしてムラクやばい感じ?」
「ああ、大幅な遅刻をしてしまった。すみません、グレゴリー先輩」
CCMの右上に映る現在時間。他の役員と交代するはずだった時間の午後五時から三分ほどが過ぎていた。ムラクは珍しい失敗にバトルを一時中断して後はアラタに任せようとCCMを閉じた。
「何、生徒会なら心配いらん。お前の分はイスズに任せてあるからな! それからスペシャルゲストだ」
それでいいのかと生徒会役員の三人が心配に思ったが、豪快な笑いは何もかもを吹き飛ばす。全校中に響くように笑っている彼の後ろから、学園を去ったはずのワタルがひょっこりと顔を出した。
「お久しぶりです、ムラク先輩!」
ジェノックの制服と私服、お互いがロシウスの制服ではない再会だった。最後の共闘となったウォータイムの前に夕方の屋上で語り合ったあの頃とは違い、子犬のようにまとわりつくワタルに懐かしくも守りきれず申し訳ない気持ちで心が揺らぐ。
「先輩からいただいたガウンタ・イゼルファー、僕なりに塗装したり改良してみたんです。だから実戦で見てて下さいね!」
マグナオルタス完成後、ムラクはワタルに学園を去ってもうまくやっていけるようにとかつての愛機を託していた。エゼルダームに奪われたベリアルエッジも取り返し、対となっていたベリアルブレードも一緒に渡した。
すっかりワタルのものとなったガウンタ・イゼルファーだが、その実力はどれほどのものだろう。同じ仮想国に所属していたり学年が違ってなかなか会えないことから、練習戦以外で直接対峙することは一度もなかった。もう一度敬愛する先輩に会いたい、ただその一心だけでワタルは特訓に特訓を積み重ねて今の学校の誰よりも強くなったそうだ。
「お前たちと戦うのは俺たちだけではない。少し待っていろ」
と、グレゴリーは自作テーマ曲の鼻歌を歌いながらどこかに行ってしまう。しばらくして校内放送で各国のエースの呼び出しがかかった。アラビスタからムサシ、ロンドニアからタケヒロ、グレンシュテイムからケンタロウ、ポルトンからヒナコと精鋭揃いだ。
そして、エースが五人揃ったところで勇ましい宣戦布告が出される。
「一週間でレジェンドを打ち負かすならば、俺たちを見事倒してみるがいい!」


Dキューブを大人数が戦える広大な砂漠フィールドに替え、控えていた他の生徒会役員が布をかぶせた物体を荷台に乗せて運んでくる。
「こ、これは、ラージドロイド……!」
布が取られるとそこにはウォータイムで大苦戦したラージドロイドが佇んでいた。一旦稼働状態にすると自動的に戦場へ躍り出る巨大な機会仕掛けの怪物。地震でも起こったかのようにフィールドが大きく揺れて砂煙や水を巻き上げ、その巨体に木々がいくつも倒された。
しかし、驚くのはラージドロイドの登場だけではない。ラージドロイドの頭上からドットフェイサーによく似た機体が急降下してきたのだ。
寒冷地特化のグレイビーストではなく、砂漠特化の新機体のドットブレイズだ。ランキングバトルに参加している者にとっては見慣れた機体だが、アラタにとっては見るのが初めてだった。だが、昔の愛機によく似たフォームには親近感が湧いて懐かしい気持ちになる。
今回はグレイビーストに装備させていたライディングアーマーはなく、両手に一丁ずつ持ったショットガンのSG5Sを乱射しながら頭突きでドットブラスライザーを吹っ飛ばす。
砂漠で最も輝くこの機体には死角がなく、背後から襲いかかるマグナオルタスにもサマーソルトキックを食らわせた。
体勢を立て直したところでムサシのヴェルネルUCによる超精密射撃が襲い、建物の陰でやりすごすと今度はラージドロイドの広範囲の薙ぎ払いと予測不可能なミサイルやビームの雨が降り注ぐ。さらには隙をついて他の機体が奇襲を仕かけてくる。
複数のLBXに加えてラージドロイドが一体というウォータイムでもほとんど見かけない大乱戦だが、恐れることなくアラタ達は闘志を燃やしていた。
「数と残りLPでは圧倒的に不利……だが」
「むしろ、燃えてきたってな! そうだろムラク!」
強敵相手の連戦続きで消耗も激しい。一気に片付けようとアラタは最終奥義のジーエクストを発動させた。

「……とんでもない子どもたちだな」
「昔のバン君だってあんな感じだっただろう」
職員室の窓から屋上を眺めながらジンは無糖のコーヒーを、バンはミルクと砂糖たっぷりのコーヒーを飲んだ。


◇◆◇◆◇◆


――約束の一週間はあっという間に過ぎていった。
バンは最後の講義を終えた後、借りていた部屋の荷物を片付けて外を歩いている。その様子が教室の窓から見えていた。
授業は残り五分、運よく先生が早めに切り上げてくれた。アラタは机の上を片付ける間もなく立ち上がり、教科書を片付けていたムラクに呼びかける。
「ムラク、さっきバンさんがそこに! これを逃したらもう二度とバトルできないかもしれない、追いかけるぞ!」
バンを見送りたいとジェノックの全生徒も二人に続いて教室を出る。その声が聞こえていたハーネスの教室からも続々と生徒達が出てきた。

港には多くの生徒がバンを見送ろうと集まっていた。花束や寄せ書きを集めた色紙を各国の代表が渡していき、握手を交わしていく。
「これで最後かな」
七色の制服を見渡してバンは一週間過ごした神威島に背を向ける。眼鏡の下にはうっすらと涙が浮かんでおり、それを見せないように後ろ向きのまま小さく手を振って船に向かった。
「バンさん、バンさーーーーーん!」
遠くから大きく手を振るアラタとムラクの姿が見える。集まっていた生徒達は道を作り、二人は汗だくで肩で息をしながら前に出た。
(やはり来たか……)
出港まで三十分の余裕を持たせておいて正解だった。腕組みをしたままジンは振り返るバンに小さくうなずいた。
「バンさん、行く前に俺たちと四人でもう一度……もう一度バトルをして下さい!」
「俺からもお願いします!」
二人はハルキとミハイルから渡されたハンカチで汗を拭いて乱れた呼吸を整え、出せる限りの声で思いを告げた。

二人の思いは届き、一週間の特訓の成果を見せるときが来た。アラタがドットブラスライザー、ムラクがマグナオルタスをDキューブに投下すると、バンのエルシオンとジンのトリトーンが降り立つ。第四回アルテミスでも大会を盛り上げた伝説の機体を出すことから今回のレジェンド二人は本気だった。
槍の連撃とハンマーの強力な一撃と、休むことのない猛攻が続く。まずは劣勢、やはり彼らは恐ろしく強い。
だが、勝敗はこれで決まったわけではない。この前のようにはいかないとCCMを握る手が汗ばんで力が入る。アラタは背中で仲間達の声援を受け、空いている左手を高く掲げて親指を立てた。
一週間前は怒涛の攻撃に防御が精一杯で、ガトリングのような連続攻撃には逃れられる隙がなかった。速すぎて二機の動きが全く目で追えなかったあの頃だったが、今ではその速さに慣れてきた。
どこにいても危ない槍のリーチの長さに、攻撃のコンボに割り込んでくるハンマー特有のスーパーアーマー。これらについていけるとはいえ受けたダメージは小さくない。
四機は空中で激突し、ドットブラスライザー対エルシオンとマグナオルタス対トリトーンの一対一に分かれる。
アラタは事前の作戦会議であの二人が持たないもののことを考えていた。ハルキの考えた作戦では起死回生のジーエクストまたは諸刃の剣のオーバーロードが最も勝機に繋がる可能性がある。戦闘中にうまく発動できればの話だが。
事前に練りこんだ作戦から二通りの勝利パターンを頭の中で思い描くが、戦闘が長引くにつれてどんどん不安になってくる。
不安になれば愛機にもそれは伝わる。ここにいる全員と通じ合うためにLBXの声を聴いてコミュニケーションを取り、指先で応える。大先輩から教えてもらったことを思い出しながら反撃に出た。
(ドットブラスライザーは俺を信じてるんだ。だから、俺も信じる……!)
不安は風に乗って消えていった。

一方のムラクだが、トリトーンのスーパーアーマーに苦戦していた。ガウンタ・イゼルファーのようにブロウラーフレームならば多少のダメージを気にせず突っ込めるのだが、マグナオルタスはナイトフレームだ。装甲が薄くなった分、盾を持たせてみても攻撃を完全に受け流すことは難しい。
以前のように無様な戦いを見せることは学園最強のプレイヤー、バイオレットデビルの名が許さない。誰よりも美しく観客全てを魅了するような戦いでなければならないのだ。
「ムラク先輩、頑張って下さい! せーの!」
第6小隊三人とグレゴリーとワタルが正面に回り、ワタルの一声でムラクが見えるように大きな紙を広げた。どんなときも傍にいてくれる小隊の仲間、頼れる先輩、そして可愛い後輩が応援メッセージを持って声をからすほど叫んでいる。これだけでいくらでも強くなれる気がした。
アラタのような特殊能力が使えない分機体がボロボロになるかもしれない。たとえ美しくなくとも、四肢を切り飛ばされ首一つになろうとも武器を咥えて這ってでも立ち向かう。それでいい。カゲトが全て直してくれる。耳を澄ますと気高く美しい紫の機体が心に語りかけた。
(オーバーロードが使えなくともできることはいくらでもある。あの二人だって条件は同じだ)


四人に向けての大声援が島中に響き、学園だけでなく商店街からも人が集まってきた。
天才的なオーバーロードの使い手と悪魔的強さで最強の座に座り続ける者、二人の覚醒にレジェンド達も息を飲んだ。防御するのが精一杯だった攻撃を的確に受け流し、隙さえあれば強力な攻撃を叩き込む。一週間の修行に加えて戦闘中でも経験値を積み、彼らと互角またはそれ以上に進化していた。
(……二人とも、一週間前とは別人のようだ)
(さすがジンの教え子だ。お互いがお互いを高めあっていて、強い……!)

戦いもいよいよ終盤に差し掛かる。エルシオンはエクストリームモードで接近戦を持ち込み、トリトーンはオルタナティブモードに切り替えて武器を銃に持ち替えた。
「何だこれ、全然効いてない……!」
アラタは異変に気付き、機体の距離を取らせてスナイパーライフルに武器を持ち替えて素早く後ろに下がった。そして隠れている崩れた建物の陰からスコープを覗いて照準を合わせ、こちらに突っ込んでくるエルシオンを狙い撃つ。
「近距離攻撃は効かないけど、遠距離攻撃ならやれる!」
「それはどうかな」
こんなにも早く奥義を見破られてもバンは余裕を見せていた。
エルシオンは盾を突き出した高速回転で銃弾を弾き飛ばしながら、槍をドリルのようにしてドットブラスライザーの潜んでいる場所に飛び込んでいく。まともに弾が当たったのはマントの端に穴が開いた一点のみだ。
「……こちらは遠距離攻撃が無効か」
トリトーンが妙に間を開けるようになったと思えば銃撃が全く効かなくなっている。ならば得意の剣術で攻めていけばいいだけの話だ。
「そうだ、それでいい」
一見遠距離戦を仕向けるように思えたがそれを逆手に取り、より得意な接近戦に持ち込む。これがジンの目的だった。
マグナオルタスが武器を持ち替えている一瞬にトリトーンのファイタースピリットが発動する。必殺技のように重く激しい一撃が盾を構えるよりもコンマ数秒早く命中した。
マグナオルタスは正面から攻撃をまともに食らい、ヒビの入った場所から火花が出て中のコアスケルトンが一部見えている。ドットブラスライザーは左腕の肩関節部分に大きな穴が開いて肩から下が全く使い物にならない。
これがレジェンドの本気だ。リベンジにしてはよくやったと誰もが褒めてくれるだろう。


「まだだ! 俺たちはレジェンドの先輩たちを超える伝説になるんだ!!」
激情が呼び起こす超感覚、オーバーロードの発動に気付いたジンはいち早くドットブラスライザーの攻撃が及びにくい場所にトリトーンを誘導する。それをマグナオルタスが追いかけ、射程内まで突き飛ばそうと攻撃を仕掛ける。
「気をつけろバン君! オーバーロードだ!」
「何だ!? 一体何が起きて……」
ここでバンは初めて未知の能力に遭遇した。自分の世界が止まってしまったのか相手が速すぎるのか、何も見えない。ドットブラスライザーが目の前で消えた。
世界そのものがスローモーションに見える。速まった鼓動も仲間達の声援もレジェンドの言葉も音速の世界ではコマ送り、いや、静止画でしかない。アラタは叫びたくなる気持ちを抑えきれずに腹の底から声を出した。
目で追えなくともフィールドからは出ていないはずだ。全方位にホーリーランスを飛ばせばいいとエルシオンは力を溜め始める。
「かかった!」
エルシオンが止まっているように見える、ではなく本当に止まっている。これでは動かないただの的と同じだ。
「あと少しだから持ちこたえろよ、エルシオン……!」
効果の切れないうちに武器を持ち替えて再び遠距離からドットブラスライザーを狙うトリトーン。何十秒も先の動きを読んで数発の銃弾を命中させ、背後からやってくるマグナオルタスが武器ごと右腕を切り落とした。
「やるな……しかし、時間だ」
トリトーンは銃を捨てる。左手一本でシーホースアンカーを持ち、投げた右腕と銃がマグナオルタスに当たった隙にオーシャンブラストで自身を飛ばした。遠距離攻撃が無効のオルタナティブモードが続いている間に自らオーバーロードの射程内に飛び込んで五発の銃弾が中心に直撃し、最後の一発で無敵効果も切れてブレイクオーバーした。
「あとは任せたぞ、バン君!」
必殺ファンクションを準備中のエルシオンを庇ってブレイクオーバーするのもジンの計算のうちだった。溜めが中断されるギリギリを見計らい、無敵時間を頼りに自らを犠牲にした盾になる。確実に全方位必中の必殺技が発動されることを信じていた。
光を超える速さのホーリーランスがオーバーロードを無視して二機の腹部に貫通する。
体が上下に分かれそうになりながらもドットブラスライザーは射撃をやめない。オーバーロードでの射撃の命中率は百パーセント、これをやめてしまえばもう後がない。
ここでエルシオンを纏う黄金色の光が止んだ。エクストリームモードが切れた今、近距離攻撃が通用する。ほとんど止まったままに見えるエルシオンをお手玉のように殴り飛ばし、空中で防御態勢が取れないそれを空高く打ち上げた。
「今だムラク、とどめだ!」
「ああ!」
マグナオルタスのカタストロフィドライブがエルシオンに三方向から突き刺さり、打った反動に耐え切れず自身も腹部の亀裂から真っ二つに弾け飛ぶ。
ついにエルシオンもブレイクオーバーし、ボロボロになったドットブラスライザーだけが戦場に立っていた。

「勝った、レジェンドに勝ったぞムラク! やったーーーー!!」
「ああ、一週間の特訓は無駄ではなかったな。おい、アラタ、何を……」
勢いでムラクに抱きついてしまったけれど、一度そうしてしまったなら気にしない。嫌がる様子もなく、勝利のあまり感極まって震える背中をぽんぽんと叩いてくれたので抱き締める腕にさらに力を入れる。
「俺たちの負けだな、ジン。また初心に戻って特訓だ」
「バン君、彼らは日々進化を続けている。僕たちの想像以上に強くなる可能性を秘めているんだ」
負けたバンとジンも、潮風のように清々しく心の底から笑い合っていた。一戦を終えた今はもう敵ではなく、ライバルである先輩に戻ったのだ。
「すみません、次の生徒会誌に載せたいので写真を撮ってもいいですか」
「ん? いいよ。ジンも一緒に映ろう。それからアラタとムラクも」
ハルキの申し出にバンは三人の肩を引き寄せる。アラタが前に出て真ん中を陣取ろうとしたが今回は大目に見ておくことにした。写真の中の四人は中のいい兄弟のようにも見えた。
「あっ、ハルキのやつおいしいとこ持っていきやがって!」
こうしてここにまた一つ、新たな伝説が誕生した。彼らの名は瀬名アラタと法条ムラク。二人が神威大門統合学園を卒業した未来、伝説の一人として語り継がれていくのだろう。


2014/03/06

 目次 →

TOP




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -