十月三十一日、午前六時。十月ももう終わりかと名残惜しそうにカレンダーを見た。めざまし時計もつい先日電池が切れたきり、そのまま横たわっている。ジンはベッドを整え、誰も起きてこないので適当にその辺を散歩することにした。
するとキッチンから甘いにおいが漂ってきた。自分が起きるよりも前からいつも朝食を作ってくれているのかと、邪魔にならないように中を覗いてみる。電気は点いておらず夜のように真っ暗な部屋、その中で派手な飾り付けや奇妙な形のろうそくが怪しく光っている。そこに陽気な鼻歌が聞こえてきた。
そこにいる人物は薄く伸びた生地を広げ、型抜きを始めた。黒く大きなとんがり帽子、膝丈より少し短いスリットの入った黒いローブという奇妙な格好をしていた。一体何をしているのだろうかと様子を眺めていると、その人物――ジェシカと目が合った。
「見てのとおり、今は準備中よ」
ジェシカが言うには大きなパーティーの準備をしているらしい。パーティーならば着替えなくてはならないと、ジンは男子部屋にある物置きからパーティー用の衣装を引っ張り出して袖を通し始めた。

「おはよう、ジン……どうしたのその格好?」
バンはまだ夢でも見ているのかとごしごしと目をこすってみた。だが、ジンのスーツ姿は変わらない。話を聞けばこれから大きなパーティーが始まるという。ジンは黒と赤の上等なスーツを着て、白いリボンを器用に蝶結びし、胸ポケットにハンカチを入れた。
「じいやが持たせてくれたんだ」
A国で暮らすのならホームパーティーは避けて通れない。日本での社交パーティーにはあまりいい思い出はなかったため、A国でも積極的に参加はしないが、もしものことを思って執事が荷物にスーツ一式を入れていたそうだ。

一方のバンだが、当日にパーティーがあると告げられてはどうにもならない。パーティーにふさわしい衣装など持っているはずがない。日本から送ってもらおうにも時間がかかりすぎる。そのままの格好で出席するのも場違いに思われるし、あり合わせの服でなんとかならないかと荷物を漁り始める。ガサゴソという音で眠っていた他の三人が目を覚ました。
「あ、今日は例のアレの日ですね!」
ジンの格好を見たヒロが明るい声音で言った。大きな箱をベッドの下から取り出し、中からセンシマンと思しき衣装を取り出した。続いてカズも狼男の衣装に着替え始めた。
ユウヤは一旦部屋を出るとキャリーバッグをごろごろと転がしながら部屋に入ってきた。そして長いローブを身にまとい、首に十字架をかけた。
次々と三人が用意していた衣装に着替え終わるといよいよバンは焦り始めた。しかし、パーティーだというのにジンとは対照的に怪しげな格好をしている三人を見て首を傾げた。こんなおかしな格好でも大丈夫なのだろうか。
「ユウヤさん、ずいぶん本格的ですね!」
「アリス君がこの衣装を貸してくれたんだ。ヒロ君もすごく似合ってるよ」
「ありがとうございます!」
神父の格好をしたユウヤと、黒とオレンジ色のセンシマンハロウィンVer.の衣装を着込んだヒロ。謎の合図とともに決めポーズを数回し、小さな紙袋を持った。
「ジン君、それは何のコスプレ?」
上から下までまじまじと眺めたあと、ユウヤはジンの顔を覗き込んでくる。ジェシカといいあの三人といい、今日の格好は普通ではない。正装をばっちり決めたこちらの方がおかしいとさえ思えた。
「今日はハロウィンだよ。だからこうやってみんなで仮装するの」
「仮装か……悪いが僕はそんな衣装を持っていないんだ」
問題ないよ、とでも言うようにユウヤはキャリーバッグからさらに衣装を取り出し、仮装用の衣装をジンに着せていった。上品さと優美さを兼ね合わせたマントを羽織らせ、つばの広い帽子をかぶせ、模造品のレイピアを腰に刺した。鏡の前に立ってみると、海賊の格好をしているのがわかった。
「……仕方ないな」
「ジン君はこれで大丈夫、と……」
三人が揃ってバンの衣装を楽しみに待っていると言い残し、ジンもあとに続いて部屋を出た。
「あ、ちょっと……!」


ぽつんと部屋に置いてけぼりにされたので、バンは外に出てお菓子を買ってくることにした。仮装用の衣装はなくても、お菓子さえあればなんとかパーティーには出られるだろう。近くの店で何かを買おうと路地裏の近道を通った。
「お困りのようだな、少年」
誰もいないはずの路地裏の角から突然仮面の男が現れた。どこか見覚えのある仮面と、Jの文字……第三回アルテミスに出場していたマスクドJだ。
「と、父さん!? こんな所で何やってるんだよ……」
まるでここにバンがやってくるのを見越していたかのような完璧なタイミングで彼は現れた。それにいつもの白衣姿ではなくてこの格好、手にはお菓子の入ったバスケットを持っている。
「ここに君が望むものが入っている。受け取りたまえ」
バンはマスクドJから白い紙袋とチョコレート菓子の袋をもらった。しかし、次に口を開いたときにはそこに彼の姿はなかった。

ダックシャトルの男子部屋に戻り、紙袋の中身を出す。チョコレート菓子に加え、全身用の真っ赤なタイツと黒と赤のマント、ベルトに手袋、ブーツと仮面が出てきた。その下からはヘアワックスとLBXの入った箱が出てきた。
「Bキッドか、LBXはかっこいいけどこの格好はちょっと……」
などと言うが、鏡の前に行って仮面をかぶってみる。
「はは、何だこれ……」
マスクドJのように仮面は似合わなかったので、おかしな姿に笑いがこみ上げてくる。外そうと手をかけようとしたが、突然操られたかのようにバンは服を着替え始めた。
「ダディ、マァム、マスカレードに行ってくるZE〜!」
前髪を上げて仮面の下で奇妙な笑顔を見せると、バン改めマスクドBは颯爽と駆け出した。


――その頃の八人はNICS本部の指令室にお菓子をもらうために訪れていた。最年長のジェシカが魔女の杖を旗代わりに振り、先頭を切った。コスプレは嫌だと言っていたが、ハロウィンだけは例外だそうだ。
仮装した大人達から各自持てるだけお菓子をもらい、お菓子など持っておらず興味なさそうに髪をとかしていたコブラのサングラスをずり下げたり髪をぐしゃぐしゃにして指令室を去った。

もらったお菓子をパーティー用に借りた部屋のテーブルに広げ、今から何をするか話し合った。話し合いの結果王様ゲームをすることになり、紙を九枚に分けて数字を書いたところで一人足りないことを思い出した。
「そういえばバンさんはどこに行ったんでしょう?」
衣装やお菓子がどうのこうのと言っていたが、あれからどうなったのだろうか。ひとまず紙を配るのは後にして、CCMで連絡を取ろうとしたそのとき――

「HEY! 待たせたな!!」
ドアを破るような勢いで奇妙な格好をした者が現れた。英語交じりの口調、マントと全身タイツに仮面、ここはハロウィンのパーティー会場だったが多くの者が不審の目を向けた。
「誰だお前は! お前がバン君をさらったのか!?」
バンではなく、突然の見知らぬ人物の乱入にジンは動揺し、他の者達も混乱していた。
「俺はミステリアスでパッショネイトな仮面の貴公子、マスクドBさ! バンならどこかに出かけたよ。……それよりすかしたそこのユー、俺とバトルだ!」
「……いいだろう」


◇◆◇◆◇◆


「HAH! 俺がウィナーだぜ!」
「……な……!?」
互角、いや、それ以上に彼は強かった。やけに高いテンションと情熱的な戦闘スタイル、アルテミスに出ていてもおかしくない強さに目を丸くしている間に、今日のために塗装してみた海賊王トリトーンがブレイクオーバーしていたのだ。
マスクドBが愛機とともに勝利のポーズを決めると、ヒロとユウヤが目を輝かせた。その間に吸血鬼の格好をしたアスカが入った。
「お前が強いのはわかったからお菓子くれよ、でないとイタズラするぞ?」
両手を差し出し、お菓子が出てくるまで動かないアスカ。この格好でどこから出したのかよくわからないがチョコレート菓子が出てきた。
「マスカレードの始まりだ! アーユーレディ?」
乱入してきた謎の人物に勝手に仕切られマスカレード、いや、ハロウィンパーティーが始まった。

バトルの前に決めた王様ゲームを今からすることにした。ただし異性と当たったときのことを考慮しある程度は命令を自重することを条件に、だ。まずは持ち前の幸運さで王様を引き当てたアスカが堂々と命令した。
「三番の奴は腕立て伏せを十……いや、三十回に負けてやるよ!」
「俺だ」
三番、カズが名乗り出ると人のいないドアの前まで出てきて腕立て伏せを始めた。つらそうな表情など一切見せずに軽々と三十回のそれをこなした。ランを除く他の者達は当たらなくてよかったと息を吐いた。ヒロに至っては顔が真っ青だ。
続いて王様を引いたのはアミだ。可愛らしいピンクの妖精の格好をしているが、出される命令はどんなに恐ろしいものかと全員が身構える。
「七番は四番のいいところを目をしっかり見ながら十個あげて!」
「四番誰!?」
ランは手を勢いよくテーブルについて立ち上がった。照れずに褒められる相手ならばいいのだが。
「僕だよ」
「えーーーー!!」
にこやかな顔をして紙を広げるユウヤと、全身の毛を今にも逆立てそうな黒猫姿のラン。彼女にとっては腕立て伏せの方がマシだったようだ。
褒められる点は一緒にいるうちにたくさん見付かったのだが、面と向かって褒めろと言われると苦しい。褒められて照れるユウヤと褒めて照れるランの様子が面白くて皆が笑っていた。
次はジェシカが王様の番だ。好きな曲を熱唱するように命令すると、ヒロが立ち上がった。杖をマイクの代わりに借り、センシマンのテーマソングを効果音やポーズ付きで魂を込めて歌い始めた。まさに熱唱の言葉そのものでユウヤが拍手を送ると二番、三番まで全力で歌いとおした。

……などと、全員が一通り命令する側とされる側に回ったので最後のくじを回した。テンションも最高潮に達したようで王様だーれだ、のかけ声も大きくなっていた。盛り上がってそわそわと動く者達の間からすり抜けるように王冠のマークが書かれた紙を持った手が伸びてきた。
これまで割と精神的に苦しい命令を与えてきたユウヤを見て他全員の顔が引きつった。別に他人を苦しめたいわけではなく、毎週放送しているバラエティ番組が面白くてその内容を真似しているだけだったが。
「六番の人の一発芸が見たいな。でも、LBXは使用禁止でね」
「……ま、また僕か」
うさぎとびで部屋を一周させられたり、異性のランにお姫様抱っこされたりと命令される側に回ったときは何かと悲惨なジン。ラストを自身の一発芸で飾るなんて、祖父の開いたパーティーで習い事の成果を披露したこと以上に大きなプレッシャーだ。
神父の背後で悪魔が笑っているような気がした。爽やかな笑顔で命令をするものだからこちらも笑うしかない。
「LBXは使えないから電車は止められないね。だから裸おどりでも火の輪くぐりでも何でもいいよ!」
「あれは芸じゃないんだが……それにあまり喜ばしいことではない」
ユウヤが色々なことに興味を持つのはいいが、それにしても妙なことを覚えたものだ。ジンはテーブルクロスの端の部分をつかむと、一気に取り去った。お菓子を入れた皿やジュースの入ったコップが一瞬浮くが、すぐに元の位置に戻った。
祖父には内緒で執事に教えてもらった「技」が十四年生きてきた中で初めて役に立った。ジンらしい芸だと他の八人からは賞賛され、これにて王様ゲームは幕を閉じた。


パーティーはとても楽しく、あっという間に時間が過ぎてしまった。しかし、あれからいくら待ってもバンは出かけたまま戻ってこなかった。いくらなんでもこれはおかしい、何かあったのではないかと口々に心配の言葉を口にすると、きまりが悪そうにマスクドBが席を立った。
「なかなか楽しかったぜ〜! では、シーユーネクストタイム!」
マスクドBは腹をさすりながら後ろ向きに部屋を出て数歩歩いた後、周りを確認しながら猛スピードで走りだした。開いたままのドアを一番近くにいたジェシカが閉めた。
「ジン君、あの子どこに行ったのかな」
「お手洗いだろう」
ジンは彼の不自然な動きからそう判断したようだ。そこにヒロが間に入ってきた。
「あの格好でですか? センシマンもあのときは大変だと言っていましたし……」
ヒロはセンシマン番外編、トイレについてのエピソードのことを思い出した。食べ物がある前で話をするのは控えたが、かっこ悪いセンシマンもかっこいい、とだけ言った。

三十分後、バンがどこかから戻ってきた。前髪が少し跳ねていることを除いては普段と変わらない姿だった。ただいまと言うと全員がおかえりと返した。
「バン、トリックオアトリート!」
吸血鬼の格好をしたアスカがおもちゃの槍をバンに向けた。言われなくてもわかってるよ、とバンは袋の中を見たが、何もなかった。続いてポケットに手を入れたがやはり何も入っていない。場所を間違えたのかと、ある限りのポケットを引っ張り出してまで探したが本当に何も入っていない。
「お菓子がない! 袋に入れたはずなのに!」
そこに、包み紙を開いてお菓子をかじっているヒロの姿が見えた。
「あれ? そのお菓子……」
「マスクドBさんにもらったんです。バンさんもお一つどうですか?」
残っていたチョコレート菓子をもらい、それを口に含んだ。この味、この食感……親子二代揃って大好きなあのお菓子のものだ。
「結局、お菓子持ってないの?」
にやにやと笑いながら吸血鬼が近付いてくる。続いて狼男、黒猫、魔女に妖精もだ。そして、次から次へと仮装した者達が迫ってくる。仕舞いにはためらいつつも海賊までがやってきた。
「やられた! マス……いや、父さん、覚えてろよ……!」
バンは降参して両手を高く上げた。後ろに回ったカズが両手を固定し、アスカが号令をかけた。
「よーし、突撃だー! こちょこちょこちょこちょ……」
その夕方、悲鳴の混じった笑い声がNICSから聞こえてきたとか。

2012/10/31

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