ダック荘男子寮、半裸でいようとも猥談をしようとも誰も咎めない無法地帯。まさに男達の楽園……
その中で一つの小さな事件、いや、彼らにとっては大事件が起きようとしていた。

タケルはアラタに今日起こったことを話していた。戦場を離れた同盟国同士でたわいもない日常話をする、そんな交流はここにいる多くの者達の日課にもなりつつある。
「えっ、エロ本!?」
アラタは驚きのあまり大声が出てしまう。すると、その場にいた男子生徒達が一斉に振り向き視線を集めた。
「しっ、声が大きいよ!」
わざとらしい咳払いをして視線を戻す者、新聞や雑誌で真っ赤になった顔を隠す者、さらには部屋を出る者。この年頃では性的な言葉に反応するのはごく自然な反応であるが、後々からかわれるからと興味がない振りをしている。
「誰がそんなもの……」
集まった視線がなくなったのを確認してからタケルは耳元で囁く。
「ふーんコウタがかー。あっ、逃げた」
話を聞き出そうとした途端、何かを察したのかコウタはそそくさと部屋を出ていく。タケルと一緒にいたアラタの口から「エロ本」と聞こえたために警戒していたのだが。
目が合ったときの表情からして追いかけてくるに違いない。ひとまず自室に鍵をかけ、コウタはかくまってもらおうとリクヤの部屋に転がり込んだ。

聞き出そうにも問題の張本人はここにはいない。しかし、アラタの前には証人がいる。
彼の証言では、コウタの部屋でメカニック同士の交流を図ろうとジェノック第3小隊のLBXのメンテナンスを手伝ってあげようとしたときに事件は起こったという。
いくら天才メカニックとはいえ、パラサイトキーを埋め込んだリクヤの機体だけは自分達以外には触らせたくないとメンテナンスを断られた。軽い性格をしているのかと思えば友情には熱い、そんなギャップに感心していると、棚に入れられた大きな箱に目がいったそうだ。
「大きな箱? それってリクヤを守ってロストしたLBXがいっぱい入ってるって聞いてたけど」
「それが『……エッチな本だよ。見るか?』って言ってきたんだよ」
そのときのタケルは変な声を上げた。そうすると、ずいぶん慣れた様子で刺激が強すぎると笑われたという。
「よし、コウタの部屋にみんなで押しかけてみるか」
あのときのことを思い出したのか、再びタケルの顔は赤くなった。


「……というわけで今日コウタの部屋に行く人!」
男子専用の談話室でアラタは同志を募る。一人で行けば追い返されるだろうが、大勢で押しかければ折れてくれると考えたのだろう。
ジェノック第2、第5、第6小隊は入浴中であり、女子だけの第4小隊はこの場にいない。驚いたことに、第1小隊、第3小隊のロイ、つまりここにいるジェノックの男子全員が手を上げたのだ。
「わかった。ここにいるメンバー全員でエロ本捜索隊の結成だ!」
アラタが全てを仕切り、自主的に捜索隊の隊長となる。しかし、もっと目的を悟られないような名前はなかったのだろうか。
「僕は隊員になった覚えはない」
「同じく」
ヒカルとハルキが異論を唱える。では、何故手を上げたのかというと少し事情があった。
ヒカルの場合、新しい剣を作ってもらおうと剣の製作がジェノックのメカニックの中で一番得意なコウタに頼んだ。ハルキの場合、委員長として不健全な者に注意をしようと思ったのだ。
「でも、お前らも興味あったりするんだろ」
もう何を言っても無駄だった。勝手に隊員にされ、本を見にきたと思われてはたまらない。ヒカル達はこっそりと別の作戦を練ることにした。
「すみません、少し質問があります」
そう言って全員の注目を集めたのはロイだ。その表情はウォータイム時でも見せる、真剣そのものだった。
「『エロホン』とは何でしょうか? 僕の国では聞いたこともなくて……」
エロ本――そこだけ妙に訛った発音を聞くと秘宝か何かのようにも聞こえなくはないが、実際は性的欲望をかき立てるだけの雑誌である。返答を待つ間、ロイの純粋な瞳は好奇心で光り輝いていた。
「女の人の裸とかがいっぱい載ってる大人の本らしい。俺も見たことないけど……」
それを聞いてロイは恥ずかしそうに縮こまる。しかし、参加表明に加え熱心に質問までしたのだから、辞退するわけにはいかない。

タケルを加えた総勢七人が廊下を歩く。後ろの方を歩くのは笑いのネタを探しにきたサクヤだ。スクープショットでも撮ろうかとCCMでカメラの準備をしている。
「あの足音、そろそろお風呂の交代時間でしょうか」
リクヤは座っていたベッドから下りて着替えなどを入れた袋を出す。ここまでは平和な光景だ。
しかし、隣の部屋からドアをドンドンと叩く音や、コウタを呼ぶ声が束の間の平和をぶち壊す。
「朝比奈君。大勢に呼ばれているようですが、一体どうし……むぐっ」
コウタに手で口を塞がれ、リクヤは声が出せない。しばらくこのまま動かずに、事態が落ち着くのを待つ。
外の音も声も静かになった。彼らは諦めたのだろうか。ようやく解放されたリクヤは鍵を開け、隙間から様子を見る。
「あ、リクヤ。コウタどこに行ったか知らない? 用があるんだけど部屋が閉まってて入れないんだ」
「朝比奈君ならここにいますよ」
「あっ、バカ!」
コウタはベッドに潜り込んで布団を頭からかぶる。二人で座っていた部分がほんのりと温かかった。
犯人の潜伏先に立ち入る警察官のような勢いで人が部屋にどっと流れ込む。まず、ヒカルが妙に慣れた手つきで妙に盛り上がった布団を引っぺがす。アラタを毎朝起こしていたら慣れてしまったらしい。
「頼んでいた剣はできたか?」
予想外の質問が飛んできて正直ほっとする。それなら自室の机に置いてあるから後で取りにいけるだろう。これだけで終わってくれればどんなに嬉しかったか。
「タケルから聞いたんだけどさ、お前だけエロ本持ってるなんてずるいぞ!」
アラタの言葉の後、サクヤはCCMを構える。関係者と思われたくないので部屋を去ろうとするヒカル、言葉を頭の中でまとめているハルキ、何やらよくないことが起こるのを察知したロイ。ヒカルが出る前にドアを閉めたリクヤの血相がみるみるうちに変わっていく。
「委員長として注意し……」
「そんなものを隠し持っているなんて見損ないましたよ朝比奈君!」
ハルキが注意する前にリクヤが激昂した。まるで夫の浮気の証拠を突き止めた妻のような鋭い剣幕だ。
「ごっ誤解だ! あれはあくまで冗談であって……!」
「言い訳は聞きません!」
予想以上の修羅場になってしまい、もはや軽く注意するどころではない。ハルキですら、あれだけ言われたコウタがかわいそうに思えてきた。
「すみませんが朝比奈君以外は出ていってもらえませんか」
これからさらなる説教が始まるのだろう。出ていかされた七人は再び談話室へと足を向けた。


「……だから俺が悪かったって」
部屋の電気を消し、リクヤは完全に背を向けて横になっている。何度謝っても揺さぶっても話を聞くどころかこちらを向くこともない。
仕方ないので背中同士が向かい合うようにして腰かけ、窓から月の光が注ぐ壁のポスターを見ながら静かに語り始めた。
「エロ本が原因で退学なんてロストしていった奴らに顔向けできないし、学園きっての笑いものだろ」
プレイヤーよりも寿命が長いと言われるメカニックは、クラフトキャリアを落とされない限り退学に陥る事態はほとんど起こらない。戦場で生き残る確率が高い分、たくさんの仲間の死を見る機会が多くなる。それがごく最近まで顕著に現れていた第3小隊だが、今は違う。
「今はジェノック、ハーネスのみんながパラサイトキーのことも理解してくれてるし、もう仲間殺しなんて言わせない。もしそんな奴がいたら俺がぶっ飛ばしてやる。俺だって戦えるんだからな」
腰の辺りがほんのわずかだが重くなった。どうやら服の裾を引っ張られたらしく、リクヤがこちらを向いたのがわかる。気付かないフリをしていると強く握ってきた。
後ろを見たらもぞもぞと布団の中にもぐっていくので、上から撫でてやったら出てきた。
「……たとえ冗談でもあんなこと言わないで下さいよ」
前髪と眼鏡で表情を隠し、眼鏡がずれたのを直すフリをして目尻の涙を拭う。
「せっかくの個室なんだし、どうせやるなら本物がいいよな」
「な、何を言って……!」
これ以上逃げられないように肩に腕を回す。言葉にこそ出さない、むしろ出せないから寄り添うことが愛情表現なのだろう。
(本当、リクヤって素直じゃないよな)

「二人とも、お風呂の時間ですよ」
風呂の時間だからと呼びにきたロイが、鍵のかかっていない部屋を開ける。薄明りの中真っ暗な部屋で肩を寄せ合う後ろ姿が見えたが、電気がつく前に二人は慌てて離れていた。
「あっ、その様子だと仲直りできたんですね! よかったです」
結果として本の捜索は失敗に終わったが、二人の絆は深まったのだ。ロイは二人を祝福しようと、心の底から笑顔を向けた。

後日、純喫茶スワローで生まれて初めての特大パフェを口にするロイの姿があったとか。口止め料として二人がおごってくれたのだろう、きっと。

2013/11/24

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