一月一日元旦。様々な事情により学園を去った者達が特別な日だからと帰ってきている冬休みだ。ウォータイムはあるが、通常授業はしばらく休みである。大晦日は遅くまで起きて年を越し、今日は早起きして初日の出をかもめ公園の特等席から見て、小さな同窓会を開いた。
部屋に戻れば実家や友人、ともに協力して戦った仲間達からの年賀状が届いていた。今日の楽しみの一つといえばもらった年賀状のデザインを見たり枚数を数えることだ。
一人部屋の場合届いた年賀状が誰のものかはすぐわかる。相部屋の場合は共用のポストのため全て確認しなければならない。そのためアラタとヒカルは年賀状の確認に四苦八苦していた。
「うわーヒカルの年賀状女子からばっか……一枚ぐらい分けてくれよ」
「そんなものもらって何になるんだ」
男子からは学年やクラスを問わず戦友からの年賀状がたくさん届いている。しかし、女子からはクラスの女性陣全員と同盟国のハーネスからはスズネだけという何とも寂しい年賀状、これが格差というものか。
「これは女子からじゃないか?」
ヒカルがアラタ宛てと思われる年賀状を見付けたようだ。同じようなデザインが二枚もあれば表側を見ずともわかるのだろう。
「どれどれ……おお!?」
二〇五六年の干支である可愛らしいネズミが薔薇とハートに囲われて全体的にピンクがかっており、中央には薔薇色のキスマークがある。唇の皺までくっきりだ。
「って、これどう見ても学園長からだろ! 期待して損したぞ!」
「バレたか」

数部屋先のハルキとムラクはベッドの上に七並べでもするかのように綺麗に年賀状を並べていた。
「これか、サクヤが言っていたのは……」
「ああ、ミハイルによると去年も来たらしい」
二人はあらかじめ聞いていた学園長からの愛を込めた年賀状とにらめっこしていた。達筆のメッセージは素晴らしいのだが、中央で圧倒的な存在感を放つ薔薇色の唇が目に焼き付いて離れない。今にも飛び出してこちらに吸い付いてきそうな唇は夢に出てきてもおかしくない破壊力だ。
「初夢に出てこないことを祈るか」
「いや、何も考えるな」
二人は深刻な表情でそれを裏返し、何も見なかったことにした。

各々が年賀状に一喜一憂し、ちょうどいい時間になった。放送で二年生全員が呼び出され、これから大規模な調理実習が始まるという。
制服の上からエプロンを着て校庭に設置された各クラスのテントに集まる。家庭科の授業で縫ったものだ。
ジェノックやハーネスのような小国が割り当てられたクラスは基本的にクラス替えを行わない。ロシウスやアラビスタほどの大国となれば小隊単位でクラス替えを行う。ここジェノックではクラスは変わらないが、多少小隊のメンバーが変わっている。
まずは第1小隊、元小隊長奈良キョウスケ、元隊員敦賀ショウタに替わりアラタとヒカルがいる。人員の入れ替わりが激しかった第3小隊は新しく入ったロイとアカネで現在は安定している。そして今まで5小隊しかなかったジェノックに第6小隊という戦力が加入した。
そして今日は第6小隊が来てから初めての調理実習だ。彼らはどんな料理の腕前を見せてくれるのだろう。
調理を始める前に髪が長い者は後ろでまとめ、全員が手を洗いに並ぶ。アラタは物珍しそうに一つ前に並んだムラクの様子を見ている。
「どうした?」
「その格好、ちょっと新鮮だと思って」
ムラクは髪を一つ結びにし、いつもの手袋の代わりに紫のエプロンを着ている。ロシウスの制服、ジェノックの制服、体操服に就寝時のジャージと色々な服装を見てきたが、髪をまとめたエプロン姿は非常に新鮮に映っていた。


下準備は前日までに済ませておいたのでいよいよ餅をつき始める。それと同時に雑煮も準備する。
各クラスに臼と杵が二つずつあるので小隊四人を餅つき係二人と雑煮係二人に分ける。
第1小隊はヒカルが餅をつき、アラタがお湯で餅を湿らせる。そしてハルキとサクヤで雑煮を作る。アラタが少し不満そうだったが、以前の化学の実験のような事故を未然に防ぐためにハルキが消去法で考えたそうだ。

餅つきが初めての二人は戦闘時の連携とは違ってあまり順調にいかない。だが、雑煮の方はおそらく問題ないだろう。
餅米相手に大苦戦しているアラタ達の横を通りかかる買い出し帰りのハーネス第1小隊。荷物持ちをカゲトラとタケルに任せ、スズネはハルキ達の作る雑煮を覗き込む。透き通った汁が鍋に入っている。すまし汁だろう。
「トキオシティら辺ってホンマにすまし汁やねんなー。あ、ウチらのとこの雑煮は白味噌使っとるからあとで食べにきてや!」
今日のため特別入荷したという白っぽい色の味噌が袋に入っている。アラタは視線を餅から離し、好奇心に満ちた目で白味噌を眺める。
「へー、どんな味がするんだろ? 予約しとくから食べに……いってえ! 何すんだよヒカル!!」
作業から目を離したところで杵が手に命中し、餅に手形ができた。
「君がよそ見なんかしているからだ。あそこの第2小隊を見習え」
少し離れた所でいかにも餅つきをしている音が聞こえる。ゲンドウとセイリュウだ。神業に見とれていると早くも一つの大きな餅が完成してしまった。
暇そうにしていた餅つき係の者達が群がり、小分けにした餅をちぎって丸めていく。いくつかにはきなこをまぶしたり中にあんこを詰めた。
第1小隊がもたついている間に第3小隊に杵のバトンが渡される。
「うん、うまいうまい」
湯を加えるアカネの手の動きに合わせてリズムよくロイが餅をつく音がする。とても初心者とは思えない動きだ。
「村の祭や儀式でこういうことをしたことがあるんです。米ではなく芋ですが」
こちらは問題ない。では、雑煮係の二人はどうだろう。
「お、おい! 雑煮作りに集中しすぎて餅が焦げそうだぞ!」
「こんなときに眼鏡が曇って前が……今雑煮で手が離せないんですよ! 朝比奈君がどうにかしてきて下さい!」
コウタは餅を焼く火を大急ぎで止め、ついでに湯気で真っ白に曇ったリクヤの眼鏡を後ろから取ってみる。これで本当にいいのだろうか。
「これじゃ余計に見えませんってば……」

なんとか第1小隊も餅つきが終わり、続いて第4小隊の番がきた。餅つきは始まったばかりだが、ユノとハナコの作る雑煮はどんどん完成に近付いてきている。
「アスカ様のように白く美しい餅を!」
と、意気込むキャサリン。お湯に手を浸す前にキヨカはタロットで餅つきについて占ってみた。
「太陽の正位置。成功、目的の達成」
宣言通り第4小隊は白く美しい餅を作り上げた。アスカに似ているかどうかは定かではない。

続いて第5、第6小隊が餅をつき始める。ノゾミとタダシは息がぴったりなので心配ないだろう。そして、第6小隊のミハイルとバネッサは率先して餅つきを担当している。去年は見よう見まねで餅をついていたが二年もすればもう慣れた。こちらも素晴らしい餅ができそうだ。
一方、第5小隊の雑煮はおいしそうなにおいを漂わせていた。ジェノック一の料理上手のブンタが作るそれは大人気のあまり去年は長蛇の列を作った。どこから噂が広まったのか、学年もクラスも関係なく次々と人が押し寄せ、最後の方は小隊四人の分を減らしてギリギリ配り終えたという。今年もウォータイムのように激しい雑煮争奪戦が始まるだろう。
ブンタが鍋をかき混ぜている間にカイトがお椀を運んできた。そこに、餅が人数分乗った紙皿を持ったゲンドウが現れた。
「第5小隊に差し入れだ」
「フン、こうして食べ物を恵んでもらうほどボクは落ちぶれたと言いたいのかい」
カイトが大量のお椀をわざとらしく積み上げてゲンドウとの間に壁を作る。彼を除いた三人が餅を口に運び、つきたての餅のようなとろけた表情を見せる。
「今年もすぐなくなりそうだから予約をしておこうと思ってな。雑煮四人前だ」
ゲンドウは紙に第2小隊全員の名前を書いてから去った。カイトはお椀の壁の隙間からその様子をうかがい、姿が見えなくなったところで周りを確認して餅をかじってみる。改心してもゲンドウに対する態度は相変わらずだ。
さりげなく金粉が乗せられた白い餅は噛むとやわらかくてよく伸びる。と同時に道を誤った過去を思い出した。もしカイトのいたワールドセイバー側が勝ってしまえば今のような楽しい光景は見られなかっただろう。取り返しのつかないことになる前に止められてよかったと、一口一口噛み締め複雑な表情を浮かべる。そのうち視界がぼやけてきた。
「カイトったらちょっと泣いてる……よっぽどおいしかったのね」
「メールみたいにもっと素直になればいいのに」
ノゾミとタダシがひそひそと話す声が聞こえる。餅を飲み込んだ後カイトは袖で目の辺りを拭いて独り言のようにこぼした。
「……生姜醤油は目に染みる」
餅の中からあんこが見えていては全く説得力がない。ノゾミ達は声に出さずそれを笑った。


◇◆◇◆◇◆


餅も雑煮も完成し、遅い朝食兼昼食が始まった。空腹に耐えかねた生徒達が紙皿に山積みにした餅を頬張り、雑煮の鍋に押し寄せる。
普段は落ち着いた第6小隊が珍しく騒がしい。何かあったのだろうか。
息を合わせて餅をついていたミハイルとバネッサが一つの餅をめぐって争っているようだ。
「これと交換してくれないか」
ミハイルが紙皿に置かれた餅を差し出す。バネッサのバターを塗った餅がほしいらしい。
「な、何だその異臭は!? 変な粒が糸を引いてて気色悪い!」
「いや、ムラクがうまいってカゲトから渡された」
茶色く小さな粒々とした食材が餅の上で糸を引いている。日本の食卓ではおなじみのあの食品だ。
「この気持ち悪い粒をあのムラクが!?」
思いきり混ぜられたのか、粘度の高い茶色い小粒が餅から紙皿にだらりと垂れた。そこに、餅をパックいっぱいに詰めたカゲトが現れる。パックからは何倍も濃縮された独特のにおいが風に乗って鼻に入ってくる。
「ムラクさんがうまいって言ったらうまいっす」
ミハイルの持っているものと同じ餅を食べながら喋るので口から糸を引いている。この様子から茶色い粒は食べられるものとはわかるのだが、「『茶色い』暴れ馬」と呼ばれたバネッサもたじたじである。
「何をしている?」
ムラクが焼いた餅を紙皿に乗せて持ってきた。そこに醤油を塗って海苔を巻くのだろう。
「騒がしいと思えば納豆か」
強烈なにおいを放つ発酵した豆こと納豆の噂は聞いていたが、海外生まれの彼らにとって実際に目にするのは初めてだった。
二人があまり食べたそうではなかったので、納豆の乗った餅を焼いた餅と交換する。このときはムラクがおぞましい物を食す悪魔のように見えた。
「それは醤油を塗って海苔で包むといい。カゲト、お前はその納豆まみれのパックをどうするつもりだ」
「ムラクさんのおすすめをおすそ分けしようと思って……あ、今度は焼き餅にするっす!」
そう言ってカゲトはパックをテーブルに置いたまま餅を大量に焼き始める。
「いつ俺がそんなことを言った。たくさん作るのはいいが全部食べられるんだろうな」
納豆はパックの蓋にべったりと貼り付いている。開けばどれだけ糸を引くだろうか。
ミハイルとバネッサは納豆を一度見て顔を見合わせ、無言のまま何かを伝えた。
「さっきの餅はおいしかった。ならば」
「あたしたちの仕事は隊長を信じることだ」
かつては第6小隊に配属された隊長達をことごとくロスト、特別教練、転属に追い込んだことから「隊長殺し」とも呼ばれたバネッサ。ムラクと出会った頃は冷たく当たっていたが、今では彼を心の底から慕っている。
寒さと未知への恐怖で震える手でミハイルがパックを開ける。ねばねばと悪臭の中に二人は手を伸ばし、納豆餅を手にする。そして、得体のしれない恐怖と悪臭で引きつった顔のまま餅に歯を立てた。
「無理しなくていいぞ」
ムラクが心配そうに二人を見る。それを横目にカゲトは醤油を塗っている。
「においはアレだが意外とうまいな」
「確かに。ドリアンみたいなものか」

海の幸、山の幸、すまし汁、白味噌などと日本全国の雑煮がテントの下に並んでいる。普段は多くの者が標準語で話しているが、雑煮はどれも地域性にあふれて個性豊かだ。それらは故郷をなつかしくさせたり、また違う地域のものは驚きをもたらす。
「白味噌は初めて食べたけどこんなにうまかったのか……ん? その雑煮は何だ?」
一杯味わえばまた別の一杯がほしくなる。スズネの作る白味噌の雑煮を味わっていたアラタの興味はテーブルに置かれていた肉のようなものが浮かぶ汁に移った。
「これ? 豚の内臓で作った中身汁っちゅうねんて」
正確には雑煮ではないが、沖縄では雑煮の代わりに食べられるものらしい。それがある所まで案内してもらい、列に並ぶ。前の方にすっかり見慣れた黒髪を見付けた。
汁があふれない程度の具をたっぷり入れ、試食コーナーの椅子に座る。第5小隊の雑煮は早くも完売していた。早めに食べていてよかった。
「アラタ、よかったらこの後かもめ公園に来てくれないか」
「ん?」
豚肉をかじっているとムラクが声をかけてきた。後片付けをしてからは特に予定もないので行ってみることにする。

ベンチでムラクを待つ間は寒かった。エプロンだけを部屋に脱ぎ捨て、餅を入れたパックは手に持っている。餅つきで作った餅は放っておくとすぐに固まってカビだらけになってしまう。そうなる前に、まだやわらかいうちにいくつか食べておこうと思った。
島を見渡しながら食べる餅は山頂で食べるおにぎりのようにいいものだ。オーバーロードの影響で甘いものは必要不可欠なため、どうしてもきなこ餅やあんころ餅が多く入ってしまう。
「へ、へっ……」
寒かったのかきなこが鼻に入ったのか、くしゃみが出そうになる。衝撃でせっかく作った餅を飛ばさないようにパックを横に置き、くしゃみが出るのを待つ。
「待たせたな」
くしゃみのせいですぐにふり返られず、出した衝撃でベンチが少し揺れた。何だか情けなかった。
アラタがティッシュで鼻を拭いていると、ベンチの後ろから首に温かいものを巻かれた。紫色のマフラーだ。
パックをどけ、ムラクが座れるスペースを作る。ついでに食べかけだった餅を口に入れた。
「もぐもぐ……うっ!?」
一口が大きすぎて餅が喉に詰まりそうになる。餅を喉に詰めて保健室に運ばれる生徒も少なからず見かけた。危ないところでムラクに背中を叩かれ、なんとか危機を回避した。もし一人だったらどうなっていたか考えると恐ろしい。
「新年早々心配させるな」
「ふー、助かった……」
そうして見たムラクはエプロンやヘアゴムを外して手袋と、普段通りの姿に戻っている。少しの非日常感を味わえる格好もここでは必要ない。
「そうそう、なんかとんでもない年賀状が来てさ……」
「言いたいことはわかる。だからこれ以上は言うな」
初夢に出てきたら困るあの年賀状のことだ。実際、愛情たっぷりのある意味ラブレターは数多くの男子生徒を悩ませている。ちなみに、初夢を見るまでの間は「学園長の年賀状」は男子生徒の間で禁句とされている。
「あれは一部のお気に入りの男子生徒に来ているそうだ。高く評価されることは嬉しいが正直反応に困る」
学園長が年賀状一枚一枚に判子のように熱い口付けを落としている様子を想像すると背筋が凍った。あんなことを想像してしまっては極寒の中全裸で立たされた方が何倍もマシかもしれない。とにかく寒いので手をこすり合わせて息を吹きかける。
吐く息は白い。空を覆っていた雲も風の一吹きで消え去り、太陽が顔を出す。少し暖かくなってきたがまだまだ寒い。震えるアラタの手をムラクが手袋のまま握って温めてくれたのでお返しにマフラーを半分巻いてやる。あまり長くないせいで二人の距離も近くなり、頬がくっつくほどだ。
ほぼゼロ距離なのを生かし、ベンチの死角でどさくさ紛れに唇を押し当てる。誰もいないからとはいえ、人が来るかもしれない場所で大胆なことをするものだ。
きなこやあんこのように甘い天然の媚薬を注がれ、白い餅に桜海老を混ぜたように紅潮した頬を見れば理性のブレーキが壊れてしまう。
(……朝から仕方のない奴だ)
伸びる糸は熱々の餅を引き伸ばしたようで、白くなって現れる息の乱れは隠せない。いずれ旅立つのだから、一秒よりもコンマの瞬間まで長く触れていたい。人生はこれからも長く続くが一生分のつもりで想いを込めてから唇を離すと、濡れた唇と舌先が冷たく感じた。


朝昼はあれだけ騒がしかったが、そんな夢のような時間も終わり、ついに初夢を見る夜がやってきた。二人は朝のことを思い出してなるべく楽しい夢を、できれば縁起のいい夢を見ようと眠りについた。
準備は完璧だったのだがアラタはあれだけいい思いをしたのに朝まで悪夢にうなされ、ムラクはマフラーと手袋を見て紫を目に焼き付けたので縁起がいいとされる茄子の夢を見たそうだ。

2014/01/01

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