Re:start 3-1 第三回アルテミスの熱もようやく落ち着いてきたかと思われる頃、サイバーランス社に電話がかかってきた。送られてくるデータを元に最新型のLBXを設計していた西原誠司は作業を一旦止め、電話を取る。 係の者を通さず直接こちらにかけてくるとは珍しい、今日はどんな報告があるのかと嬉々として尋ねればリニアモーターカーを一台止めた、と返ってきた。一体何が起こったのか気になったが、それを聞く前に相手は言葉を続けてくる。 「僕の友人に専用機を作ってあげてほしいんだ」 「ジン君、それは一体どういうことだ」 電話の相手、ジンが言うには友人のLBXが激しいバトルの末にコアスケルトンごと破壊されたそうだ。当時の事情を包み隠さず話し、説得しようとするも西原はなかなか折れようとしない。 「アルテミスに出ていた子だね、今はどうしている」 「あれから意識を失い、ずっと眠ったままだ」 執事から聞いた話によれば自然に意識が回復する見込みはゼロに近い、現代の医学ではどうにもならない、死か奇跡のどちらかを待つしかない。そう発した声色は重く、電話越しからでも深刻な現状が聞き取れた。 「僕にはまだしなければならないことがある。だから、僕の代わりにそばにいてやれるLBXを作ってほしいんだ」 「いくら君の友人とはいえ、意識のないプレイヤーからは戦闘データは取れない。意識が回復してからまた連絡をくれ」 表情が見えないのもあり、西原の冷静な返答にはジンを苛立たせた。舌打ちでもしてやりたいが、なんとか思いとどまり説得を続けた。 「全社員が総力をあげて君の専用機を作っているんだ。既製品ならいくらでも用意してあげられるが……」 「それではダメなんだ! ユウヤにしか使いこなせない専用機が必要なんだ!」 今はプロトゼノンから送られてきたデータを元に、その後継機を開発している。新型を一機作るのにも多大な人件費や開発費等がかかる、実際に様子を少しだけ見ていたのでそのことはわかっていた。 それでも友を思う気持ちがジンを後押しし、電話を切ろうとする西原を止めた。開発途中の後継機を後回しにしても構わない、ユウヤのために専用機を作れるなら何だってする……だが、いくら口を極めても良い返答はなかった。 「僕はサイバーランス社のテストプレイヤーをやめる。今まで世話になった。新しいLBXも必要ない」 怒りを含んだ声でそう言い放ち、あちらが電話を切る前に電源ボタンを押した。CCMを閉じてポケットに入れた途端、部屋に沈黙が一気に流れ込んだ。開いた窓から吹き付ける風に熱くなった頭を冷やされ、友人を思うあまり自らチャンスを棒に振ったのだとわかった。 「少し言いすぎたか……」 誰に言うのでもなく呟き、大きくため息を吐く。鳴らないCCMがやけに重く感じた。 陽も落ち、夜が訪れ始めた頃だ。夕食を食べ終え、風呂が沸くまでプロトゼノンのメンテナンスをしていると、ポケットの中でCCMが震えている。電話は西原からだった。 「もしもし? さっきは……」 言いすぎたと謝ろうとすると、そう言う前に西原は思い出したかのように告げた。 「うちで彼の専用機を作るのは難しいが、一つ手がある。竜源という中国のLBXメーカーだ。質は私が保証する」 竜源はタイニーオービット社に対抗するためにサイバーランス社と一時的に協商関係にあった。 数ヶ月前に新機体を作ったのはいいが、どうもワケありの一品で完璧に使いこなせるプレイヤーが現れないそうだ。中国はここ数十年で経済成長も著しく、人口に比例してテストプレイヤーも年々増加している。それでも誰一人機体の性能についていけないという。 中国国内でのシェアはまだまだタイニーオービット社には及ばない。中国からだけでなく年齢、国籍、性別問わずとにかく優秀な人材を募集しているのだ。 竜源の評判は何度か聞いたことがある。日本ではまだマイナーだと言われているが、竜源製のLBXを使うプレイヤーは強い者が多かったことも覚えている。 「竜源に頼んでみようと思う。あと……さっきは感情的になってすまなかった」 「一応私の方から社長には連絡しておくが、交渉は君がしてくれ。通訳は……」 「必要ない」 その翌日、ジンは執事とともに中国に発った。電話番号と社長の名前を教えてもらったが、電話よりも直接赴いたほうがいいと判断したからだ。 ユウヤの実力を見れば、間違いなく竜源であろうとどこであろうとテストプレイヤーには採用されるに違いない。意識がない、ただ一つの問題を除いてのことなのだが。 空港から出て中国に足を下ろすと、ドラゴンタワーが出迎えてくれた。そこを目印にどんどん進んでいくとビル街が見えてきた。そこで大きく「竜源」と書かれた看板を掲げた特徴的な形をした建物に入った。 そして受付係に案内され、一際目立つ社長室に入った。座るように言われ、茶と菓子がテーブルに置かれる。茶を一服した後、社長は部屋の左側のショーケースを見るように言った。 日本でも市販されている竜源製のLBXと、まだ未発表だがカタログで見たことがあるものの横に堂々とした存在感を放つLBXがあった。黄金色に輝くボディに、補色となる赤と緑が絶妙に組み合わさったものだ。 手に取って見てもいいと言うので実際に触れてみる。LBXらしく片手に収まり、マントの代わりに長い緑色の尾が生えている。 右手に剣、左手に盾を装備させ、戦っているようなポーズをとらせてみた。ジャッジと同じナイトフレーム、剣と盾の戦闘スタイルと、ユウヤにふさわしいのはこの機体しかない。これを持ち帰れば奇跡が起こるかもしれないとさえ思えるのだから。 「社長、これの名前は……?」 「リュウビという」 中国の英雄を意識して作られたというLBX。社長は他の企業を追い越すためにオメガダインの目を盗んで機体を制御するMチップを取り除いたところ、誰も扱えなくなってしまったと語る。いつか必ず使いこなせる者が現れる、そう信じて意地でもMチップを入れなかったそうだ。 「彼の剣捌きは実に素晴らしかった……だが、アルテミス以来意識が戻らないんだね」 「はい」 念を押すように問われ、少し声が小さくなってしまう。ジンは緊張で乾いてきた喉を潤した。 「LBXは人々、特に子供達に夢を与えるものだ。リュウビもプレイヤーがいないままでは動けない。ここのインテリアにしていてもつまらなさそうにしているんだ。だからご友人の傍に置いてあげなさい」 「いいんですか?」 「若い芽を育てる機会を与えるのが私達の仕事だ。その代わり彼の意識が戻ったら、テストプレイヤーとしてみっちり働いてもらうよ」 回復を期待して託されたリュウビとCCMを手にし、ジンは部屋の外で待つ執事を連れて日本に戻ることにした。 ◇◆◇◆◇◆ ――静かで真っ暗なユウヤのいる病室に着いた。入院したての頃はもう少し部屋に物が置かれていた。だが、今はそれもほとんど片付けられている。広い個室から狭いものへと部屋を移され、ベッドと窓と棚が一つだけある殺風景な所だ。 まるで霊安室にでも来てしまったかのように錯覚したが、か細い呼吸に合わせて胸が上下しているのを見て安心した。 いつ目覚めてもいいように持ち帰ったリュウビとCCMを棚の上に置き、隣にそっと手紙を添える。 「……僕がしてあげられるのはここまでだ」 いつもと変わらない宵闇の病室、静かに眠る幼なじみの姿。たとえ返事がなくとも話しかけ、梳かすように髪を撫でた。 今日の面会もこれで終わりだ。最後に頬に優しく触れ、椅子から立ち上がる。ふとかけ布団が少しずれていたのに気付き、元の位置に戻した。 「……?」 すぐ後ろで小さな音が聞こえた。決して衣擦れの音や風の音、空耳ではない。人の声だ。 一つの朝が訪れたかのように閉じた瞳を開き、こちらをじっと見詰める二つの黒い瞳。アルテミス以来一度も目を開けることのなかったユウヤが意識を取り戻した。 「僕のことがわかるか?」 ゆっくりだったが自分の力で体を起こし、ユウヤはジンに微笑みかける。急に視線を向けられて驚いてはいたが、警戒の色はなかったようだ。 「同じ病室にいたよね……? 確かジン、君……」 「ああ」 せっかくユウヤが目覚めたというのに、これだけしか返せなかった。そっけなく接するつもりはなかったが、あまりの嬉しさに何と言えばいいのかわからなかった。けれども浮かべる表情だけは優しいものだった。 「……また明日来るな」 割と色白な自分よりも淡い色をした手を握り、その手を振ってカーテンを閉めた。 「僕はまだここで寝てたのかな、あのプログラムは……」 病室を出る前に聞こえた言葉がどうも気になったが、今日はもう遅いので帰ることにした。 翌朝、病室を訪れるとユウヤはリュウビを手にジンを笑顔で出迎えた。両手でリュウビの腕を片方ずつ持ち、上に向けて動かしている。 「おはようジン君! これ、面白いね!」 手紙を読んだ形跡はあるが、ユウヤはCCMには手を振れずにリュウビを動かしていた。手で持ちながら人形遊びのようにトコトコと歩かせる様子は、彼の中の時が九年前にさかのぼってしまったのかと思えるほどだった。 「ユウヤ、まさか記憶が……」 「なあに? そんなことよりジン君も遊ぼうよ!」 空を飛び、足で作った山を越えるリュウビと楽しそうに笑うユウヤの姿。昨日引っかかった言葉……LBX本来の使い方が違うのは覚えていないからなのだろうか。 ジンはCCMを取り出し、プロトゼノンで同じように山を越えてみせる。すると、思い出したようにユウヤは慌てて拍手をした。 「わぁ、かっこいい!」 目を輝かせ、食い入るように眺めるユウヤをジンはどこか悲しそうに見ていた。 (やっぱり、覚えていないのか……) ユウヤは間違いなくLBXのことを忘れている。さらに九年とアルテミスについての記憶も失われたのだろう。幼い子供のように純粋な瞳で見詰めてくる彼に、以前資料を盗み見たイノベーターの実験のことは話せなかった。意識を取り戻したばかりで記憶も定まらないのでは、ショックを受けるだけだろうから。 「ユウヤ、少しCCMを貸してくれないか。さっき僕がしたように動くはずなんだ」 「しーしーえむ? これのこと?」 ユウヤはジンにCCMを手渡す。数度の操作音の後、リュウビの目の部分が光った。立てた膝の横に寝転がっていた姿勢を戻し、ユウヤの肩の上まで乗せてやった。が、まっすぐ立たずにずり落ちた。 (思ったようには動かないか……) 操作難度が高いと聞いたので一度動かしてみたが、ジ・エンペラーやプロトゼノンなどとは使い勝手が違う。使用者の癖もまだ染み込んでいないのにこの動かしにくさだ。 「僕もしてみたいな」 CCMを返してもらい、ユウヤはわくわくしてボタンを押してみた。数歩進み、今度は走り出す。ジンが動かしたように飛び上がり、山に差しかかった。 「このお山の上を飛んで……あっ」 足には当たらなかったがリュウビは頭からかけ布団に突っ込み、ずりずりとその坂を下っていった。 ――翌日、ジンは面会にあまり来れなくなることを伝えた。身の回りで起こっていることの現状、これから起こるであろうこと、それらにLBXも関わっているということを静かに語った。 「……つまり、ジン君は世界を救うためにLBXで戦ってるんだよね」 まだ錯乱状態ではあるが、ユウヤは呑み込みが早い。この病室の外側で世界がじわじわと傾きつつあるのだとわかると、リュウビを片手に立ち上がろうとした。 「僕も一緒に行かせて!」 「……そんな体ではダメだ」 「僕にはリュウビがいる! だから……」 そう言ったユウヤの手は震えていた。つい数日前に目覚めるまでは長期間体を動かせなかった。そのために筋肉は萎縮し、多くの行動に制限がかかっている。そのことは本人が一番わかっているが、命を救ってくれたジンの助けになりたいと言い立てた。 「気持ちは受け取ったよ、ありがとう」 涙を浮かべながらも手を振り、ユウヤはカーテンの向こうに消えたジンの背中を見送った。そして手の平に顔を向け、リュウビを握り締めた。 「僕もリハビリ……頑張らないと」 ← 目次 → TOP |