Re:start 3-2

――あれから数ヶ月が過ぎた。大激闘の末、世界の平和は守られたのだが、彼の戦いはまだ終わりを迎えてはいなかった。
苦しいリハビリを終え、ユウヤは退院と同時にジンの滞在している別荘に引き取られた。わずか数ヶ月の間に小学校で習う六年分の基礎教科を物凄い勢いで習得し、軽い運動で体力もついてきた。イノベーターにいた頃に詰め込まれた偏った知識から、考え方にも柔軟性が現れ始めた。
そんなユウヤですらリュウビの操作には苦戦していた。まず、CCMスーツのように考えただけでは動かない。速すぎる思考に体が追い付かず、なかなか思うように動かせない。それもうまくいかない理由だったが、何かが違う。

今日はLBXのコアパーツについてをジンの執事から学ぶ予定だ。戦いを制する者は手足などのパーツだけでなく、コアパーツにも手を抜かない。
コアパーツをピンセットで取り出し、落とさないように一つずつテーブルに並べてじっくりと観察する。最も最適なCゲージ出力とバッテリー消費の割合を考え、このコアパーツを入れるなら、どうすれば隙間がなくなるかを紙に書いていく。
「コアパーツのことはおわかりになりましたね。では、Mチップについてお教えしましょう」
「Mチップ?」
Mチップとは、LBXを制御するために入れることを義務付けているものだ。だが、それらしきものはどこにも見当たらなかった。
「この辺りにあるはずですが……おかしいですね」
どうやらリュウビは常識を覆す造りのLBXらしい。Mチップが搭載されていない、そのことを知ってか知らずか、ジンはとんでもない代物を持ち帰ってきたようだ。

その夜、ユウヤはふとリュウビとは何だろうと考えた。執事に聞いてみると、中国の英雄である「劉備」が名前の由来になったと言う。
リュウビのこと、そして劉備のことをもっと知ればいつかジンに追い付けるだろうか。そんな希望を抱きながら、「英雄のように」と何度も唱えながらユウヤは毎日練習に励んだ。


――数週間後、
「必殺ファンクション、白虎衝波斬!」
剣の熟練度もだいぶ上がったと思われる。リュウビにぴったりの必殺技も覚え、ジンにLBXを教えていたこともある執事を負かすまでに上達していた。

「ただいま」
部屋のドアが開くと、凛とした声が聞こえた。世界を巡る長旅を終えたジンが帰ってきたのだ。
部屋の中央に置かれたDキューブでは、勝利の舞を舞うリュウビと足元に横たわるジョーカーがあった。肩よりも長く伸びた髪が宙に舞い、愛機と同じようにユウヤもくるくると回っている。
驚異的な回復力と、魂が宿ったかのようなリュウビの動きはジンを驚かせた。
「すごいな、ユウヤ。君にこれを渡して正解だった」
「本当に!? そうだジン君、僕、竜源のテストプレイヤーになったんだ。だから戦闘データ取らせて!」
今も協商関係にあるサイバーランス社のプロトゼノンの後継機であるゼノンと、竜源のリュウビ……二社の最高傑作同士のバトルが始まった。


◇◆◇◆◇◆


「やっぱりジン君は強いや」
「ユウヤだって強かったよ、あそこで必殺技を避けられなかったら僕の方が負けていた」
実力は五分五分といったところか。激しい攻防の末、勝利を勝ち取ったのはゼノンだった。
二人は愛機をDキューブから回収し、メンテナンスをしようとソファーに座った。テーブルの上の中国語の教科書類を横に寄せ、愛機を置いた。丁寧にグリスを塗った後はお互いの強さを認め合い、さらなる高みを目指そうと切磋琢磨することを誓った。

「そうだユウヤ、そのうち墓参りに行かないか」
急に話題を切り替え、ジンはユウヤに尋ねた。両親の命日は過ぎてしまったが、二人揃って墓参りに行ける。そして何より、ユウヤにとっては初めての両親の墓参りだ。行きたい、と即答すると二人で日時を取り決めた。

――各駅停車の電車に揺られての二人旅。墓前での抱擁を交わし、ジンの本名を知った。ある男との出会いを経て、感謝の言葉を口にした。


そして、その日から一週間をともに過ごした。毎日のようにバトルをし、色々なことについて語り合った。
今日は出かけることになったので執事に車を出してもらった。ドアを閉め、車は加速していく。バックミラーを見るとジンは大人しく座り、ユウヤは外の景色をじっと眺めている。
「ジン君、人がいっぱいいるよ! お祭りかなぁ」
ユウヤは人を見ようと窓にべったりと貼り付いているが、この時期に祭は行なわれていない。ただ人通りと交通量が恐ろしく多い交差点だ。この景色も見飽きたと、ジンの方はカーテンを閉めている。
「何か考えてるの?」
「……!」
急に顔を覗きこまれ、思わず変な声を出しそうになる。言われたとおり何かを考えていたが、平常心を保とうとジンは深く息を吸った。
「見たよ、飛行機のチケット。どこかに行くんだよね?」
引き出しの奥に入れていた飛行機のチケット、場所からして隠していたのだろう。
「……いつか言おうと思っていた。でも、君の楽しそうな様子を見ていては言えなかったんだ」
今日は一緒に出かける日ではない、別れの日なのだとわかった。
この日が来るまでは別荘の敷地内からはほとんど外に出ず二人で楽しい一週間を過ごした。これからは一人じゃない、そのことがユウヤに大きな安心感を与えた。
しかし、別れのことを一度も告げることなく隠すという形で裏切られ、今更になって謝られた。
もし事前に言ってくれたのなら、ショックは受けるだろうが待っていられる。九年と少しも待てたのだから。十年、二十年、五十年でも、心の準備さえしていれば生きている限りいつまでも待っていられる。
「僕がかわいそうだから?」
「…………」
答えは返ってこない。不幸の底から光を手にしたジンと、闇に呑まれたままのユウヤ。幸か不幸か、どちらかの言葉を当てはめるならば、答えは見えている。
「じゃあ、僕が邪魔だからどこかに捨ててこようと思ってるんだよね」
ユウヤが早口になるのとは対照的に車はスピードを落としていく。信号が黄色に変わり、赤になった。
「そうじゃない、知り合いに預けるだけなんだ……!」
「……そんなの、捨てることと変わらないよ!」
車が停まった隙にユウヤはロックしていたドアを開け、どこかに走り去ってしまった。ユウヤの向かった方向を見て、ジンは追いかけようとシートベルトを外すが、信号は青に変わってしまう。

道路から逸れ、車を停められる所で停車してもらうとジンはユウヤの後を追った。
彼の行動範囲では行ける場所も限られている。あまり遠くには行っていないとは思われるが、早く見付けなければ何があるかわからない。数分して執事が追いついたので手分けして付近一帯を探したがユウヤの姿はどこにもなかった。
日が暮れても月が出ても探し続け、それでも見付からない。行方不明のまま一日が過ぎた。
A国に出発する予定をキャンセルし、翌日も探し回った。ユウヤを預けるつもりだった八神にも手伝ってもらったが結局この日も見付からず、夜遅くなってしまったので引き返すことになった。


――深夜一時、奇妙な夢を見て目が覚めた。二人で真っ暗な世界に取り残され、底の見えない水の中に一緒に沈んでいく夢を見た。温かい布団と十分な酸素が寝室にはあるはずなのに、やけに寒さと息苦しさを感じた。
(……ユウヤが出ていったのは僕のせいだ。僕が大事なことをいつまでも隠していたから……)
A国に留学するか、このまま日本にいるか。LBXでのバトルを続けるか、ここでやめてしまうか。二つの葛藤に板ばさみになり、追い詰められたからあんな夢を見たのだろう。
暗い水底は二人の両親が眠っている場所だ。生きていては彼らにどう足掻いても逢えないことはわかっている。ならば、夢の中で死んで逢おうとしていたのか。
「ユウヤ……!」
よくわからない夢を見たのだから、気分はあまりいいものではない。ジンは外出用の服に着替え、部屋を出た。
「お坊ちゃま、どこに行かれるのですか」
突然執事に後ろから呼び止められ、ジンは振り向いた。食事もあまり喉を通らず、顔色も悪く、さらにはずいぶんうなされていた。ユウヤがいなくなってからたった数日でここまで弱ってしまうジンが心配でたまらなかったそうだ。
「海だ。そこにユウヤがいる」
確証があるわけではないが、行き場のほとんどないユウヤはそこに行ったのではないかと思った。そこはまだ探していない。だから可能性はある、そして、夢が表していることも気になる。


真夜中の海、ピークもとっくに過ぎている。静寂に包まれたそこは波の音だけが聞こえ、夏に見かけたカニもいない。ユウヤの居場所を聞き出すかのように静かな波音に耳を傾け、両手で海水をすくい上げた。
たったこれだけしか自分の両手ではすくえない。すくった分もすぐに指の間をすり抜けていく。せっかく手にしたものもこんな風に消えてしまう、このままではユウヤも……消えてしまうかもしれない。

上空からぽたりと滴が降ってきた。しばらくすると押し殺した心が泣いているかのように雨は激しくなり、砂浜一面に広がった。顔に貼り付いた前髪がうっとおしいので払い、車で待つ執事の元へ帰ろうとした。
「ひとりはやだ、お家に帰りたいよぉ……!」
どこからか声が聞こえてくる。大雨で小さくなってはいたが、聞き間違えるはずがない。砂を散らせ、声のする方に走っていくとユウヤが膝を抱えて泣いているのが見えた。
着るものがなかったので貸した上等な服も、肩が見えるくらいまでボロボロに破れている。ピカピカに磨かれた靴も流されて、何も食べていないのでお腹も空かせているだろう。
雨を振り払うように声を張り上げ、ユウヤの居場所を探す。この辺りにいるのは間違いない。
「ジン君、ジン君! 僕はここだよ!!」
泣き疲れて掠れてしまった声を必死に振り絞って叫んだ。見付けてくれるのならここで喉が潰れても、心臓が止まってさえも構わなかった。
久し振りに大声を出して息も絶え絶えに、顔を上げてジンが来てくれるのを待つ元気も残されておらず、足の指で砂をつかむのが精一杯だった。
「ユウヤ!」
濡れて汚れて飢えに苛まれて、外国に行ってここにはいないはずの者がそこにいる。一瞬、死んでしまったのかとさえ思った。
「ジン君……」
掠れた声は波にかき消されたが、砂で汚れた手をおずおずと伸ばした。もう一度触れたい、でもこんなに汚れた手では触れられない。触れてはいけない。そう思い、ユウヤは軽く握りこぶしを作って膝に乗せた。
すると、ジンはこちらに近付いてきた。雨と海水で濡れた手を重ね、そのまま体温を分け与えるようにそっと抱き締めた。
「僕、ジン君にまた迷惑かけちゃった……ごめんなさい、ごめんなさい……」
大粒の雨と涙が混じり合い、消えてしまいそうな声でユウヤは謝り続けた。遠く離れた海で見付けてもらったのも、抱き締められたのも、嬉しかった。でも、冷え切って汚れた姿では何も返せない。手を握り返すことも抱き締め返すことも。何か言おうと口を開くと、中で砂がジャリジャリと音を立てた。
「……なんで、僕にこんなに優しくしてくれるの」
「君が大切だからだ」
家族のように、と最後に付け加えた。そう思える存在はいるけれども、どちらにも本当の家族はいない。性別という壁があるせいで結婚して家族になることも新たな家族の誕生も望めない。それでも大切だから傍においてくれるのだ。

降り続く雨の中、ユウヤはジンの腕の中で声をあげて泣いた。雨で悲しみを洗い流すように、罪すらも洗い流すように強く抱き締め合った。


一人では立てないユウヤの手を引いて起こし、来た道を戻る。頼りない足取りでも決して後ろではなく、前に進んでいる。砂に足を取られて転びそうになりながらも着実に進んでいる。
「Горе не море, выпьешь до дна、か……」
聞いたことのない言葉にユウヤは首を傾げる。普段話している日本語でも、勉強中の中国語でもない。
「悲しみは海ではないから、しっかり飲み干せる……ロシアにはそういうことわざがあるんだ。だから君も僕も、どんな悲しみだって乗り越えられるということだ」
「どんな悲しみも……」
ユウヤはその言葉を心に刻み込むように繰り返した。忘れてはならない深い悲しみ、長い長い苦しみ、生と死の境界。それら全ては海ではないのだから。
「……昔、おじい様が悲しむ僕におっしゃったんだ」
九年前、一人だけ生き残ってしまったためにジンは毎日を泣いて過ごしていた。「海」の姓を与えられたことも影響していた。そこに祖父はあの言葉を幼いジンにもわかるように言い聞かせた。


「お坊ちゃま、ユウヤ様! やっと、見付けました、ぞ……」
傘を持った執事が息を切らして走ってくる。
こんな大雨の中にいたら風邪をひいてしまう。一本しかないが大きい傘に三人で入り、車に向かった。

長くて柔らかいブランケットを膝に乗せてやり、ジンはホットミルクの入ったカップを差し出した。そしてかつて祖父がしてくれたようにユウヤの頭を優しく撫で、一息したらパンをあげた。今はこれくらいのものしかなかった。
「ジン君、予定をキャンセルして来てくれたんだよね……」
泣きやんだと思えばまた涙があふれてきた。嗚咽をこらえようとしても、背中をさすられてはすすり泣く声が漏れてしまう。しばらく泣いて落ち着いたところで今までの思いを口にした。チケットを破ろうとも思ったことも包み隠さずに言った。でも、応援する気持ちが邪魔をしたと加えた。
「僕の方がもっとひどいよ。昔おじい様が国会に提出する書類を破ったことがあるんだ」
祖父が仕事で忙しいのはわかっていた。それでも寂しくて一緒にいてほしかったと言う。だから、わけのわからない紙切れがなくなれば一緒にいられると思っていた。いない隙に机に置いていた書類を破ったのが見付かって、それはそれは怒られた。執事がコピーを取っていたのが救いだったのだが。
今となっては笑い話として話せるが、当時は深刻なものだった。なので、ジンにもユウヤの気持ちがわかっていた。
「本当? あのジン君が?」
ユウヤは信じられないように執事に聞いてみるが、その声は笑い声を含んでいた。
「ええ、本当ですとも。お坊ちゃまは他にも……」
「じいや! あのこともそのことも昔のことだからもういいだろう!」
今は真夜中だ。近くに人がいれば何事かと飛び起きるような大声でジンは執事の言葉を遮った。ごまかすように咳払いをし、タオルで濡れた顔をごしごしと拭くフリをして真っ赤な顔を隠していた。完璧そうに見えるジンも実は同じ道を辿ってきた、それがユウヤにとっては面白くてたまらなかった。


◇◆◇◆◇◆


海道家別荘に到着し、遅すぎる食事が始まった。本邸とは違い、豪勢なものではなかったがそのくらいがユウヤにとっては丁度よかった。丸二日近く何も食べていなかったので残り物までぺろりと平らげ、おかわりまでねだり始めた。
次は入浴だ。雨で汚れはだいぶ流れたが、破れた服と流された靴は戻らない。
シャワーで簡単に汚れを落とし、一緒に浴槽に浸かった。髪や体を洗い、乾かしてタンスに眠らせていた一番楽と思われる服装に着替えさせた。それでも堅苦しい方に入るのだが。
「ユウヤにも新しい服を買ってやらないとな……」


翌朝、ジンは執事とショッピングモールに出かけた。何件か店を見回り、ユウヤに似合いそうな緑と黒の動きやすそうな服と靴を買ってやった。ついでに自分のものも新調した。

「ただいま」
「……おかえりなさい」
いつもなら玄関まで小走りでやってくるのに、今日は来なかった。小さな声がリビングから聞こえたので覗いてみると、ユウヤはDVDを見ていた。テーブルの上には「第三回アルテミス」と書いたケースが置かれていた。
「僕が意識を失う前に、こんなことがあったんだね……」
精神を乗っ取られ、狂ったように暴れ出す自分の姿を客観的に見ていた。二日の間に記憶がおかしいことに気付き、ジンが眠ってから執事に相談した。何があっても構わない、そう言って真実の一部が隠されているアルテミスのDVDを借り、現実と向き合うためにそれを見た。
「ジン君、僕がこうなった全てを教えてよ。どんなことがあっても、絶対に逃げないから」
「本当にいいのか」
「ジン君が頑張ってるのに、僕だけが立ち止まっててはいけない」

研究室のコンピューターを盗み見たときにCCMにコピーした資料を見せた。目を背けたくなるような実験の様子を撮影した写真の数々、ある日を境に白紙の続く報告書……見せるジンも、見せられるユウヤもつらかった。ショックを受けながらも、これが真実なんだと受け入れた。
「僕、八神探偵社に行くよ。だからジン君も外国に行って夢を叶えて」
執事からあのときの行き先を聞いたらしく、ユウヤは自ら里親の所に行くと願い出た。今度はジンが何の前置きもなく、突然別れを告げられた。一人にされるのは嫌だからと言って逃げ出し、甘えるよりも依存している方が近かったユウヤがこんなことを言い出したのだから驚くのも無理はない。
何も返せないままユウヤは外に出ていき、荷物を車のトランクに詰め込んでいく。そして、ジンの手を引いて後部座席に乗り込み、リュウビを膝に乗せてシートベルトをする。
一つ一つの行動をどこか客観的に眺めていると、いよいよ別れのときが迫るのを感じた。
「あれ? ジン君、目が真っ赤だよ?」
「……目が赤いのは元からだ」
白目がね、とくすくすと笑うユウヤ。しばらくの別れに悲しみや不安もあるが、自ら新しい環境に飛び込むという期待と喜びがある。短い間によく成長したものだ。だが、胸を高鳴らすユウヤとは反対に、ジンは必死で涙をこらえていた。

そうこうしているうちに八神探偵社に到着した。仕事を中断した八神と三人の部下達が温かく出迎えてくれた。
初対面に近い四人と一緒に生活する、以前のユウヤにとっては考えられないことだった。しかし、今は自分からこれからよろしくお願いしますと言えるようになっていた。
「ジン君、元気でねー! またいつか会おうねー!」
「ああ、いつか……な」
大きく手を振るユウヤを見送ると、ジンは外から見えないように両側のカーテンを閉めた。バックミラーにも映らないように顔を窓側に向け、ポケットからハンカチを取り出した。
後ろの窓ガラスから見えるユウヤの姿も小さくなり、仕舞いには見えなくなってしまった。そして、流れをせき止めていたものが突然切れたように涙がぽろぽろとこぼれてきた。ハンカチでいくら拭ってもあふれる涙は止まらず、別荘に戻るとすぐに部屋に駆け込んで鍵をかけた。
(……依存していたのはどっちの方だか)


◇◆◇◆◇◆


――数ヵ月後。新たな環境にも慣れ、生活費を払う代わりに八神の元で探偵業の手伝いを始めたユウヤ。探偵助手といっても、テレビで見るような難事件に次々と巻き込まれ華麗に解決する手助けをする仕事とは違ったが、大人とは違った着眼点から様々な物事を解決に導くこともあった。
尾行や張り込みで得た行動力と観察力、聞き込みで得たコミュニケーション能力、他人の問題を親身になって考えられる性格と強い知的好奇心を備えたユウヤ。初めこそうまくいかないこともあったが、仕事を続けていくうちに一人前になれるまでに成長した。

仕事が休みになったある日のことだ。ユウヤは鉛筆を片手に何か考え込んでいた。
「ユウヤ、それは……?」
「ジン君にお礼の手紙を書きたいんです。でも、言葉がうまくまとめられなくて……」
何度も消しゴムをかけてくしゃくしゃになったり、破れた紙が机の上には散乱していた。今書いている便箋も消しゴムで消した跡がたくさん残っている。
「君らしいことを書けばいいと思うが……」
「僕らしいこと……ですか」
変に着飾った言葉を書くよりも自分らしい言葉で相手はわかってくれる。今書いている便箋を丸め、新しいものを取り出した。そして、感謝の気持ちを溢れるまでに込め、一文字ずつ丁寧に書いた。

『ジン君へ
僕は今、八神探偵社で助手をしています。
八神さんたちと一緒にいることも、一人でいることにもなれました。
今度会うときはジン君とバトルがしたいです』
「もし日本に帰ってくることがあるなら、僕を一緒に連れていって下さい……と」
途中まで文字を書いた後、ユウヤは鉛筆を置いた。
「やっぱり秘密!」
書いた文字が極力見えないように消しゴムをかけ、便箋の下部分を白紙に戻す。予定よりもかなり文章量が少なくなってしまったが、それは問題ではない。現在の環境に慣れたこと、元気にしていること、一番望むことが書けたら十分だ。それに、お礼は会って直接伝えたかった。そうすればジンも驚いてくれるだろう。
(待っててね、いつか必ず君に追いつくから……)
一生懸命書いた手紙を封筒に入れ、ユウヤはここから遥か遠く離れた空を見やった。
ジンとユウヤ、二人がそれぞれの再出発を歩んだ。A国に留学して、一つの事件をきっかけにLBXの必要性を再認識したジン。生死の淵を彷徨い、驚くべき回復力と才能を見せたユウヤ。きっと二人なら、どんな困難も乗り越えていけるだろう。

2012/09/23

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