――これは一年くらい前の話だ。とある午後の日に、Nシティの中央公園に位置するカフェの一番奥のテーブルでA国人の金髪に溶け込むような髪色をした二人の男子生徒が語らっていた。 片側にはLBXの設計図を記した紙とハンバーガーとコーラが置かれており、もう片側には折りたたみ式の鏡とサンドイッチと紅茶が置かれている。 A国の同じ高校に通っていてLBXバトルをする同性の日本人だとかで、学科もクラスも違ったけれども共通点は多いという理由でキリトとコウスケはよくつるんでいた。 「美しくない、キミの美的感覚は狂っているのかい!?」 コウスケは設計図が書かれた紙をテーブルに激しく叩き付けた。紅茶やコーラの入ったカップがその衝撃で揺れ、周りにいた者達が振り返る。悪い意味で注目されたために、咳払いをして冷静さを取り戻そうとするにもやはり腹立たしさは治まらない。 いい趣味をしていると罵りあい、各々の愛機の素晴らしさについて語る。いつもと大して変わらない会話の内容だ。今日は「最高のカスタマイズ」について激論を交わしているところである。 「だいたいコアスケルトンの形状からして無理があるに決まっているだろう! それにボクのルシファーの神々しくも美しいボディに腐った血液みたいな色を塗りたくって、そこにマスターコマンドの真っ青な腕をくっつけるなんて一体どんなセンスをしているんだ!?」 数秒して発言の間に乱れた髪を整え、コウスケは渇いた喉を潤した。テーブルに置かれた愛機のルシファーは少し前の戦いで半身は砕け、内部が露出するまでに陥っていた。悪魔と形容するのが一番ふさわしい、そんな姿をしていた。 「君のそれもどうかしているだろう……だから俺がその胴体を使ってルシファーを究極美をもったジョーカー・キリトカスタムに生まれ変わらせてやるよ」 キリトはルシファーを奪い取ると、壊さないように(ほとんど壊れているが)胴体の部分を取り外しにかかる。コウスケは言葉にならない悲鳴を上げながら分解を阻むが、ボロボロになったそれはあっけなく外れてしまった。 「……これでちょっとはマシになったか」 「何てことをするんだ! ああ、ボクの美しいルシファーがあぁ……」 これが二人のいつもと変わらない日常である。 ……いや、そのはずだった。 事の発端はキリトへの電話から始まった。バトル以外でCCMを使っているところをほとんど見たことがない、基本的な機能を凍結させているのかと疑うくらいに以前のキリトはCCMを触らなかった。 それが目の前では親しそうに電話の向こうの誰かと話をしているのだ。盗み聞きをするつもりはないが、すぐ近くにいる以上会話は耳に入ってきてしまう。キリトが目を離している隙にコウスケはルシファーを元に戻すと、聞いていないフリをして紅茶を口にした。 「そうか、え? 今は中央公園のカフェにいるけど……ああ、いいよ」 温かい紅茶は優しく喉を潤して気分を落ち着かせる。自分の喉を通って下に流れていく瞬間さえ美しい、目を閉じてそれを堪能していたのだが、至高の瞬間は無理矢理打ち切られてしまった。 「……な、今、何て……ゴホッ!」 耳に流れてきた言葉によって紅茶を気管に流し込まれ、咳き込みながらコウスケはキリトが電話を切った直後に問い詰めた。やけに熱っぽい声で相手に向かって「I love you.」だなんて囁いたのだから咳き込むのも無理はない。 「キミがそんな電話をしているところを見るのは初めてだ。相手はマミィかシスターだろう?」 「いや、彼女だ」 コウスケは体を支えていたものがなくなったかのようにテーブルに崩れ落ちた。父のため尊敬する師のためとコウスケは日本に戻ったことがあった。その前にはどちらにも女の気配なんかこれっぽっちもしなかったのだから。 お互いそれなりに女子生徒には人気があったが、人となりを知れば皆が逃げていく。では、コウスケが日本にいた間に何があったのか。それを考えている間に、まるで人が変わったかのようにキリトは彼女とやらについて熱く語り始めた。 「――――で、これでも隣の学校に通ってる同い年の子なんだ」 「あまり俗な言葉を使いたくないが……ラブラブなのかい」 声には出さなかったがよくわかってるじゃないか、とでも言うようにキリトはCCMを開くと待ち受け画面を見せた。LBXの趣味を考えればどんな悪女が出てくるのだろうとコウスケは予想していたが、彼女はその真逆と言ってもいい清楚な名花であった。 「う、美しいじゃないか……でも、キミって確かセクシーでミステリアスでデンジャラスな年上がいいって言わなかったかい」 「いつの話だよ……とにかく、俺は彼女の笑顔に惚れたんだ」 続いて見せろとも言っていないのにキリトは撮りためた写真を見せ始める。一枚一枚につき細やかな解説をしながらデート先の公園、行きつけのカフェ、遊園地での思い出を語り始める。異常なほどの饒舌さが彼の喜びを示しているのだとわかった。 「今日はよく喋るな……そろそろボクにも代わってくれないかな」 「もう少しだ。――――そうだ、これはクリスマスイブに撮ったやつでかなり気に入ってる」 サンタの衣装でスプーンに乗せたケーキをこちらに近付けている姿、ツリーを背景に目を閉じて何かを待っているような姿……そして、スライドショーが部屋の中の写真に切り替わった。 「今年の新作の水着らしいが、色々あって俺がダメにしたんだった」 着替え中に絶対にこっちを見るなと言われ、こっそり覗いてみたら彼女は恥ずかしそうにベッドの中に頭からもぐり込んだそうだ。それから悪ふざけがすぎてグラビアアイドルのような悩殺ポーズをとらせたという。それからどうなったのかは聞いていない。 「……本当はこれを待ち受けにしたかったけど怒られた。と、ここからは見せられない」 「ダディ、ボクもう疲れたよ……」 キリトの長すぎるノロケ話についにコウスケは白旗をあげた。 ◇◆◇◆◇◆ 「あっ、遅くなってごめんね! 授業が何だか長引いちゃって……」 あれからしばらくして、一人の少女がこちらにやってきた。写真で見たとおりの可憐さにひまわりのような眩しい笑顔。夕日を背に乗せた彼女は誰の目から見ても美しかった。 A国暮らしが長いので挨拶のキスを見ることには慣れたが、さすがに唇同士のそれには視線を向けられない。コウスケは完全に蚊帳の外に置かれていた。 「今日は何を勉強したの」 「LBX工学についての基礎知識なんだけど……先生の話もみんなの意見も面白いのに専門用語ばかりで難しかったな」 「LBX工学」の言葉に反応し、蚊帳をぶち破ったコウスケが椅子から立ち上がった。 「それならこのボクに任せたまえ! なぜならボクは神に愛された男……」 しかし、スポットライトが彼に移動することはなかった。しょんぼりと腰を下ろすと、少女は彼の方を見て小首を傾げた。 「彼は?」 「こいつは神谷コウスケ。俺の悪友でただのナルシストだ」 これが男の友情、初めて聞いた悪友という言葉に少女は目を輝かせると、コウスケのすぐそばまで近寄って足を止めた。 「二人とも、仲がいいんだね。えっと……私、エイミーっていいます。キリトとはおつきあいしています」 言葉こそ英語だったが、挨拶は教わったらしい日本式のものだった。日本語は少しだけ話せるそうだが、彼女に合わせて英語での会話にした。 今度はコウスケはアイスティーを頼んだ。キリトは再びコーラ、エイミーはオレンジジュースだ。 「美しさにうるさいあいつが君を綺麗だって言ってたよ」 「やだぁ、お上手……」 エイミーはくすくすと笑っている。その隣で彼女の笑顔に見とれている悪友を直視しないように、コウスケはストローをくるくると回し始めた。 「……あ」 指の間を抜けたストローが床に落ちた。拾おうと思ってテーブルの下にもぐると、少し離れた所に落ちていた。やっと取れたと思えば二人は見えないようにテーブルの下で手を繋いでいたので、何も見なかったことにした。 そこで、何事もなかったかのように真面目な話題を振ってみた。 「そうだ、彼女はLBXバトルをするのかい?」 「ああ、君より強いと断言する。バトルより綺麗に飾る方が好きみたいだが」 エイミーは愛機のスワンを見せてくれた。薄桃色に塗られたボディとクリアレッドの羽と、所々にラインストーンが宝石のように散りばめられている。 「ほう……美しい。では、二人でこのボクと戦いたまえ」 コウスケはアイスティーを飲み干し、Dキューブを取り出すと夕日が美しい外に出かけるよう勧めた。 「悪い、今からデートなんだ。また今度な」 今までの出来事は何だったのかというくらいあっさりと切り捨てられ、呆然としたままコウスケは取り残された。二人は代金を払って出ていったのだが、抜け殻のようになった彼にとってはどうでもよかった。 心配そうに様子を見にきたウェイターに声をかけ、鼻をすすりながら飲み物を注文した。 「そこのキミ、コーヒーを持ってきたまえ。……とびっきり苦いのを頼む」 砂糖もミルクもあえて入れず、コウスケは何十倍にも苦く感じるコーヒーを飲んだ。夕日を受けたルシファーの痛々しい胴体がギラギラと輝いていた。 (ボクにはルシファーという美しい天使がいる……悔しくなんかない……悔しくなんか……) 2012/11/11 ← 目次 → TOP |