レックスの野望を打ち砕いてからしばらくして、俺はジンの別荘に時々遊びに行くようになっていた。
と言っても、かなり遠いし何より一人では道がよくわからない。そう言ったらジンの頼みで執事さんが俺の家まで迎えに来てくれるようになった。
初めて遊びに行くときには戦闘機が俺の家の近くの公園に止まっていた。目立つから恥ずかしい、と言うとそれからは黒くて長い車が来た。

ジンの別荘は海道邸から少し離れた海の方にある。もう家には帰ることはない、と自分の部屋のものは全て別荘に移し、執事さんと二人で暮らしている。
学校も一度転校したものの、また戻ってきてくれるようになった。
相変わらずの戦闘機登校にクラス中どころか、学校中のみんなが注目している。本人が言うには「家から遠いから」だ。もう学校では会えないと思っていたけど、また一緒にいられるなんて夢のようだ。


「着きましたぞ」
何度見ても凄い建物だ。下から見上げてもてっぺんがよく見えない。むしろ別荘より城という方が似合うかもしれない。簡単に言うと海道邸の和風部分である瓦を取り除いて少し西洋風にした感じ……かな。
「いつもありがとうございます」
俺は送ってくれた執事さんにお礼を言って、ジンの部屋の前まで一目散に走り、そこでインターホンを押した。
「俺だよ、遊びに来たよ」
『バン君? 今開けるよ』
ドアが開いたので、俺は中に足を踏み入れた。
「お待たせ! 今からバトル……どうかな」
「僕もそう思っていたところだ」
俺たちは部屋の真ん中にある城砦のDキューブの前に行った。
CCMとLBXを取り出し、位置につく。
「今日は俺が勝つからね」
「さあ、どうかな……」
俺はこの日のために入念にオーディーンをカスタマイズした。
CPUにはユニコーンL500、モーターにはハニカムB600とそれから色々……コアパーツも一から見直して自分なりに最高の組み合わせにした。
バトルスタートの合図が出され、俺はオーディーンを出撃させた。

バトルが始まるのとほぼ同時に部屋のドアが開いた。
「バトル中失礼します。Jという方から小包を頂いたので、そこに置いておきます」
「J」、という言葉に俺たちは手を止めた。父さんだ。父さんがジンに届け物?
よくわからないけど何だろう……
「山野博士が僕に?」
小包は無地の白い箱で、差出人名に「J」としか書かれていなかった。
蓋を開けてみると、中には二体のLBXと二つに折られただけの紙が入っていた。
それはアルテミス決勝戦の後、粉々に爆発したはずのアキレスとエンペラーM2だった。
紙を開くと、父さんの字でこう書かれていた。
『もう必要ないかもしれないが、アキレスとエンペラーM2を直し、性能も上げておいた。勿論、エンペラーM2からは自爆装置を取り除いてある』
「父さん……」
粉々になった愛機の無惨な姿を見ては、あのことがいつも脳裏に浮かぶ。しかし、両機からは爆発したことを匂わせるようなヒビは一寸もなく、新品同様の姿かたちをしていた。
「思い出すなあ……初めて自分のLBXを持ったときのことを」
なつかしい感じに俺はオーディーンをDキューブから取り出し、アキレスの隣に並べてみた。
それを見てジンもゼノンをエンペラーM2の隣に置いた。
「アキレスとオーディーン、君はどうするんだ?」
「え?」
「いや、これからどっちを使うのか気になったんだ」
俺は二機を見比べる。初めて持ったLBXであり、父さんの腕にかかって性能も格段に上がったと思われるアキレスと変形してかっこいい今の愛機のオーディーン。どちらにも愛着はある。この二つから一つだけを選べなんて……


「うーん……」
「迷っているのか? 僕もそうだ。僕の理想のLBXのゼノンと山野博士が性能を上げてくれたエンペラーM2……どちらも捨てがたい」
今はCCMの情報をオーディーンに移してあるのでアキレスは動かない。仙道みたいに同時に動かせられたらいいのに、と思うが自分にはそんなテクニックはない。
「ダメだ、自分の機体に優劣なんてつけられないや……」
俺はがっくりとうなだれた。
それを、四つの目がじっと見ている。「二人」に直接聞けたのなら、決まるだろうか。LBXは人間と同じくらいに複雑な動きはできるが、決して言葉を話すことはない。ただ持ち主の命令を理解してそれに従うだけなのだから。
「情報さえ移動すれば二つとも交互に使える。僕はそうするよ」
「あ、そうか」
なんで今まで思いつかなかったんだろう。俺は顔を上げた。性能の上がったアキレスを見てみたい。俺はCCMをオーディーンに向けた。
『CCM上の全てのユーザー情報を削除します』
オーディーンの瞳から光が消えた。それと同時にゼノンの瞳も光が消えた。
「……」
いよいよか……と思い、俺はジンの方を見る。
「バン君、これを期にLBXを交換してみないか」
「へ?」
「実は初めてバトルしたときからアキレスの性能が気になっていたんだ。その……良かったらでいいんだ、僕に君のアキレスを使わせてほしい」
ジンが俺のアキレスを? ということは俺がジンのエンペラーM2を使う、ということか。
「いいけど、俺はエンペラーM2を使いこなせるのかな……」
「大丈夫だ、君はオーディーンも使いこなせただろう。それと同じだ」
「うん」


俺たちは二つのLBXにデータを送った。
『新しいユーザー情報を追加します』
俺のCCMの命令を受けてエンペラーM2が動き出した。
まだ慣れないためか、ヨロヨロしている。ジンもアキレスの操作に意外と苦戦しているようだ。元の持ち主の操作癖が残っているためか、慣れるまで少し時間がかかりそうだ。
「ハンマーが重くて動かしにくいな……」
俺はエンペラーM2の動きをじっと目で追った。アキレスは槍を回し始めている。もう慣れたってことか……
「やっぱりジンはすごいな……」
「そうかい? 操作には慣れてきたけれど、変えたのを忘れてエンペラーM2と間違えるんだ」
俺はそんなことなかったのになんだか意外だ。でも、いざバトルとなったら俺も間違えるかもしれない。
「わかりやすいように塗装する? アキレスはもうジンのだし、好きに塗っていいよ。その代わり……俺もいいかな」
「ありがとう。色々あるから好きなの使ってよ」
ジンが部屋の隅から箱を取ってきた。その中には所狭しとLBXの塗装に使う塗料やマーカー、筆などが入っていた。
「いいの? じゃあ白のスプレーある?」

――二つのLBXはお互いの色に染まっていった。乾燥を待つ間、俺たちは今までのバトルを振り返った。
アングラビシダスやジンの部屋(邪魔が入ったけど)やアルテミス決勝戦での一騎打ち。河川敷でのバトルに、チームを分けてのアキハバラキングダム……それから今まで、思えば色々なバトルがあった。

「もう乾いたんじゃないかな」
塗装をしてからしばらくして、分けたパーツはみんな乾いていた。あとはコアスケルトンにセットすれば完成だ。
完成後の姿を思い浮かべながら一つずつはめ込んでいく。
「アキレスがかっこよくなってる……」
「エンペラーM2も見事だ」
お互いの意思を宿した元の愛機はすっかり持ち主に馴染んでいた。
俺の新しい機体は白を基調としたボディ、冠のように特徴的な頭部はアキレスと同じ赤、所々に青をアクセントとしたトリコロール。
一方、ジンの新しい機体はエンペラーM2の元の姿を彷彿とさせるような漆黒のボディと深い紫色。そして目の上の赤がその精悍さを引き立てている。
「ジンのアキレスは暗黒騎士って感じがする」
「暗黒騎士アキレス……良い響きだ。なら、バン君のは聖騎士ってところか」
「聖騎士エンペラーか……」
俺たちは顔を見合わせて笑い合った。
「これからよろしくね、聖騎士エンペラー」
「君の名に恥じないように暗黒騎士アキレスを使わせてもらうよ」
俺たちの友情の証として交換したお互いの愛機。
こんな日が来るなんて思ってもみなかった。だから、嬉しい気持ちでいっぱいだった。

最後に、俺たちはお互いのコアパーツを入れ替えるために蓋を開けた。ピンセットで慎重に一つずつ取り外して机に並べていく。
「結婚式で指輪の交換してるみたいだったね」
「……!」
ジンの持つピンセットからバッテリーがガシャンと音を立て、暗黒騎士アキレスの上に落ちた。
しかし、まるで何事もなかったかのようにジンは落ちたバッテリーを拾い、机の端に置いた。それから黙々とコアパーツを順番に並べ始めた。
結婚式って愛し合う男女のものだった。別に俺たちはそんな関係じゃないし、例えがまずかったかな……
「……」
「ごめん、今の冗談」
「……誓ってみるかい?」
予想外の反応に俺は驚愕し、手を止めた。今、確かに「誓う」って意味のことを聞いた。空耳でもない、はっきりとその言葉はジンの口から発せられた。
俺の何を……と言うよりも早く、少しの間髪を容れることもなく、ジンは言葉を続けた。
「健やかなるときも……」
「え……ええっ!?」
――これって結婚式で神父さんの言うアレだよな? それを今ここで……!?
俺の動揺っぷりにジンはくすっと笑う。もしかして遊ばれてる?
思考が追いつかず俺は混乱した。自分で言ったはずなのに、これでは立場が逆だ。
「誓いの言葉」は終わりを迎えようとしていた。
「ともにLBXバトルを続けることを誓いますか」
「ち、誓います!」
咄嗟に思わず立ち上がる。その勢いで机の上のコアパーツがいくつか倒れた。
俺が立ったからそれに合わせるかのようにジンもコアパーツを倒さないようにゆっくりと立ち上がり、俺の方をしっかり見据えた。

「僕も……誓います」
そして、お互いの目を見交わした。まさか、こんなことになるなんて……
「バン君……」
「ジン……」
俺はこれから起こるだろう出来事に備え、目をつむった。
「んっ」
俺の唇にやわらかいものが押し当てられる。うっすらと目を開けてみると、そこには――


「!?」
指……ただの人差し指だった。ジンの唇だと思っていたやわらかいものは指だった。
俺は恥ずかしさのあまりに両手で顔を隠してしばらく座り込んだ。
「二つとも、コアパーツは全部入れておいたから」
ジンにドライバーと、なぜか暗黒騎士アキレスを渡された。ジンのもう一つの手にはドライバーと俺の聖騎士エンペラーがある。
「それで僕の暗黒騎士アキレスのネジを閉めてくれ」
言われたとおり、ネジを閉める。これが何を意味するのかはわからないが、ジンがしたからには何か意味があるのだろう。
「……封印、だ。さっきの『誓いの言葉』のな」
ジンからネジも閉めてついに完成し、「誓いの言葉」を封印した聖騎士エンペラーを渡された。

「バン君……さっきのバトル続き、しようか」
「ああ!」

2011/10/02

 目次 →

TOP



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -