アルテミス後のパーティーが終了した翌日のことだ。 本大会優勝者のはずが最初に敗退したアスカは、たまたま近くを通りかかったランとユウヤを特訓……という名のリベンジに誘っていた。 パーティーことバトル大会では調子よくエルシオンとリュウビを打ち負かした、真っ先にCゲージを溜めたミネルバの焔崩しが炸裂する。愛機と一体化し、気合いを高めようと空手のフォームを取るラン。密室の研究室でかけ声が響き、髪が鞭のように風を切った。 「ラン君、痛いよ!」 「ごめーん」 焔崩しはヴァンパイアキャットに間一髪で避けられたが、他の何かがリュウビではなく何故かユウヤに命中した。彼の視界を覆った焔、それはランの後ろで束ねた髪だった。 操作者に顔の痛みは若干残りつつも、ひるむことなく攻撃を続けるリュウビがついにヴァンパイアキャットをビルの隙間に追い詰めた。 ここではジャンプもダッシュも封じられている。ヴァンパイアキャットはガードするしかないと守りの構えに出た。 白虎衝波斬で起こした風が吹き上がり、青白い虎が宙を翔ける。ユウヤの前髪と束ねた髪が舞い上がった。 「は、は……くしゅっ!」 先ほどのかけ声にも負けない大きなくしゃみが部屋に響いた。 「もう、鼻に髪の毛が入っちゃったじゃない! あームズムズする……」 そう言うとランの手元は狂い、焔崩しがリュウビに命中した。事故とはいえ、全く予想していなかった味方からの攻撃に戸惑うが、それよりも敵からの攻撃が脅威だ。 「もらったー!」 ミネルバとリュウビは崩れた体勢を立て直そうとするが、そこにデビルソウルが飛んでくる。バランスが崩れているので避けることも防御体勢に入ることさえも許されなかった。 そうして、二体はあっけなくブレイクオーバーしたのだった。 「負けたのはあんたの髪の毛が邪魔だったからよ!」 「君だって僕の顔に何度も髪を当ててきたじゃないか!」 戦いはアスカの勝利で終了したが、味方であったはずのランとユウヤの戦いが始まってしまった。一生懸命戦った結果、負けたのは構わないが今日の戦いの内容はあまりにもひどかった。その原因はお互いの長い髪に気を取られたからだというのだから。 「まあまあ二人とも、俺が汚名返上できたから細かいことはいいじゃねえか」 「よくない(わ)よ!」 ランがユウヤの髪を引っ張るので、ユウヤもやり返し始めた。まるで何事もなかったかのように二人を仲裁するつもりだったが、逆効果だったようだ。 「そもそも髪の毛伸ばしっぱなしなのがよくないんだろ? バッサリ切るか俺みたいにまとめて帽子に入れるか何かすればいいんだよ」 そう言ってアスカは帽子の中にしまった髪を見せてくれた。確かにこの髪の量と長さでは、まとめるのが大変そうだ。 「そんなことしたら男子と間違えられるわよ……」 「じゃあもっと女らしくしたらいいだろ? だからジェシカにも女子力低すぎって言われるんだよ」 「ア、アスカ君……」 アスカの言葉の後、ドアを今にも蹴り破るのではないかという勢いでランは外に出ようとする。が、自動ドアが開くと同時にヒロが飛び込んできた。 「だ、誰か絆創膏持ってないですか!?」 血相を変えて叫ぶくらいだ、これは一大事なのだろうか。何事かと聞けばメンテナンス中に指を怪我したらしい。 すると、ユウヤがズボンのポケットの中を探し始める。右側を引っ張り出し、左側に手を突っ込むと四、五枚が連なった絆創膏が出てきた。 「ヒロ君、気をつけてね」 「ありがとうございます!」 大喜びで去っていくヒロを見送り、少し調べものをしようとユウヤは共用コンピューターの前に腰を下ろした。 何を調べるのかとランとアスカの二人が覗き込むと、「プリンス様に贈る愛の手料理〜肉じゃが編〜」と書かれた少女趣味なサイトが目に入った。ピンク色の背景に宝石がきらめき、フリフリのエプロンを身につけたロール髪の姫が出迎えている。 「プ、プリンス様って……」 床を転げ回ってもおかしくないような表情でこちらを見る二人。また新たな世界が開いたのだろう、それ以上は何も言わなかった。 「お気に入りにあったから見たんだけど面白かったよ。エンペラー様じゃないけどね」 ジンに対する日頃のお礼に色々調べていたら共用お気に入りサイトの中で料理に関するものを発見したという。一般的なレシピサイトも多数あったがサイト名に惹かれて最近見始めたそうだ。ラン達にとっては近寄るのをためらうような名前ではあったが確かに書いてあることは一流だ。 「じょ、女子力たけー……」 「僕は男だよ……」 中性的な容姿のせいか性別を間違えられることはよくあった。それにも慣れてきたのだが、女子力が高いと言われたのは初めてだ。 「じゃあもっと男らしくしなさいよ。もしこんな髪で道場に来たらじいちゃんにむしり取られるからね」 「わわっ、それだけはやめて!」 「冗談よ、でもじいちゃん髪だんだん薄くなってきたからなあ……」 ユウヤは以前ランに空手道場に誘われたことを思い出した。嫌でも体を鍛えられるため、もやしのような体をしていた者が十年後には筋骨隆々のたくましい肉体になって賞を取った、などという話も聞かされた。 ここでも新たな世界が待っているはずなのだが、いくらラン好みの素晴らしい筋肉を鍛えても顔だけはどうにもならない、と敬遠していたのだ。 「でもさ、なんであんたたちって髪伸ばしてるの?」 花咲流次期師範直々の有り難すぎるスカウトもユウヤには効かなかった。仕方ないので話題を変えようとこんなことを聞いてみた。 「切るのめんどいからー。ランは?」 「あたし? 昔から格闘一本だったし髪が短いと性別間違えられるの!」 ユウヤは何かを心に思い浮かべていた。一年ですっかり長くなった髪をとめていたゴムをほどき、思い出と今の想いを語り始めた。 「……ジン君のために変わりたかったんだ。あとは僕をしばらく世話してくれた八神さんへの憧れかな」 あのころの自分には何も残されていなかった。家族も記憶も何もかもが。たった一つ残された体で何が出来るかと考え、ジンへの恩返しが完了するまで髪を切らないと誓った。それを思い付いたのも、机に立ててあった髪の短かった十年前の八神と妻と娘の写真を見てからのことだった。 「願かけねえ……あたしの負けだわ」 「よし、お前がこの中で一番女子力高いから俺たちのドレスと化粧はパスだな!」 「えっえっ」 ランがユウヤをとてつもない力で押さえつける。そこに、アスカがジェシカを呼びにいった。 ◇◆◇◆◇◆ 研究室は長い悲鳴が聞こえてきた。女子達が群がっていたのでこれには関わらない方がいいと、他の男子達は平和な時を部屋で過ごし続けた。 悲鳴が治まるとヒロが絆創膏のお礼におやつに買ってきたクッキーを持ってきた。 「あ、ユウヤさんはお姫様になったんですね! じゃあ僕が王子様になればコスプレ大会は決まりですよ!」 「違うんだヒロ君! これには深いわけがあって……」 2013/03/10 ← 目次 → TOP |