これはロシウス第6小隊がジェノックに移籍したある夜の話だ。
ジェノック、ハーネス、ポルトンの生徒が暮らすダック荘では、多くの者が複数小隊単位での入浴の順番が回ってくるまで談話室で時間を潰している。
「今日のウォータイムで新しいパーツを作れるようになったから見てほしいんだ」
サクヤは戦利品の設計図を見て研究用にと敵の機体を作ってみたという。
頭、胴体、腕、脚とテーブルに並べてみるが、右腕がどこを探しても出てこない。今日はほとんどラボにこもりきりだったため、忘れてきたに違いない。
「うーん、どうしよう……」
次の日曜日が来れば一日中寝てもいいのだから、平日の今日は徹夜で疲れた体に鞭を打たなければならない。
ラボへパーツを取りにいくサクヤにタケルも同行した。
しかし、机の上にそれを忘れていったはずがどこにも見当たらない。床や近くの廊下なども見て回るがやはりそれらしきものは見付からない。
それから数十分、あまりにも遅いので心配したアラタから電話がかかってきた。頭を抱えつつもサクヤは清掃員に忘れたパーツを誤って捨てられたかもしれない、と説明した。
「じゃあ俺がLBX塚まで探してくるよ」
そう言ってアラタは電話を切る。サクヤ達は後からやってくるメカニック達にも協力してもらってラボや付近を探し、アラタがLBX塚を探すことになった。さすがに一人では大変なため、もう一人手伝いを希望した。
アラタのミスでの探し物なら放っておくのだが、ヒカルとハルキが軽く手を上げた。しかし、彼らよりも早く紫色が見えた。手袋がトレードマークのムラクだ。
「俺が行こう」
「お! ムラクがいたら百人力だな!」
残った者達は風呂に入ったり会話を続けたりと、パーツを探しにいった者達の帰りを待つことにした。

それから約十分。誰かがLBX塚にまつわる怪談話をし始め、何人かがそれに加わる。話が盛り上がってきたところでハーネス第2小隊の男子達が風呂からあがってきた。
「俺様のいない間にずいぶん楽しそうな話してるじゃねえか!」
と、顔を突っ込むギンジロウ。いつもの下駄ははいておらず、ぺたぺたと裸足で歩く音がした。
集まって一体何をしているのかと思えば、亡霊の噂にかこつけてアラタ達を驚かそうという計画を立てているという。近くのホワイトボードには「LBX塚でドッキリ大作戦」と書かれていた。
「人も集まったし、今から作戦会議や!」
スズネがホワイトボードを叩いて皆を注目させる。嫌な予感がしたのか、カゲトラは静かに席を立つ。が、背の高い彼が隠れられるはずもなく襟首をつかまれて席に戻された。


一方、アラタとムラクはLBX塚の廃品の山と対峙していた。島の南東部、海に近いそこは強い夜風が吹き付けて寒い。特に無防備な耳にはこたえるものだ。
二人はガラクタを崩れないよう慎重にかき分けて小さなパーツを探す。外が暗くて懐中電灯なしでは色の違いなどわからない。そんな状況にもかかわらず、明日は廃品回収のトラックがやってきて全部リサイクル工場に持っていかれる。もしくはそれよりも早く見回りにきた先生につまみ出されることだってありえる。
無言でパーツを探す中、風の音がうめき声のように聞こえてくる。これは戦場への執着を捨てきれずこの世をさまよい続けるロストしたLBXの叫びか。そう考えると何だか怖くなってきた。
ちらりと後ろを見れば、ムラクが手袋を外して山をかき分けている。星が輝く夜空よりも暗く、わずかな光で月よりも美しく輝く髪が風で舞い上がった。思わず手が止まってしばらく後ろ姿を眺めたくなってしまうが今は我慢しなければならない。アラタは視線を別の山に戻し、手を突っ込んだ。
「そういえばここ、LBXの亡霊が出るって噂を聞いたんだけど……」
「お前はそんな非現実的なものを信じているのか」
「いや、そうじゃないけど。でもいたら面白いよな! 亡霊でもLBXはLBXなんだし、ちょっとは見てみたいって思うんだ」


場所は変わってダック荘の談話室に移る。スズネ達はアラタ達をどう驚かすかという熱い議論を交わしていた。議長はスズネ、書記はカゲトラが務めている。文字がポップに盛られた「LBX塚でドッキリ大作戦」の下に達筆でいくつもの案が書かれていく。
「アラタはともかくムラクはそう簡単に驚きそうにないな」
ヒカルが独り言のようにこぼす。そこに、ハルキがそれこそやりがいがあるだろう、と参加者のほぼ全員を奮い立たせる。
「さすがジェノックの委員長は違うなあ! 同じ委員長やのにどこかの誰かさんとは大違いやわ」
カゲトラのペンを動かす手が止まる。チョークを持っていたら確実に折れていただろう。
ここで無茶振りが始まる。よくあることだが今日は完全に油断していた。
「あいつの人形みたいにすました顔がなすびみたいになって泣きべそかくようなネタの一つや二つくらいあるはずやろ!」
ペンを置き、カゲトラは真顔で幽霊のポーズをとる。
「こうやってシーツでもかぶるとか……か?」
「そんな何世紀も前に使い古されたようなネタやったら誰も驚かんわ! 見とき!」
スズネは袋からこんにゃくを取り出す。これが革命的な驚かし方だとでもいうのか。達筆な「シーツをかぶる」の文字に取り消し線が引かれ、こんにゃくと書かれた。


◇◆◇◆◇◆


「うぅ、なんか寒いし気持ち悪い……」
アラタ達はまだパーツを探している。夜風の中冷たい廃品に触れ、周囲の不気味さもあってかそんなことを言い出す。数回深呼吸した後、不安な気持ちを取り払うために歌い始めた。
「ムラクも一緒に歌おうぜ!」
「……音楽はあまり聴かない」
「んじゃ校歌と学園長の愛のポエムでいいや。これなら知ってるだろ」
校門にある石碑に刻まれた、比喩表現を巧みに用いた愛のポエム。音楽の授業で校歌と同時に教えられる歌であるが、歌詞の真意を知っている者は学園に何人いるだろうか。
他に誰もいないと思い、ムラクはしぶしぶ校歌を歌いだす。そこにアラタが混ざった。
校歌を三番、うろ覚えの愛のポエムを十番まで歌い尽くすと辺りは再び静まり返った。
「なあムラク、さっきから誰かに見られてる気がしないか?」
「考えるな」
ムラクの長い髪の下で一瞬肩がびくりと震えた。幸いにもアラタには見えなかった。
「よし、こうなったらエロいことを考えるんだ! 例えば運がよければ見れる女子寮の外に干してあるパンツとか……」
「……」
不安で空回りするアラタに沈黙で返す。遠くの森で虫が鳴き始めた。
「だってエロって生きてる証だろ!? 亡霊を追い払うにはエロいのが一番だって!」
懐中電灯には険しい顔が照らされていた。作業は進んでいないのかと思えば、すでに両端は探し終わり、最後の砦の中央へと二人は移った。

(もうちょいや、もうちょい……)
スズネがこんにゃくをぶら下げた釣竿を持って近付く。見付からないようになるべく遠くからがいいと、カゲトラに肩車をしてもらっている。一歩歩くごとにギンジロウから借りた下駄の足音とリボンの鈴が響く。不気味さを出すために下駄をはかされたのだが、サイズが合わないせいで恐ろしく歩きにくい。
(重い……早く終わらせてくれ……)

「おいアラタ、さっきから何か変な音が聞こえないか」
「あれ、ムラクも?」
今度ばかりは恐怖が生み出した幻聴ではないようだ。変な音がすれば、次は変なものが見えるだろう。考えないように心を無にして一心に中央の山を漁る。
(そうそう、そのまま動いたらあかんで……あ!)
風に吹かれたこんにゃくが狙いを外し、アラタの右頬に当たった。最初こそ驚きはしたが、すぐにそれがこんにゃくとわかると呆れたようにこぼす。
「全く誰だよこんにゃくで驚かそうとしてるのは……そんな古典的なのに誰が驚くかっての! おかげで怖くなくなったぞ」
こんにゃくを頬に当てようと必死だったスズネに上で動かれ、ついにカゲトラはバランスを崩す。スズネは落ちそうになったところを風に強く吹かれ、スカートがめくれ上がった。薄い生地のタイツの下で何か白いものが透けていた。
「……!?」
ムラクの顔が亡霊を見てしまったかのように青ざめた。そのままゆっくりと横に倒れ、朦朧とする意識の中石碑の裏を震える指で差しながら告げた。
「し、しろ……」
「どうしたんだムラク、おい! しっかりしろよ! しろ、……あの石碑の近くで白い亡霊が見えたのか!?」
パーツ探しは自分一人でも構わない、今はとにかくムラクを保健室に運ばなければならない。完全に気を失った彼を背負い、アラタはやっとの思いで立ち上がる。
保健室までの道のりは遠い。それでも必死に前に進む。跡をつけるかのように大きな影がついてくる。
(何かいる……!)
決して振り返ってはならない。あれはあの世の住人だ。目が合ったら最後、などと考えていると影が近づき、肩を叩かれた。
「で、ででで出たーーーーー!!」
武器のような物を背負った大男が懐中電灯で顔を照らし、目の前に立っていた。悲鳴を上げたのはいいが、逃げ出そうにも足を亡霊につかまれたかのように動けない。数秒の硬直の後、思い出したかのように走り去ろうとした。

「これ、探してたんだろ? 妙に綺麗なパーツが捨てられてたから昼の間に拾っておいたぞ」
「へ?」
男はアラタを追いかけて手を差し出す。開いた拳の中には綺麗に磨かれたパーツがあった。見覚えのある顔と聞き覚えのある声、亡霊の仲間だと思った男は猿田だったのだ。
「な、何だ、先生か……」
こうしてサクヤの捨てられたパーツを巡る事件は幕を閉じた。

数日後、噂が噂を呼び、LBX塚には鈴をつけた白い女と千鳥足で歩き回る下駄、そして大男の亡霊が出る……そんな怪談話が学園中で話題になったそうだ。

2013/11/10

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