二月十四日。神威大門統合学園にて第二の放課後戦争が始まる――

ウォータイムが終わってからが男女ともに本当の戦争だ。手作りのチョコレートを作ろうと女子生徒達の黄色い声で賑わう貸し切りの調理室。義理チョコや友チョコ、本命チョコなど様々なチョコレートが巨大な冷蔵庫に冷やしてある。
今年は日本式バレンタインにしたとキャサリンがジェノックの集まりで言った。冷蔵庫から手作りと思われるカップケーキを取り出し、ラッピングをしている。一体どんな心変わりがあったのだろうか、友人の恋愛に興味津々の女子達がキャサリンを取り囲む。
矢のように飛び交う質問を受け流しながらキャサリンは人の間をかいくぐり、ハーネスに所属する二年三組の教室に向かう。そこを残りのユノが報告を約束して尾行する。
キャサリンはドアの前で深く息を吸い、ドアを開けると同時に教室中に聞こえるように叫ぶ。
「古城タケル! いたら返事しなさい!」
ハーネスの教室にざわめきが起こる。幸か不幸か、タケルはウォータイム後のメンテナンスで不在であり、代わりにスズネが出る。
「おお、タケルにチョコやんの!? この様子は本命やな?」
「ち、違うわよ! アスカ様の代わりに仕方なく渡すんだから! ア・ス・カ・さ・ま!」
「何やおもろないわー……でも連れてきたるから調理室で待っとき」

十数分後の調理室。スズネが約束通りタケルを女の園に連れ込む。女子校が共学になったものの、男子生徒は自分だけというような錯覚に陥るくらいだ。
「連れてきたったでー!」
先にユノから事情を聞いていたジェノックの女子達の様子は普段通りだ。元々男嫌いのキャサリンが日本式バレンタインを教わり、熱心にチョコレートを作っている時点で薄々勘付いていたのだろう。
「古城タケル!」
「は、はいい!?」
挑戦状でも叩き付けるかのようにキャサリンはカップケーキをタケルの前のテーブルに置く。チョコレートを入れたボウルが揺れた。
「受け取りなさい! でもこれはアスカ様の代わりだから勘違いしないでよね」
「う、うん。ありがとう……」
一方、スズネは冷蔵庫からナッツ入りのブラウニーを取り出していた。そして、一瞬何かを考えるような仕草をしてから小さなシュークリームでハート型のブラウニーを囲んでいく。
視線はキャサリンとタケルから非常に手の込んだチョコレート菓子に移った。
スズネはチョコレートソースをシュークリームにかけ、上からチョコフレークをまぶしていく。途中ユノが話しかけてみても集中していて反応がなかった。
「あれ、本命みたいだよ」
スズネの言葉をタケルが代弁する。見る限りあのブラウニーは義理チョコや友チョコとは思えない。
「よかった、仲間がいて……」
本命チョコを作り終えたリンコがほっと一息つく。そこに、機体のメンテナンスを終えたキヨカが入ってくる。事前に日本本土に配達してもらった手作りのチョコレートが兄に届いたという連絡が来たので今日は見学しにきたようだ。
「ゲンドウさんに渡す前に占いお願いしていいかな?」
キヨカはCCMで自作の占いアプリを起動する。タロットカードがシャッフルされ、選ばれた一枚が画面に現れた。
「隠者の正位置。友人に助けてもらう恋愛。何かに打ち込んでいる」
リンコの場合、悪い結果ではなかったが恋愛に発展するにはまだまだのようだ。

周りの者がチョコレートを完成させてラッピングしていく中、スズネはブラウニーの中央にチョコペンで何を書くか迷っていた。チョコレートの出をよくするためのお湯もすっかり冷めてしまい、新しいものに入れ替える。
「あれ、オトヒメに負けない気合いの入りようだね……」
タケルはオトヒメが朝一番にジンに渡した手作りのチョコホールケーキを食べるのをハーネス男子全員で手伝わされたことを思い出す。本人の形をした砂糖菓子は特に困った。
「これは義理チョコや義理チョコ! 別にカゲトラなんかにあげる本命チョコなわけあらへん!」
聞かれてもいないのに何やら熱く語りだし、三秒後うっかり渡す相手の名前を口にしてしまったことに気付く。真っ赤になりながらでかでかと「義理」の文字を書いた。
(あかん、またやってしもたわ……)
「世界の正位置。現実的に最高の恋愛相手……」
リボンを巻くスズネの背後でキヨカが小声で言った。
これが女達のバレンタイン戦争である。


一方、男達も熾烈な戦いを繰り広げていた。朝、昼、放課後と靴箱や机の中を探し、肉食獣のようにギラつかせた目で物陰から異性の様子をうかがう。そんな者がここにも一人。
「これ、ヒカル君に渡して下さい! あなたにもあげますから!」
何かを期待して少し外に出てみればこれだ。
後が怖いので突き返すわけにはいかない。山積みのチョコレートの箱にさらに積まれる箱、箱、箱。受け取ったところに男子生徒が数人通りかかる。
「おい、見ろよ。あれ、瀬名アラタだぞ」
「英雄色を好むってかよ。クソ、なんであいつばっかモテるんだ……」
傍から見れば女子生徒からのチョコレートにまみれた幸せな男子生徒にしか見えないのだが、これらのほとんどはヒカルに向けて贈られたものである。代わりに渡すお礼に渡された控えめなサイズの義理チョコがアラタのものだ。
世界を救った英雄ならば数多くのチョコレートをもらえるだろうとか、しばらくはシルバークレジットが浮くなどと考えていたのが浅はかだった。やはりヒカルという強大なライバルがいるせいで今までと比べても恋愛格差は変わらない。
「オーバーロードで苦労してるんだからチョコが必要なのは俺の方だっての!」
誰もいないからと大声で文句を言いつつ、もらったチョコレートを部屋で分ける。大きさも数も包装も何もかも大差があるせいで悲しくなってくる。
(ムカつくからいつものチョコでも買ってくるか……)

ダック荘のドアを開けて数歩。紙袋を持ったロンドニアとグレンシュテイムの女子生徒がやってきた。制服では区別できないが高等部だ。感情を顔に出さないように試みるが、やはり顔は少し引きつっている。
「二人ともヒカルに、ですよね?」
「いえ、私はハルキ君に。この子のはサクヤ君にお願いします!」
逃げるように去る二人を見送り、納得のいかない表情のまま売店に向かう。チョコレート関連の商品はごっそりとなくなっていた。
その後も商店街の駄菓子屋に立ち寄るが、板チョコの欠片すら落ちてはいなかった。念のため聞いてみても、日本本土から取り寄せないといけないので時間がかかるという。仕方なく自室に戻ることにした。


「邪魔しているぞ」
「ムラク!? なんでここに?」
訳あってこの部屋に追いやられたムラクはヒカルのベッドの山積みのチョコレートの隣に小さく座っている。どうやら第6小隊とヒカル、ハルキの共謀らしい。
ジェノック、ハーネスの義理チョコ以外の得体のしれないチョコレートをムラクに受け取らせない作戦、などというおかしな作戦のせいだという。
元ロシウスでありながらもムラクは同胞からの恨みを買うことも多く、今は敵であればなおさら渡させるわけにはいかない。一般の生徒はミハイル、バネッサ、カゲトのいずれかを介して言葉や物の受け渡しを行うのが暗黙のルールだが、バレンタインチョコはいつの間にか全て彼らの胃袋に消えている。もちろん、もらう予定だったチョコレートの正確な数など知らない。
妙な作戦に加え、外を出歩くのにうんざりしたヒカルが万一のためハルキの部屋にかくまってもらおうと一時的に部屋の交換を持ちかけたそうだ。
「……しかしすごい量だな」
「そっちは全部ヒカルの分だよ。俺なんて全部義理とかヒカルに渡すついでとかでさ、ハルキとサクヤなんて高等部の人から本命チョコもらってるってのに!」
チョコレートの箱や袋が潰れないように隅に寄せ、二人分のスペースを作る。手招きでムラクを横に座らせ、ジェノックとハーネスの義理チョコ以外を持っていないことに気付く。
「あれ? 他のチョコは?」
「ジェノックとハーネス以外は確認する前に全部食べられた。言われなくても全部あいつらに渡すつもりだったが」
第6小隊三人がムラクを監視するように一日中張り付いていたり、チョコレートを休みなく食べていると思えばこういう事情だったらしい。ならば相当の数、とアラタの脳裏には浮かんだがこれ以上考えないことにした。
(これだけで乗り切るしかないか……)
もらったチョコレートは三個または六個入りで丸や四角の形をした小さな市販品が多く、オーバーロードのお供にはあまり向かない。こんなときこそ都合よくポケットから板チョコでも出てくれば助かるのだが。

「アラタ」
「ん、何? もしかして俺にくれるのか!?」
ウォータイム終了後今日最後のチョコレートが売店に入荷し、用意されていた数を遥かに超える女子生徒が群がった。そこにたまたま別のものを買おうとムラクが現れ、ついて回る悪魔の異名を恐れた生徒達に通り道を開けられた。買い物のついでにアラタがよく食べている板チョコが最後の一枚だったのでなんとなく買ってきたそうだ。
ポケットから手渡されたのは何の飾り気もないありふれた板チョコ。今ほしくてほしくてたまらないと願ったものだ。
「凝ったものでなくてすまない」
「ううん、すごく嬉しいよ」
アラタにとってはどんなに飾り立てたものよりもムラクからチョコレートをもらえたのが嬉しくてたまらなかった。
板チョコは大きさ、形、薄さと三拍子揃って素晴らしい。いつでもどこでも食べられる戦場のお供、そして戦友でライバルで恋人ともそっくりな飾らない頼れる相棒。
それをいい音を立てて歯で割る。白い歯と黒いチョコレートのコントラストがまぶしい。笑ったときに見える白い歯と同じだ。それからがっつきすぎて当たる前歯も、戦闘中に牙をむく犬歯も、舌で触れて存在を感じられる奥歯も、どれもこれも愛おしかった。
明日になればまたいくらでも食べられるのに、アラタは一度大きな歯形をつけてからは大切にしたいのか小さめにかじっていく。
「俺もそれと同じにしてほしい」
突然そんなことを言われて戸惑うも、座ったまま前かがみになったせいで前に流れた髪を戻すムラクの様子は生唾を誘う。同じ歯形をつけてほしいということかと解釈しておくが、それは天然なのか誘っているのか。板チョコをかじった部分が少し糸を引いた。
仲間からもらった義理チョコに変な成分でも入っていたとは思えない。ある意味変な成分と同等またはそれ以上の大収穫、つまりこの状況をどうにかしなければならない。
食べかけの板チョコをひとまず机の上に包んで置き、ベッドに戻る。

振り返るとムラクがブレザーのボタンとネクタイを外していた。髪に変な癖が付かないようにある程度整えて寝転んでいるのはどう見ても誘っているようにしか見えない。
(まさか集団ドッキリだったりしないよな……)
妙な心配もあるが、目の前の甘いものには逆らえない。
チョコ味のキスの雨を降らし、ボタンを外して下へ下へと舌を這わしていく。どこに歯形をつければいいかを探りながら前を開いてみる。
見てはいけないものを見た気がしたので服で隠させる。一儀に及んだ仲でも明るい所はまだ慣れない。風呂や着替えなど毎日見るし、もっとすごいところだって見たことあるはずなのに不思議だ。
「隠す必要があるのか」
大真面目に挑発しているつもりか、隠された右側をちらりと見せるのだからつい笑ってしまう。
「そんなもの見せられたら俺、どうなるかわからないぞ?」
油断したところで白い肌に紅く歯形をつけてやる。そこが熱を持って溶けそうな中、舐められた部分は冷えて固まったチョコレートのように冷たい。
オーバーロードの影響で五感が敏感になっているというのに、煽るのが悪い。チョコレートよりも甘い時間と体を独り占めしたい。これからの戦いのためには甘いものはまだまだ足りないのだから。
「俺しばらくチョコいらないかも……」
「その様子じゃな」
二人はどろどろに溶けたチョコレートのように幸せそうに横になったまま寄り添った。しばらくはこのままで、もっと甘い時間はこれからだ。
「何の音だ?」
ズボンのポケットから震動が伝わってくる。アラタのCCMが鳴っているようだ。
そのせいで現実に戻され、お互い恥ずかしさのあまり続けられなくなってしまったので服を着た。甘い時間は一旦おあずけということか。


それからしばらくしてヒカルが帰ってきた。
ヒカルはベッドに積まれた天井まで届きそうなチョコレートの箱の山を一目見ると、特に驚いた様子もなくアラタのベッドに腰かけた。
「ほしかったら好きなだけ食べていいぞ」
勝者の余裕たっぷりな表情と口調が小生意気だったが、ここはオーバーロードの維持とシルバークレジット節約のために言葉に甘えておく。ヒカルに憧れる女子全員にこの様子を見せてやりたいくらいだ。
「何だこの長い髪……君に限ってないとは思うが、まさか女子を連れ込んでたんじゃないだろうな?」
枕元に長い髪が一本落ちている。色は黒、ジェノックやハーネスの女子にこんな色や長さの髪の持ち主はいない。だとしたら外部の者か。
異性を部屋に連れ込むまたは部屋に侵入することは不純異性交遊として同室の者も連帯責任で指導室行きとなる。WTSTの特別訓練を超える恐ろしい訓練が待っているのだ。
「いや、それは俺の髪だ。誤解を招いたなら詫びよう」
「そうか、すまない」
長髪の男子生徒が他の部屋に来る際、たびたびこうした誤解が生じる事例もある。

「……今日の風呂は第6小隊と一緒か。そろそろ準備しないとな」
壁に貼られた予定表を見ながらヒカルが何気なく口にした。
「どうしたムラク、腹が痛いのか!?」
突然取り乱すアラタにムラクは何事だというような顔を向ける。小声でバレるだか何だか囁くと思い出したように苦しそうに腹を押さえる演技をし始めた。
「これは保健室に行かないとな! ちょっと行ってくる!」
今回はヒカルの発言とムラクの名演技に救われた。
保健室で緊急時だからと絆創膏をもらう。鎖骨に残した跡は虫刺されと間違えられるような可愛らしいものではなく、思い切り歯の形がくっきりして言い訳のしようがない。髪である程度は隠せるけれども、もし見付かれば問い詰められること数時間。
「もっと目立たない所がよかったかもな」
「じゃあ、またアレしてもいいってこと?」
もっと目立たない所とはどこかを考えているうちにある結論に辿り着く。お互いがそれに気付いた瞬間、目も合わせられないくらいに赤面することとなった。

2014/02/14

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