夕日が射す放課後の教室にペンと紙が触れる音が静かに聞こえてくる。
授業もとっくに終わった中一人ムラクは白い紙に向かっている。新しく設立された生徒会の仕事だ。
同じ生徒会役員のハルキと同室なのだから寮の部屋で続きをすればいいものの、仕事を学外まで持ち込みたくないと今日も遅くまで残って教室で作業をしている。
明るい机の上に影が差した。学園を空けがちなため生徒会には入らなかったが、その仕事には興味津々のアラタだ。
「まだ帰らないのかなって」
「もう少しかかる」
「じゃあ終わるまで待ってる」
そう言って窓枠に腰かけて作業が進む様子を静かに眺める。練習用のノートと真っさらな原稿用紙、どうやら今回は何かの原稿を書いているようだ。
「生徒会長命令で神威大門のパンフレットの原稿を書いている」
思えば先週から今週にかけてハルキが生徒会の腕章をつけて教室や外の風景を写真に収めていた。アップで写ろうと前に出たら怒られ、写りたいなら自然に振る舞えと言われたことを思い出す。
「うちに生徒会なんてあったっけ」
「お前が旅に出ている間に選挙が行われたんだ。知り合いだと俺とハルキ、それからハーネスの乾カゲトラも生徒会役員をしている」
「会長はムラクじゃないんだ」
この学園では高等部が会長などの主な役職を担っている。上級生に花を持たせるため中等部は表舞台にはあまり立てないが、下積みを重ねれば数年後の選挙での当選の可能性は上がる。
「ロシウスでグレイビーストと呼ばれているアンドレイ・グレゴリー先輩は知っているだろう? あの人が初代生徒会長に任命された」
「へー、あの人生徒会長だったのか! だから毎朝変な曲が流れてくるんだな」
毎朝決まった時間に軍歌のような曲が島中に響く。彼のテーマ曲は朝から士気を高めるには役立つ反面ひどく耳に残る。毎朝放送室に居座って生歌を披露するせいで覚えてしまった生徒も少なくない。
閉鎖的な学園の方針を改め、開放的になったLBXのエリート養成を目的に設立された神威大門統合学園。入学・編入志望者をこれまで以上に積極的に募るため、今年から生徒会の頼みでパンフレットを作り始めたそうだ。
見本と大きな判子が押されたおなじみの校舎の載った表紙をめくってみると、学園長の挨拶が書かれている。もっと派手なものかと思えば未来の生徒を驚かさないように控えめに、しかし達筆でメッセージが書かれている。
続いて学園の特色、かつて行われていたウォータイムから今のランキングバトルについての歴史が紹介されている。次のページはこれから写真を貼る枠が区切られ、学園の様子と書かれている。未完成ながらも本格的で完成が楽しみである。
さらに一ページめくると生徒代表からのメッセージと書かれたページがある。これをムラクは今書いているそうだ。
ここは生徒会長ではなく、学園最強プレイヤーに書かせるとグレゴリー自身が生徒代表の座を譲り渡した。
見本誌には名前、顔写真、愛機に加えて戦闘時の写真が載っている。下には小さな文字で編入前に二十六の公式大会に出て全て優勝したことや、編入後の輝かしい成績が原稿が載る面にかぶらないギリギリまで書いてある。
これは素人目から見てもただ者ではない様子がうかがえる。ギリギリで編入したアラタにとってこのページのムラクは別世界の住人のように見えた。
だが、どれだけ紙面で立派な体裁を取られてもまだ何を書くか迷っている。未来の生徒達にはここに通う生徒の生の声が一番重要であり、降りかかる責任は非常に重い。一人で考えるのにも少し疲れたので助言を求めてみた。
「飯がうまい!」
「それは食堂の紹介欄で書かれる予定だ」
食堂について書かれたページにはハルキの字で付箋が貼ってある。安くておいしいカレーが写真付きで大人気と書かれている。
「女子が可愛い……?」
「…………」
聞くのが間違いだった。しかし、原稿を書くにあたって頭を固くしすぎていたのは反省している。人を呼ぶのは大切だが一番伝えたいことを疎かにしてはいけない。ここで叶えられた夢、たくさんの仲間に囲まれ最高のバトルにありつけるまでの戦い。悩んでいたのが嘘みたいに手が動き始める。
その間アラタは暇で外から運動部の様子を見ている。生徒会と同時に部活動も始まったらしく、LBX以外の活動も盛んである。
「よし!」
ペンを動かす音が止んだところで運動部のかけ声にも負けない放課後の教室に響く声。何事かと思えばアラタが次の休みの食事代を出すという。
「いつも世話になってるし、生徒会活動の応援に飯でもおごってやろうと思ってさ。何食べたい?」
いつも突然すぎるのには笑ってしまう。思い立てばすぐ行動、果たしてそれに付き合って吉と出るか凶と出るか。悪い誘いではないのでひとまず乗ってみる。

あれは数か月前のことだったか。食堂が混んでいて座る場所がなかったときに勝利者の席と呼ばれる場所でムラクが肉を食べていたのを思い出す。そこに座らせてもらったら大騒ぎになったのがなつかしい。それからバーベキューのこともだ。野菜も食べていたがその何十倍も肉を食べていた。
もっと優雅な食生活をしてると思えば意外と、いや、かなりの肉食だったことには驚いた。
「肉、さらに言うなら焼肉がいい。焼肉屋は小隊で行くとうるさくてな、それに一人では目立ちすぎる」
ムラクのために肉を確保しようとするカゲトとバネッサの肉の争奪戦、二人が争う中誰も手を付けない野菜を食べるミハイル、その横で黙々と隙間から取った肉を食べるムラク……と焼肉屋での激しい戦いの光景がぼんやりと浮かぶ。
「わかった。焼肉で!」
金銭的に余裕のあった第6小隊は四人で焼肉を食べられたものの、第1小隊は比較的安価なものが多いスワロー以外で外食をしたことがない。シルバークレジットのほとんどはプレイヤー三人の機体の維持費に消える。その中でも断トツに費用がかかるのがアラタのドットブラスライザーだ。
もちろん焼肉代が二人分払えるかなど考えていない彼の頭の中はムラクと焼肉を食べることでいっぱいだった。


数日後、アラタは焼肉屋の看板の前で立ち往生していた。
一皿一皿は安いかもしれないが重ねることによってとんでもない額になる。食べ盛りの肉好きとなればどれだけ食べるかわからない。食べ放題も考えてみたが二人合わせて六、七千シルバークレジットが確実に消える。常時金欠の財布には大打撃だ。
「た、高いなここ……他になかったっけ」
「島の焼肉屋はここしかない。払えそうにないなら俺が出そう」
「それじゃ意味ないって!」
今の所持金では満足に焼肉を食べられそうにない。それでもなんとかしてムラクに肉を食べさせてやりたい。ここで簡単に折れるわけにはいかないのだ。
「今、いくらある」
「これだけ」
CCMを見せるとムラクは何も言わずどこかに向かっていく。慌てて追いかけると着いたのは牛丼屋だった。これならなんとか金は払えるはずだ。
「焼肉も食べたいが牛丼も食べたい」
「牛丼かぁ……」
実家にいたときはよく世話になったことを思い出す。焼肉の代わりになるかわからないが、今日は牛丼屋へ決めた。

しばらく味わっていなかったなつかしい香りには腹の虫が鳴る。食堂のカレーのように安くておいしくボリュームのある庶民の味方、それが牛丼だ。
ここでの注文はチケットを自動販売機で買うのではなく店員に直接頼む昔ながらのシステムだ。大盛を注文しようと口を「お」の形にしたが、隣で特盛を頼んでいるのが聞こえたので同じ特盛にする。
「牛丼特盛つゆだくと味噌汁」
「じゃあ俺も同じやつ!」
注文通り物凄い量の肉とご飯が盛られた牛丼が出てくる。さらにはつゆもあふれそうなほど入っている。
あの細い体のどこに入るのかと見ていれば味噌汁に七味唐辛子、牛丼に紅生姜を入れ始めた。対抗するかのように同じものをトッピングしてみたが、生姜が辛くて泣きそうだ。
(あとで甘いもの食べよ……)
これが間食系男子と肉食系男子の平和な日常である。

2014/02/23

 目次 →

TOP




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -