全ての戦いが終わってから訪れた四月一日の朝、山野家のリビングには誰もいなかった。おそらく両親は出かけているのだろう。
バンは重い瞼をこすり、テーブルに置いてあったトーストにバターを塗り始める。適当にテレビでもかけて平和を噛みしめよう、そう思った。
しかし、どこをかけても自分達が世界を救ったという特番やニュースしか放送していない。これでは鏡を見ているのと同じだろう。

なのでテレビを消して新しい牛乳をあけ、コップのふちギリギリまで注ぐ。
目を離したすきに、閉まっていると思われていたドアが少しだけ開く音がした。隙間風が不快なので閉めてこようと立ち上がり、ドアノブに手をかけた。
妙に視線を感じると思えば、隙間から無表情な仮面がこちらをじっと覗き込んでいた。
ハロウィンの悪夢が帰ってくる、そう直感したバンはドアを閉めようとするが、あちら側からドアを開けようとする感触がある。それも、一人の力ではない。少なくとも三、四人はそこにいる。
この家のセキュリティは父親のおかげで万全である。デスロックがかかっている、とまではいかないが、相当厳重なロックがかかっている。それなのに不審者が侵入したとでもいうのか。

「あー、ぼ、我々は遠いほひからやってきた、か、仮面にょヒーロー……」
耐え切れなかったドアが開くと、台本にでも書かれているかのような台詞を読み上げる声がする。なれないのか所々で噛み、無理に声を低く出しているのか、かなり苦しそうだ。
仮面の中の赤い瞳と目が合った。すると、先ほど言葉を発していた者はドアの後ろに引っ込んだ。
(僕じゃダメだ、誰か頼む!)
小声で交代の合図が出される。続いて前に現れたのは堂々とした者だ。
「もう一度繰り返す! 我々は百万光年遠い星からやってきた勇敢な仮面のヒーロー!」
「どどーん」
口で作った効果音の後、白く冷たい煙が上がってきた。リーダーと思われる者の派手なパフォーマンスの後ろで仲間達がうちわでドライアイスをあおいでいた。

不審者の集団が部屋に現れた……のではなく、よく見れば仮面の下の顔に見覚えがある。ともに世界を何度も救った仲間達ではないか。だが、彼らは何故こんなところでこんなことをしているのだろう、それが疑問に思えて仕方がない。
「ジン、ヒロ、カズ、それにユウヤ! みんな揃って俺の家で何やってるんだよ!」
「ヒ、ヒーローは設定が大事なんですよ!?」
前にもどこかで聞いたような反応が返ってくる。現れて早々正体を見破られた四人は仮面を外してソファーに座った。全員分の牛乳を用意してやり、何をしていたのかを聞いた。
「見てください、オタレンジャーからの果たし状です」
「というわけで」
ユウヤがどこからか大きなキャリーバッグを転がしてきた。コスプレを覚えてから自分用に新しく買ったのだろう。
「赤は僕ですね! 何といっても僕がヒーローなんですから!」
一番上に見えた赤い衣装をユウヤが出す前にヒロが引っ張り出した。どうやら予約していたらしい。
続いてピンクが出てきた。誰も選ばないので隅に置かれた。
「緑は僕だね」
ユウヤは改造して裾が長い緑の衣装を取り出して畳む。次に出てきたのは黄色だ。
「納豆カレーの黄、つまり黄色は俺だな!」
カズが黄色の衣装を取った。現在赤、緑、黄の枠が埋まり、ピンクがあまっている。昔見ていた戦隊物の記憶を辿れば残りは間違いなく青だ。初めから狙っていた色なのでこれは立候補するしかない。
「……ピンクは僕には似合わないだろう」
まだ衣装を選んでいないジンはバンに言い聞かせるように呟いた。これは宣戦布告だ、そうとらえた。
「ジン、じゃんけんだ!」
「ああ」
ピンクだけは嫌だとバンは最初のかけ声に気合いを入れる。あいこが続き、息を上げながらも勝利をつかもうと必死に次の手を考えた。
そして、
「よし、ジンがピンクだからな!」
バンは寂しく横に置かれたピンクの衣装をジンに向かって投げる。せっかく畳んだものが広がり、それをジンが再び畳み始めた。そして紙袋から何かを取り出した。
「何を言っているんだ、僕は最初から黒に決まっているじゃないか」
「じゃあ何のために戦ったんだよ!」
「何かあったときはいつもLBXで決めるだろう? たまにはじゃんけんもいいなと思ったんだ」

そういえば六人目の戦士の中に黒や白がいたこともあった。そしてその能力は五人にも劣ることはない。普段は戦闘に参加しないがピンチのときには駆けつけてくれる、その戦隊物の黒とは頼もしい存在だ。
「うん、じゃあ俺が青でいいな」
安心したようにバンは青の衣装を手に取った。
「バンさ…いえ、バン隊員。先客が」
「帰国しようとしたら俺だけ手続きに異様に時間がかかった。赤は空けてあるよな?」
選んだ色を取られまいとバン以外の全員は衣装に着替えていた。そこに、六人目の隊員が現れた。
「遅いですよキリト隊員〜! 赤はヒーローの僕です! 今空いてるのは青とピンクですね」
「そうか、なら青でいい。山野バン、君がA国に忘れた仮面を持って帰ってきてやったんだからそれ貸しな」
「えっ、何? 青は俺が先に……あ」
先に着替え終わった者達は仕上げに仮面をかぶった。そして各々が与えられたコードネームを確認し、決めポーズの練習をする。

「仮面か……これには変な思い出しかないよ」
これをつけているときのバンの記憶はない。後から聞かされる話ではハイテンションでノリノリの軽そうな奴だが恐ろしく強い、自分によく似た者が現れて大騒動を起こすのだという。
「別にかぶっても何もないよね。ほら、どうせ周りからは誰だかわからないんだし!」
「そうです絶対に何もありません!」
執拗に仮面の装着を勧めてくるマスクドグリーンとマスクドレッド。何もない、という言葉を信じてバンはおそるおそる手渡された仮面をかぶってみた。


「OH〜君たちは俺が一番似合う色がわかっているようだな!? IT'S SEXY PINK! 俺にぴったりだZE〜!」
内側に潜んでいた感情が爆発した、そう感じた瞬間に意識は途絶えた。最後に見えたのは可愛らしい桃色だった。
「では皆さん円陣です! 我々は百万光年遠い星からやってきた勇敢な仮面のヒーロー、マスクドレンジャー!」


◇◆◇◆◇◆


全員の準備が終わり、六人はミソラ商店街へと駆け出した。
一連の騒動も治まり、正式な営業を再開したキタジマ模型店付近のDキューブを借りて決闘する相手を待った。それから十数分してアキハバラのヒーローことオタレンジャーが現れた。
「トキオシティに二組も戦隊ヒーローはいらない! 解散をかけて血で血を洗う熱いバトルをしようじゃないか!」
「いや、我々はアキハバラに引きこもるヒーローとは一味違うのだよ! ミソラ・グレースヒルズ・A国連合、世界に羽ばたく国際ヒーローだ! この勝負、受けてたとう!」
オタレンジャーとマスクドレンジャー、各リーダーの赤が高らかに宣戦布告を掲げ、多くのギャラリーを呼び寄せた。
「む、一人多いようだな! だか私達には関係ない、二対一でも六対一でもかかってきたまえ!」
オタレッドの挑発を受け、マスクドレッドが立ち上がった。熱血リーダー同士の真剣勝負、そこにマスクドブルーが割って入った。
「そこ邪魔だ。どいてな」
アキレスD9を押しのけ、フェンリルフレアがビビンバードカオスに飛びかかる。
地面にめり込んで身動きの取れなくなっていたアキレスD9もようやく体を起こし、ビビンバードカオスに攻撃を仕かけた。攻撃は避けられ、味方の超攻撃的な剣の使い手同士がぶつかり合うことになった。
恋人を蘇らせるために強い者との戦いを望む異常な彼の執着心も消え去ったかと思えば、今度は自分自身のために戦うという。二人は一時期共闘をしたこともあったが、もはや敵も味方も関係ない。

「おい、マスクドブルー! こっちのブルーはここだ!」
基本的に同じ色の衣装を着た者同士が戦うことになっている。しかし、対戦相手がいないオタブルーはなんとかマスクドブルーを呼び寄せようと必死に叫んでいた。
「……俺はレッドだ。俺がレッドだと言ったらたとえ何色だろうとレッドだ」
オタブルーは何も返せなかった。

その隣ではマスクドイエローとオタイエローの熱い戦いが始まろうとしていた。オタイエローがビビンバードカオスVはメンテナンス中だというのでLBXでの戦いは中止、急遽カレーの大食い対決になった。
「カレーといえば伝説のカレー缶、納豆カレーなんて素人の食べ物なんだな!」
「納豆カレーを馬鹿にするな! 大体あのカレー缶は辛すぎるんだよ!」
四月の頭、太陽も冬に比べるとギラギラと照っている。
仮面やかぶりもののせいで顔周りはどちらも恐ろしく汗でぬめっている。暑さに耐え切れずマスクドイエローは肘辺りまで袖をまくっていたのを一気に肩まで押し上げた。オタイエローも負けじと上のジャージを脱いだ。

「あなた誰よ? 愛しのジン様はどこ!?」
「俺はSEXY PINKなマスクドピンク、そしてミステリアスな仮面の貴公子……って最後まで話を聞けよ!」
オタピンクは何やらきょろきょろと辺りを見回している。そして、止まった視線の先ではオタブラックがマスクドブラックと激闘を繰り広げていた。
「オタブラック、そこ代わりなさい! あたしだって今日は『黒』なのよ!」
「な、何の話だよ……」
が、そうしている間に防戦一方のビビンバードカオスXはあっけなくブレイクオーバーしたのだった。ブラック二人の勝負が最初についた。
そして戦意を喪失したオタピンクはマスクドピンクとの戦闘を放棄した。これでマスクドレンジャーに二勝が入った。

「お、あと一勝すればこっちの勝ちだな!」
イエロー二人の積み上げられた皿でテーブルは埋まっている。普通のカレーに混ざってシーフード、カツ、牛乳と、さらにお互いの好物も流れてくる。オタイエローが鼻をつまんで食べる納豆カレーで手を休めることもなく、マスクドイエローはおかわりを頼んだ。
「げっ」
何ともタイミング悪くカレー缶が出たものだ。水はコップ一杯までと決められたが、もう残りわずかだ。
そして、水なしでのカレーの辛さに耐え切れずマスクドイエローは降参した。
ついに三戦の決着がついた。現在二勝一敗、マスクドレンジャーが優勢だ。


では、他の二戦はどうなっているだろう。
「オタグリーンがどこにもいないよ……」
マスクドグリーンは対戦相手を必死に探し回っていた。今ここにいるレッド、ブルー、イエロー、ピンク、ブラックの五人に加えてゴールドとシルバーの存在は知っている。しかし、グリーンは何故かいないのだ。
「一人にしないで……!」
孤独から解放されたと思えばここでもまた一人、一年前の恐怖が少しずつ押し寄せてくる。
「この声、この台詞は……!」
一瞬だけオタレッドの操作に迷いが生まれた。二対一と圧倒的に不利な状況に加え、トラウマが蘇る。
「スキだらけです! 必殺ファンクション!」
アキレスD9はソードビットの構えに出る。輝く剣が矢のように降り注ぎ、それら一つ一つをビビンバードカオスは撃ち落としていく。
「いや、ヒーローはトラウマを乗り越えてこそのものだ! 私は以前の私とは違う!」
戦いの場は空中に変わる。あえてお互いに避けられない攻撃をしかけ、どちらが先に墜ちるかを争う。そこに、
「……Xブレイド」
味方であるアキレスD9を巻き込んでのフェンリルフレアの攻撃が入る。背後からの攻撃のためにうまく避け切れなかったアキレスD9は翼を失ったかのように勢いよく地に伏した。間一髪で直撃を避けたビビンバードカオスだったが、致命傷を負っているのは確かだ。
「何するんですかマスクドブルーさん!」
「避けなかった君が悪い」
まさか味方にとどめをさされるとは思っていなかった。空中で戦っていることを知っていながら必殺技を打ったのだから避けられないのはわかっているだろうに。
「何て卑怯な! 味方を犠牲にするなんて君はヒーロー失格だ!」
「許せません! オタレッドさんの正義の鉄槌が下りますよ!」
リーダーのレッド二人がマスクドブルーに迫る。誰よりもヒーローに憧れる二人は敵味方の区別なく団結した。
「暑苦しいな……俺の負けでいいよ。どうせ次勝てればいいんだから」
結局、二対二で最後の一戦に賭けることとなった。


「僕と戦って下さい! 対戦相手がいないんです!」
マスクドグリーンがオタブルーに頭を下げた。お互い暇そうに試合を眺めていた二人はゆっくりとDキューブを挟んで向かい合った。
「うちのブルーが本当わがままで……すみません」
「いや、あいつとは正直戦いたくないな。それに緑を青と言うこともあるだろう、信号とか」
戦いつつものんきに話を始めるマスクドグリーンとオタグリーン。解散を賭けた最終試合なことは頭にはない。
「任せましたよマスクドグリーンさん!」
「全ては君にかかっているんだ、オタブルー!」
とんでもないプレッシャーを押し付けるリーダー二人の声が聞こえた。
「うぅ……おなか痛いよ……」
「やめてくれー俺はプレッシャーに弱いんだ!」


――そして二人はプレッシャーに押し潰されそうになりながらも激しく戦い、結果は互いの必殺技で同時にブレイクオーバーとなった。
「いい勝負だったな、でもこれでどちらも解散しなくて済むね」
「うむ」
オタブルーが返すと同時にオタレッドが前に出た。そして、マスクドレッドに手を差し出す。握手を求めているのだろう。
「昨日の敵は今日の友! 明日からはオタレンジャー、マスクドレンジャーともにトキオシティを守っていこうじゃないか!」
「そうですね! では記念に集合写真でも撮りましょう!」
マスクドレッドはギャラリーの一人にカメラを渡した。
戦いに疲れた者も暇をしていた者も商店街中央に集まる。シャッターが切られた。


数日後、マスクドファミリーの元に一枚の集合写真が送られてきた。写真の中央をオタレッドとマスクドレッドが争う中、二人を押しのけて中央を陣取るマスクドピンクの姿が写っていた。
「これは大成功のようだな……」
「ええ。最近あの子の調子が悪いから心配してたのよ」
コーヒーとココアを片手に、仮面の下に笑顔を浮かべるマスクドJとマスクドM。
知り合いの博士とやらが作った超高性能のコアパーツと引き換えに、ヒロ達とオタレンジャーに決闘を装ったテストプレイを兼ねて息子の調子を取り戻そうとしていたわけだ。
またもや、まんまと乗せられたバンはただただ写真を見て苦笑いを浮かべるしかなかった。

2013/04/01

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