十二月二十四日、クリスマスイブ。今日は特別な日もあって「彼ら」が旅から帰ってくる。学園を、そして世界を救った英雄と名将の帰還という話題で神威大門統合学園はもちきりだった。
海に囲まれた懐かしい島、それを空から見るのは初めてだった。
暑い国、寒い国。豊かな国、貧しい国……会ったことのない人と話し、見たことのないものに触れ、おいしい食べ物もたくさん食べた。現地でできた友達と国や言語の壁を越えてLBXバトルもした。
旅先でおいしいと思ったお菓子をクラスの人数分買い、旅の土産話をまとめる。まずは誰に何を話そう、座っているだけの帰りの旅路もそんなことを考えていれば全く退屈ではなかった。

それから数時間後、黒く大きな塊が校庭に降り立った。凄まじい轟音に驚き、授業中の教室の窓から教師と生徒達が何事かと顔を出す。数か月前に島全体がテロリストに占領されたこともあったために学園中は大騒ぎになる。
授業は一旦中断され生徒は教室で待機、数名の男性教師と武装体制のメタ沢が様子を見に校庭に駆けつける。
「何者だ!」
無事着陸した戦闘機に向かって猿田が叫び、メタ沢達が一斉にジョセフィーヌ学園長の護衛に回る。
フルフェイスのヘルメットで顔を覆った男と同じくヘルメットをかぶり、学園の制服を着た少年が中から現れた。この姿、どこか見覚えがある。
「驚かせてすみません。戦闘機が一番早く帰れると思って」
男の方は名将ドルドキンスこと海道ジン、少年の方は学園の英雄瀬名アラタ、彼らこそが今話題の二人だった。
ジンの複雑な生い立ちは旅の間で聞いた。五年前や四年前の大事件も戦闘機のことも全て知っている。戦闘機登校や戦闘機柄の水着と、やけに戦闘機に縁がある生活のこともだ。
「アラた〜ん、会いたかったわ〜!」
学園長からの愛の抱擁をうまくかわし、メタ沢が一体犠牲になった。
「みんな、ただいま!」
窓から覗いている者の中にはジェノックの生徒も大勢いた。彼らにも聞こえるようアラタは精一杯息を吸い、学園中に英雄の声を響き渡らせる。次々とおかえり、と歓迎する声が空気を震わせた。
「ん? あれは……」
校舎からはでかでかと幕が垂れ下がっている。書かれている文字は「祝神威大門統合学園公式LBXバトル大会優勝 中等部二年 法条ムラク」とある。
「ユーたちが帰ってくる前にバトル大会があったのよ。それでムー君が優勝したの」
クリスマスを機にウォータイムも仮想国も教師も生徒も関係なしの無差別バトル大会が生徒達の要望により開催されたらしい。
この学園には部活動がなく、ウォータイムが放課後の部活代わりになっている。さらに在学中は外部の大会にも出られないため、こうした垂れ幕がかかることなど一度もなかった。
そして、このように自由なバトル大会を行うのは復興後初の試みだった。ランダムにくじで対戦相手が決められ、トーナメント形式で戦う。同じ仮想国や同盟国の仲間とも腕比べができる。ロストすれば退学という校則は撤廃され、誰もが大会を楽しんだそうだ。
「俺も出たかったなー……よし、放課後は久しぶりのウォータイムだ!」
「あら、残念ながら今日はお休みよ。大会がウォータイムの代わりだったの」
がっくりと肩を落とすアラタを学園長がよしよしと慰めた。


楽しみにしていたウォータイムも今日は行われない。LBXでの疑似戦争のシステムは廃止されたが、クリスマスに「戦争」は不必要だ。何か代わりの案はないかと生徒達に問いかけた結果が今回の大会だった。それに参加できなかったのは残念だが、それよりも早く仲間に会いたい。
アラタはダック荘の自室のドアを開けた。何故か荷物が跡形もなく片付けられている。さらに、アラタの使っていたベッドの上にトランプを並べ、ヒカルとハルキが神経衰弱をしている。部屋を間違えたり忘れてしまったわけではない。
「こっちだ」
ドアと口を開けたまま立っていると通りかかったムラクに肩を軽く叩かれる。よく見れば部屋に貼り紙がされている。部屋がしばらくの間交換されているそうだ。
というわけでハルキとムラクの使っていた部屋に案内される。几帳面な二人の部屋は恐ろしく整理が行き届いていた。床にはホコリやお菓子の食べかす一つすら落ちていない。
「なんだ、俺がいない間に片づけられたかと思ったよ……」
そう言ってアラタは荷物をハルキの使っていたベッドに置く。汚せばひどく怒られるだろうからこれから注意しなければならない。

「そろそろパーティーが始まるそうだ」
夜になり、談話室に一段と豪華な夕食が出される。各クラスに分かれてテーブルを取り囲み、各々が持ち寄ったお菓子を並べる。その中に持ってきた土産も含まれている。
色鮮やかなオードブル、焼き立てのチキン、シャンメリー、特大のクリスマスケーキも続いて並べられた。お腹いっぱい食べて飲んでわいわい騒ぎ、プレゼント交換もした。
年頃の男女が大勢集まるパーティー、騒ぎに乗じて毎年何人もの生徒が異性の部屋に侵入しようとしてつまみ出され指導室に送られる。クリスマスだろうと、いや、クリスマスだからこそ異性の部屋への行き来は厳しかった。
食事時間は終わり、男子は男子寮に、女子は女子寮に戻る。今年も何人かがお説教を食らっていた。

場所は男子寮の談話室に変わる。今から行うのはパーティーの延長で今までできなかったジェノック男子全員での王様ゲームだ。同性しかいない分、誰も自重しないことが予想されるがここはうるさい女子のいない無法地帯である。
ハルキがメモ帳を十六枚ちぎって数字と王冠を書いていく。書き終えたところで折りたたみ、空のティッシュの箱に入れて上部分を切った。
まずはわかりやすく第1小隊から時計回りに回す。カイトがゲームの中ではあるが王の地位にのし上がった。残りの者達はどんな命令が来るかと身構える。
「十番は本気の告白をしろ。相手は適当に想定して構わない」
「……僕だ」
ヒカルがソファーから立ち上がる。クラス一の美少年と称される彼の告白を受けるとは、どんなに幸運なものだろうか。もっとも、今は遊びの一環なのだが。
愛の言葉を発されると周りの空気の流れが止まった。滑ったのではなく、あまりにも完璧すぎる告白に誰も言葉が出なかったのだ。
ヒカルは顔が異様に熱くなったのをシャンメリーを飲み干し一気に冷ました。
次は便乗したのか王のタイガが三番の者に本気のキス顔を命じる。
ブンタが3と書かれた紙を見せる。まずはゴーグルを外して表情が見えるように、続いて尖らせた特徴的な唇がタコの吸盤のように吸い付こうとする。先ほどとは違い、笑いが起こる。
「わ、笑うなーーー!」
笑いが止まらないまま続いてサクヤが王になる。出された命令はお姫様だっこだ。六番が抱き上げ、九番が抱き上げられる。
抱き上げる側には六番のカイトが選ばれる。こんな短期間に二度も出番が来てしまったがこれも運命だ。
(なるべく小柄で軽い奴がいいが……)
「む、俺か」
「げっ」
一番選ばれてほしくなかった相手が選ばれてしまい、カイトの顔色は髪と一体化するかのように青ざめる。数字の「6」と「9」にはわかりやすいように下線が引いてあり、念のため確認したが運命には抗えなかった。
「ではよろしく頼む」
こう見えても家庭の事情で力仕事には自信がある。LBXより重いものを持たないような生活をしているお坊ちゃまを持ち上げるなど朝飯前のはずだ。
「う、ぐ……お、重いぃ……!」
爆笑の渦が巻き起こる。役割が逆ならばすぐに済んだだろうに、ゲンドウの鍛え上げた体はビクともしない。家庭で得た知識を活用し、てこの原理で勢いをつける。大物を釣り上げるかのように両腕を振り上げるとようやく持ち上がった。
「ど、どう、だあぁ……!」
どんな顔をしているかは自分では見えない。暖房とゲンドウの体温と接触のせいで頬を嫌な汗が伝い、背中も汗ばんで不快だ。それに力んだせいで顔が熱く頭もふらふらする。心臓の鼓動にいたってはじわじわと耳元で聞こえてくる。よほど体力を使ったのだろう。
結局三秒も立った状態を保てず、カイトはゲンドウを抱き抱えたまま押し潰されるようにソファーに沈んだ。
「うーん、相手が悪かったかな……」
絶対服従とはいえ、一名をリタイア寸前に追い込んだサクヤは濡らしたタオルを持ってきた。

続いての幸運はタダシに訪れた。一番に狙いを定め、心臓を撃ち抜く。落ち着いた表情のまま下された命令はパンツ一丁で次の命令が終了するまでいることだ。同性のみの環境では何も問題はない。
「うげー俺かよ……」
紙を元の形に折り畳み、アラタが立ち上がる。部屋も十分暖かく、服を脱いでも寒すぎることはない。下着は皆同じ支給品だ。体育の前には体操服に着替え、風呂はいつも数人で入る、何を今更恥ずかしがることがあるか。
まず靴と靴下を脱いで裸足になると足が冷たく感じる。次に上半身に着ているものを全て脱ぎ捨て、ベルトに手をかけた。最低限下着だけを身に着け、神話に登場する英雄の像のように堂々と立った。
「これでどうだ!」
「……うん」
「人をパン一にしておいて反応はそれだけかよ! うわ、さむっ」
健康にだけは自信がある。この程度で風邪をひくことはないだろうが、下着だけでは当然寒い。

それからも新たな王が生まれ、様々な命令を下していく。定番の尻字、学園長作の愛のポエムの朗読、男二人で社交ダンスなどと笑いを誘うものばかりだ。
ゲームの中では貧富の差もなく誰もが平等にチャンスを持っている。だが、ある者は二度も三度も王座に座り、またある者は何度も恥ずかしい命令をされるまま王にはなることはない。
箱に入れた紙が回ってくる。生まれて初めての王様ゲーム、ここでルールもだんだんわかってきたロイが王となる。
「では、十二番と十四番でポッキーゲームをして下さい」
彼の口からこんな言葉が飛び出すなんて、一体誰に吹き込まれたのだろう。大勢が同じ小隊のコウタに疑惑の目を向けるが、首を激しく横に振る。その裏で女子限定のプレゼント交換をしていた女子寮ではアカネが大きなくしゃみをしていた。
「十二番は俺だ。もう一人は誰だ」
ムラクの呼びかけにハルキが手を小さく上げる。悪魔的強さを誇る学園最強のプレイヤーとセカンドワールド内で世界連合の司令官を務めた知将があろうことかポッキーゲームを行うことになる。
二人は真剣な顔で端からポッキーをかじっていく。細剣を前に対峙しているような姿は戦場に降り立った戦士のように錯覚させる。
二人の集中力はどれだけ笑われようと茶化されようと途切れない。できるだけ場を盛り上げられるようにしつつ、お互いの唇が絶対に触れないよう速度と分量を調整する。
ハルキが周りに気付かれないよう合図を出すと、ムラクが割れるギリギリまで短くなったポッキーを口で折る。戦場でなくとも連携はバッチリだ。
「お二人ともすごかったです!」
拍手を送られる前代未聞のポッキーゲーム。見事な連携にジェノック一同が感動で包まれた。

アクシデントも多々あったが、泣いても笑っても次で最後だ。タイミングよく一番最初にアラタに箱が回ってくる。紙の数は十六枚、まだ誰も紙を取っていない。勝算はきっとある。
「このまま終わらせてたまるか!」
アラタは奮い立ち、箱に手を入れる。勢いをつけすぎたせいで箱の底が破れて中身をぶちまけてしまった。
が、舞い散る十六枚の紙が全て止まって見えた。人数分ある白い紙の中、一枚だけが黄金色に輝いている。これが王冠の書かれたものに違いない。
箱を破ってハルキに怒られたようだが、スローモーションの世界では何も聞こえなかった。

全員に配り終わり、結果を見る。黄金色に見えた紙は今は白い。開くと中央に王冠のマークがあった 。
「俺だ、俺が王様だ!!」
無意識のオーバーロード発動によりアラタが王の座を勝ち取っていた。歓喜に震え、叫びたくなる気持ちを抑えながら息を吸う。ハーネスの集まりからタケルが親指を立ててこちらを見ているのが目に入った。
言いたいことは決まっている。あとはそれを噛まないように落ち着いて言うだけだ。
「四番は俺がいなかったときの学園と今日の大会のことを話してくれ!」
回を追うごとに過激になっていく中、出された命令は拍子抜けするほど真面目だった。四番はさぞや安心しただろう。
「それを学園長の物真似で頼む」
前言撤回。やはり王様ゲーム、まともな命令が来るはずがなかった。
「わ、私、ゴホッ、です……ゲフゲフ」
ジュースが気管に入ったらしく、リクヤが激しくせき込んでいる。背中をさすられ、震える手には「4」と書かれた紙があった。
落ち着いたところでジェノック一同が静まり返る。リクヤが今日までの記憶を整理しながらゆっくりと立ち上がった。
「リクフィーヌ学園長、マイクマイク!」
コウタが房から一番大きなバナナを取って渡す。それを受け取ってマイク代わりにバナナを持ち、第一声を出す。
「……?」
一旦学園長が口を開けば生徒達は私語を慎まなければならない。律儀にここでもそれを守るロイが横で必死にジェスチャーをしている。どうやら小指を立てろと言っているらしい。
このゲームは御曹司だろうと総理大臣の息子だろうと容赦ない。命令される側は何が来ようとも逆らえない。恥ずかしがれば余計にからかわれる。つまり、ここは気合いで乗り切るしかない。
「……それでムー君が各国のエースを打ち破って優勝だったの! 学園復興のリーダーも頑張ってるみたいだし、表彰式で思いきり抱き締めたかったわ〜」
リクヤのリアルすぎる物真似にムラクは苦笑い。アラタも笑いながら聞き入っている。
しばらく話していると妙に口調が馴染んできた。この中では比較的女性的な話し方である分、違和感がなくなってきたようだ。
「アラたんもゲンちゃんたちも帰ってきたし、次のウォータイムはとってもア・ツ・くなりそうね……あら、いけない! うふふ」
気付けば十分が過ぎていた。リクヤが完璧にオネェ言葉を使いこなしている様子に周りの見る目も変わってくる。本物の学園長を前にしたかのように多くの者が真剣な顔で姿勢を正し、静まり返った。
(これでもかなり恥ずかしいんですよ……特に朝比奈君、ニヤニヤしないで下さい!)
とにかく話を早く終わらせよう、途中を大幅に省略してラストスパートに出た。

「うっ、来た……!」
話の最中に頭を押さえ、呻くアラタ。オーバーロードの反動で意識が遠のいてきたようだ。ケーキやジュースを乗せたテーブルに倒れるわけにはいかないと席を離れようとする。
「あのバカ……なんでここでオーバーロードを使う必要があったんだ!」
異変を感じた第1小隊がクッションを引っ張ってくる。人一人が横になれるように敷き詰め、そこに倒れてくれるよう誘導した。
「悪い、もうダメだ……」
アラタはクッションの上に倒れ伏す。次々と仲間達が集まり、部屋に運ばれた。命令を下した王が気絶したため王様ゲームは終了となった。


◇◆◇◆◇◆


二時間後。
意識を保つのがやっとの疲労感に襲われ、視界もまだ闇の中にいるようにぼやけている。立ち上がろうにも身体中が痛くて立てない。まるで事後のようだ。
夢のようなパーティーも終わり、辺りは静まり返っている。
立てるようになったら立とうと半身だけを起こし、伸びをする。CCMで時間を見るとあれから二時間も過ぎていた。
動けないと思えば膝に重みを感じる。暗い中触れてみると温かく、さらさらとした長いものがある。髪だろうか。
「やっと起きたか」
「そっちこそ、おはよ」
ムラクは部屋に残り、アラタの様子を見ていたという。途中で眠ってしまっていたようだが。
「みんなは?」
「こんな時間だ。部屋にいるんじゃないか」
このことから入浴時間を逃してしまったとわかる。こういうときは全員が入り終えてから入るしかない。
「……オーバーロードか」
「うん。王様になったけどこのザマだ」
極限状態に陥ったアラタに力を貸してくれるオーバーロード。使えば様々な能力を飛躍的に発揮できる反面、その反動はとてつもない。
「たかが遊びなのに熱くなりすぎてさ」
「LBXだって元は遊び道具だぞ」
「そういえばそうだった」
王様ゲームと違うのはLBXは遊びだけでは終わらないことだ。宇宙探索のような人類に貢献するものから、テロ行為のような人類を脅かすものまでおもちゃの範疇では狭すぎる。
「俺、ロイの国にも行ったんだ。そこではLBXが地雷を探索して撤去してた。小さいから踏んでも爆発しないって」
「それはすごいな」
雑談しているうちにようやく立てるようになった。電気は消しているけれども、窓の外は妙に明るく愉快な音楽が聞こえてくる。
「あれは……」
「イルミネーションか。まだやってたんだな」
学園の建物が3Dのイルミネーションで色鮮やかに形を変えている。光で作られたドアからLBXが飛び出し、空を彩る。
「DCオフェンサーだ、なつかしい」
「向こうにはガウンタがいるぞ」
「ムラクも昔は白いガウンタを?」
一度学園に入学すれば長年の相棒だろうと卒業か退学するまでは使えない。代わりに各国の量産機を与えられ、戦場へ出る。何度も表彰されるほどシルバークレジットを貯め、学園の許可を得れば一点物のLBXも製作できる。
「そうだ。初めから紫の機体だったわけではない」
気高さと尊さの象徴である紫、また死を招く不吉な色とも呼ばれ、戦場で出会った者は皆恐れをなした。
化け物のような大男が操作しているのかと思えば、正体は年も体格もほとんど変わらない同級生。イレギュラーとはいえ初めて傷をつけたのが始まりで、今はこうして一番近くにいる。
数日後にはまた旅に出かけてしまうのだろう。せめて一緒にいられる間くらいはと、後ろから包み込むように腕を回し、パーカーのフード辺りに顔を埋める。
窓の外は雪景色、飛び出す光の織り成す魔法の時間。薄暗い部屋、明るく美しい景色に見とれて意識があちらに向けられているときだけなら離れてしまった距離を縮めても構わないと思った。
「こうして温かく迎えてくれる人がいるっていいよな」
外の景色を見たまま振り返らずに言う。遠い背中が少しだけ近く大きく感じられた瞬間だった。今こちらを向かれたら押し殺していたものが何もかもあふれてしまう。ここで崩れてしまったら特別な日も彼の目に映るものも何もかも台無しになってしまう。背中が遠く離れていくように感じた。
「ムラクは俺がいなくて寂しくなかった?」
息をできるだけ長く止めてあふれそうなものを抑える。まっすぐな彼の直球すぎる質問にはやはり敵わない。
「……本当は寂しかった。だが俺が止めたところで聞かないだろう」
「うん、聞かない。でも俺だって寂しかったけど」
予想通りの即答に涙をさらわれ、すがすがしい笑いが込み上げてくる。出港当時は問題ない、などと言ったが、日が過ぎるごとに寂しさは増していった。人知れず頬を濡らした夜もあった。同室のハルキですら気付かなかったくらいのことだ。
「そうだ、大会優勝おめでとう。俺も出たかったなー」
アラタは光を帯びて虹色に輝く垂れ幕を指差した。
「今回は俺が優勝したが、アラタやジンさん、それにセレディと伊丹キョウジが普通の学園生活を送っていれば勝負はわからなかった」
以前から願っていた「相手のバトルに敬意を表し決着がついた後に再戦を誓い合う」という夢は大会開催により現実のものとなった。それだけでも今日は嬉しいのに、今は隣に大切な人がいてくれる。お互いの小隊のメンバーも大切な仲間だが、それとはまた違う大切さがある。
「アラタ、俺と戦ってみないか」
ウォータイムや練習以外で初めて行う一対一の本気のバトル。大会だけでは暴れ足りなかったらしく、紫の瞳が闘志に燃えている。
「その前に」
手で視界を覆われ、唇にやわらかいものが押し当てられる。立ったままで軽く一度、それから窓を閉める。
「じゃあベッド行くか」
外のイルミネーションも終わりに近付き、明かりが少しずつ消えていく。部屋が暗くなっていくにつれて重ねる唇も深くなっていく。
「どうする? こっちで先に一戦しとくか?」
一戦で終わらせてくれるはずがない。二戦、三戦と続けていくうちに戦う気力も立つ体力も奪われてしまう。
「今日の見回りはいつも以上に厳しい。もし続きをするつもりがあるなら就寝時間を過ぎてから、その前に風呂だ」
「それじゃ、風呂で先に一戦するのもいいな!」
少し前まで気絶していたとは思えない元気さには呆れてしまう。風呂で一戦交えるなど、のぼせて気絶させられるのが目に見えている。まずは普通に入浴してバトルをする。その後は気分次第だ。
「それは遠慮しておく。お前のことだ、バトルの前に俺の方がまいってしまう」
「はーい……」
今は高まる気持ちを抑え、手を繋ぐだけにした。手袋は枕元に置いている。
最近まで環境的に敵対していた分、こうして直接手を触れられるだけでも奇跡だが、本当はさらに進んで体全体でお互いの存在を感じたいと思っている。わざわざ部屋を換えてもらったクリスマスイブの今日など、最高の機会だろう。
「ずいぶんご無沙汰だったし、今から楽しみだな! ……あれ、どうした?」
暖房がよく効いた部屋内で異様な寒さを感じた。この調子では何連戦するつもりだろうか。自分だけ記憶を飛ばさないように、できれば気絶せずに朝を迎えたいのだが。
「何でもない。少し寒気がしただけだ」
「俺、今日のためにジンさんにカスタマイズを手伝ってもらったんだ!」
噛み合わない二人の思考。脳内がLBX、仲間、勝利の三要素で占められたアラタはいつの間にか念願のバトルに向かって一直線、一方ムラクは会話の流れから別のことを考えていたようだ。
「俺はカゲトに加えサクヤからもお前対策の戦術を徹底的に叩き込んでもらった。だから今日の勝負は絶対に勝つ」
「言ったな! じゃあ負けた方がバトル後の一戦で何でも言うことを聞くでいいな!」
「上等だ、かかってこい」
勇ましく部屋を飛び出す二人。全くの正反対に見えて根本的な部分は同じだ。三度の飯よりLBX、愛情確認の方法もLBX。さて、今夜はどういったバトルを何戦行うのだろうか。

2013/12/24

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