これは今から半年と少し前、つまり海道ジンが神威島に来る少し前の話である。

四年前、世界を救った十人の英雄達は今頃何をしているだろうか。ある者は進学、またある者はLBX関連の企業に就職と、それぞれの道を歩んでいた。
学業や仕事の都合上頻繁に連絡は取れないが、かつての戦友の多くはプロのLBXプレイヤーを兼ねている。そのため、テレビや雑誌での活躍を知れば誰もが元気にしているのが手に取るようにわかる。

ここではリーダー的存在だった山野バンに焦点を当ててみる。彼は平日は高校生活、休日はプロとしての激務に追われている。
そんな中今日はやっとのことでもらえた休日を満喫しようと考えていた。
休みの日といえば車を走らせて遠くまで行きたい。部屋にあったラジコンのようなおもちゃではなく、本物の車をだ。遠いけれども行きなれていて、最も行きたい場所。第八回アルテミス以来会っていない親友の元に行こうと思った。
前日に電話で約束を取り付け、今日は迎えの車を断った。十八才になったので普通車免許を取り、どうしても車を運転しているところを見せたかったのだ。
しかし、自分の車はない。そこで借りた父の車を一日かけてピカピカに磨き上げ、初心者マークを貼った。


その翌日、見事ぶつけることもなく長距離を走れたことに一安心し、バンは親友の待つ邸宅に辿り着いた。執事によって来客用の駐車場に案内され、車を停めた。駐車場の入り口から中に入るのは初めてだった。
家の中はやけに静かだ。正門ではない所から入ったため、なぜか昔のように不法侵入しているようにさえ感じた。初めて歩く通路を見回すと、野心に満ちてギラギラと光る目――壁にかけられていた前当主の肖像画にはぎょっとした。大部屋にあった海道義光の肖像画は移動され、番人のように睨みをきかせている。四、五年のうちに当主の肖像画は書き換えられたそうだ。
新しい肖像画も気になるが、まずは本人を見ることが先決だろう。


「ジン、久しぶり!」
「……バン君」
身長は相変わらず抜かされ、出てくる言葉がない。元から大人びているジンに対して大人っぽくなった、と言うのも何か違う。言葉に迷っていると言われたのがこれだ。
「少し山野博士に似てきたんじゃないか」
母親似だとよく言われたバンも眼鏡をかけ、髪を少し短くすると父親の面影を感じるようになった。眼鏡をかけた理由は卒業後にLBXの研究機関に入ろうと、少しでも頭がよさそうに見せるためらしい。しかし、容姿は変わったものの元からの性格はあまり変わらないなと苦笑された。

自宅のものより何倍も上等なソファーに腰かけると、執事が紅茶と洋菓子を持ってきた。
「あれ以来何か変わったことはある?」
「サイバーランスにアスカが弟と来ていた。イメージガールにスカウトされたそうだ」
「あのアスカがガールねぇ……って、誰!?」
仕事用らしいファイルから取り出された企画書のコピーがテーブルの上に出された。帽子をかぶった長い金髪の女性が写っている。邪魔だから帽子から髪は出さないと言い張っていたのはもう昔のことだった。
さらには今後発売予定の写真集が出された。半分以上はLBXで勇敢に戦う姿、そしてまた半分近くは普通の女の子をイメージした姿、最後数ページにアロハロア島で撮ったらしい水着姿があった。
「言っておくが別にそんな趣味はない。社内で宣伝用に配られただけだ」
わかってるよ、とでも言いたげにバンはアスカの水着写真に苦笑いを浮かべる。
「本来なら僕がするはずだった」
「ジンがイメージガ……いや、イメージキャラクターだったらサイバーランス社の株もすごく上がると思うけど? それこそタイニーオービット社以上にさ」
何年か前に見たテレビ番組ではLBXの女性人気が高まっていることを知った。異様な熱気を生み出している原因はもちろん目の前にいる人物だ。
「確かにLBXを多くの人が始めてくれるのは嬉しい。しかし生半可な気持ちでLBXを始めてほしくないんだ。LBX関連の会社は処分も同時に受け持っている……誰だって廃棄されたLBXの山を見るのはつらいだろう」
「俺たちプレイヤーもLBX会社の人も、それに父さんもみんな悲しむな」
楽しい話をしにきたのに気付けばまた深刻な話をしている。もう世界の平和を脅かす存在は消えたというのに。
「爆発的なブームが起こるかわからないが、アスカならやってくれるだろう。今後はLBXと女性向け商品とのコラボもあるそうだ」
「そうだな、アルテミスのブロマイドの売り上げもすごかったし! 水着はともかく……」

紅茶は会話の間にいつの間にか飲み干し、菓子も食べ終えた。食後の運動がてら、バンはここに来た目的を果たそうと立ち上がった。
「しゃべってるのもいいけどさ、やっぱりバトルで体を動かさなきゃな」
「すまない、トリトーンはメンテナンスでサイバーランス社に預けている」
「へ……?」
水を奪われた魚のように生気が失われ、バンはその場に腰が抜けたように座った。
離れた場所から電子的にデータを送るだけでもいいが、四年もたてば機体自身のメンテナンスも大がかりになる。バトルできないのは仕方ないと、他の案を考えるしかなかった。
今日は車の助手席に愛機を乗せ、他には何も持ってこなかった。一緒にドライブ、などと考えたが人を助手席に乗せて長距離を安全に走行できるか自信がない。助手席にブレーキはもうないのだから。
「明日はスポーツ大会がある。よかったら練習に付き合ってくれると嬉しい」
「体育祭みたいなもの? へー、会社でもあるんだ」
スポーツなら食後の運動にもなるし、練習だろうと燃え上がれる。高校では体育が週に二度ほどしかないため、運動部以外では体を積極的に動かせる機会もない。練習とはいえ二人でスポーツができるし軽いドライブもできる、これには心が飛び跳ねた。


◇◆◇◆◇◆


海道邸の敷地内を車で走る。グレースヒルズの住人にも貸し出しているスポーツ場が見えてきた。ある建物の前に車を停めると、貸し切りの札をドアにかけた。何のスポーツをするかはわからない。
「ここは……?」
あえて照明を落とした部屋の所々に小さな穴の空いた平らな台が複数置かれている。ここは国内外のVIPとのパーティー会場の一部、スポーツで親睦を深める場所だ。
「ビリヤード場だ。基本は二人でするもので、おじい様が亡くなってからはじいやと一緒にしている」
途中ジャージなどに着替えないのを不思議に思っていたがそういうわけか。ビリヤードは別名メンタルスポーツであり、サイバーランス社で行なわれるスポーツ大会の一種目である。
「ところでバン君、ビリヤードの経験は」
「全然……一応テレビのかくし芸大会で見たことはあるけど」
ビリヤード場に足を踏み入れてからのバンの反応でそれは薄々感づいていた。
「だろうな」
「あ、でも練習だし手伝うよ! ついでにちょっとくらいできるようになりたいな」
「ああ、この機会に覚えていくといい」

まずはビリヤード界では最も基本的であり、明日の大会でも使われるナインボールの配置を行なう。扱うボールは白い手球と九個の色のついた的球のためそれより数の大きなものはよけた。
「正式なルールではバンキングという順番決めがあるが……まずはラックを組もう。一番を先頭、九番を真ん中に。あとは適当にひし形になるようにしてくれるか」
よくわからない専門用語が飛び交うけれども、ただ言われた通りに並べればいい。ナインボールは配置の一種、バンキングは順番決め、ラックを組むはボールを並べる……なんとか覚えられた。
「オープニングブレイク」
必殺技のように力強いブレイクショットで手球が一つポケットに入った。一発目が決まるとジンはキューを別のものに持ち替えた。そして、手球は次々と的球に命中して全てがポケットに入った。もはやかくし芸どころではない、見事な技に拍手せずにはいられなかった。
「よかったら君もやってみないか」
「う、うん……」
細い棒で白いボールを突いてカラフルなボールを穴に入れればいい、第一印象としては単純で簡単そうだと思った。
「じゃあその棒借りるね」
「待ちたまえ!」
スタングレネードでも降ってきたかのようにバンは手を伸ばしその場に固まる。四年前のアルテミス後のパーティーにも聞いた、真剣さを具現化したような声だ。これが来れば熱く長く難しい語りが銃弾のように飛んでくる。
「これは僕専用のキューだ。LBXと同じで変な癖をつけないように個人で専用の道具を持つことが多いんだ。君はそこの中から適当に取ってくるといい」
「わかった」
見た目だけではどれがいいのかわからなかったが、何でもいいのでキューを借りてみる。
再び九つの的球をひし形に並べ、先頭の一番に狙いを定めた。
「あれ?」
キューの先端は手球の中心に当たらず端の方に当たり、情けない勢いでポケットに向かい、スクラッチした。
「勢いが弱すぎたかな……最初は確か強くだったな」
一度目の失敗を反省し、次こそはと意気込む。槍でLBXのコア部分を貫くイメージで力強いブレイクショットを放った。
「……!」
ジンのすぐ真横を白いものが通り過ぎた。それは壁に一度ぶつかった後、下に落ちた。
「うーん……」
「誰だって最初はそんなものだ。僕なんて慣れない頃はおじい様の眼鏡を割ったり股間に当ててしまったことがある」
そう言われても先ほどの見事なプレイからは想像できない。
「書庫に入門書があったが、君の場合は体で覚えた方がよさそうだな」

理論責めだと間違いなくバンは混乱する、そう見込んでジンはバンの背後から手を回した。キューを持ったままの手の上から手を持たれ、つきっきりの個人レッスンが始まる。
「そんなに力を入れて握らなくていい。キューは武器ではないからな」
言われた通りに軽く、そして二本の指で持って他の指を添える。
「次はブリッジといってもう一つの手でキューを支えるんだ」
親指、人差し指、中指で輪を作ったのを見せられ、真似したところにキューを通す。これで基本的なビリヤードのフォームは完成だ。
「うん、なんかさっきよりできそうな気がしてきた。ありがとう!」
基本の基本を叩き込まれた後は、手球に向かってキューを動かす準備としてストロークを繰り返す。なんとか手球の中心に当たり、一つだけ的球がポケットに入った。


「疲れたー……まさかこんなに集中力がいるとは思わなかったよ。でも結構面白かった」
実力差がありすぎてさすがに練習試合はしなかったが、基礎練習のおかげでひどい失敗はしなくなった。手が汗で湿っていたが、不快さはなくむしろすがすがしい気分だった。
「ビリヤードもLBXと同じだからな。年齢も性別も体力も勝利を左右しない。それよりも正確さとプレッシャーに負けない精神力、楽しむ心があれば誰だってできる」
始める前までは遠い世界のものだと思っていたビリヤード。しかし、一通りの経験を終えた今はLBXとの間に多くの共通点があることにも納得がいく。


今日の練習は終わりだ。道具を全て片付け、再び車に乗った。助手席でジンは十才にも満たない頃、とあるパーティーで大人に混じって参加した思い出を語り始める。二、三回り以上も大きな大人相手だろうが、バンキングで先攻をとれば一度のミスショットもなく、さらには相手の出番すらもないまま勝利を収めることだってありえるという。
だからプレッシャーに負けない精神力も、いつだって冷静でいられるのも、バトルでも正確な狙いで的を外さないのもビリヤードを通じて培ったものなのだろう。ジンの新たな一面と強さの秘訣を知ったバンは上機嫌に車を走らせた。

2013/08/07
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