日本に帰ってきたある夏の日に、ヒロに電話がかかってきた。電話の相手は松風天馬、失われたサッカーを取り戻すために戦っている戦士の一人だ。 二人は以前にどうやって辿り着いたのかはわからないが、時間の概念が存在しない不思議な空間で出会って仲良くなった。そして、友達の証として電話番号を交換した。と、ここまでは良かったのだが、時代が違うらしくどちらからかけても電話は繋がらない。時空を駆け巡る者と世界を駆け巡る者同士が逢うにはあまりも大きすぎる壁があったのだ。 時を旅しているうちに天馬とその仲間達は偶然にも二〇五一年に到着したという。今なら繋がるかもしれない、そう思った天馬がヒロに電話をかけると繋がったそうだ。 LBXを再び箱の中に返そうと戦っていたヒロ達も戦いに一段落着いために日本に帰還しているところだ。運命が引き合わせたのか同じ時代の日本に居合わせることになった二人は各々の戦いについて会話の花を咲かせていた。 会話を楽しんでいるうちに日本に到着し、支援物資が届けられた。箱を開ければ食料、水、燃料などとこれからの長旅に必要なものの数々に加え、あるものが入っていた。周りがどういうわけか騒がしい、何が入っていたのか覗いてみれば浴衣が入っていた。 「今日って夏祭りよね! さっそく浴衣着てみない?」 「ユカタ?」 「日本にある服の一種で、祭の日とかに着るのよ」 浴衣を前に楽しそうな高い声が聞こえてくる。ヒロは時を越えてはるばるやってきた天馬達を夏祭りに誘ってみた。仲間に聞いているのか、数秒後に答えが返ってきた。祭が行なわれるトキオシティに到着次第、また連絡をくれるそうだ。 その頃の女子部屋では順調に着付けが進んでいた。アミはまずA国では浴衣を着る習慣がなく、写真で見たことがあるだけだというジェシカに浴衣を着せていた。てきぱきと慣れた手付きで進められ、あっという間に着付けが終わった。 「あたしは大丈夫よ! 浴衣なんて毎年……あれ?」 胸を張り、自信満々に浴衣の着こなしを見せるランだったがアミは首を傾げていた。結局ランもアミに着付けを直してもらい、さらには髪型までもアレンジしてもらうことになった。 男子部屋ではカズが服を脱いだ途端、バンとヒロが目を輝かせて近付いてきた。続いてユウヤも何だろうと顔を覗かせた。 「カズ、筋肉ついたなー……なんか郷田みたい」 「かっこいいです! ぜひ触らせて下さい!」 しばらく見ないうちに何があったのだろうか、見事な筋肉に覆われたカズの周りにジンを除いた三人が群がっていた。羨ましそうにぺたぺたと腕や胸、腹などを触り、力を込められると歓声が上がった。 「昔と違ってその攻撃は効か……うひゃ、や、やめろよ! くすぐったいだろ!」 なんとなく悔しくて胸板を軽く叩いてみると以前の華奢な彼からは想像も付かないような音がした。自慢げに力こぶを作る腕を各々の細い腕と見比べると少し悲しくなった。だから一人が両腕を固定、そして二人がかりで腋をくすぐってやると、筋肉に込められた力が抜けてしまった。 「も、笑い死ぬからやめ……あ、あはははは……」 周りの者達がいくら騒いでいようともジンは黙々と着替えている。黒い浴衣を着て白い帯を締めて最終調整を行い、準備は万全になった。 外から女子達の話し声が聞こえた。もう着替えたらしい。それに比べて残りの四人は浴衣をベッドに乗せたままじゃれ合っている。 「四人とも、そろそろ……」 もうすぐ夏祭りが始まる時間だ。遊び呆けている場合ではないと、四人は慌てて浴衣に袖を通した。男物の浴衣は女物のそれに比べ、短時間で着られる。まだ間に合いそうに思えた。 「何だこれ、すぐ脱げる……」 「ま、前が見えません!」 聞こえてくる声の内容から嫌な予感がした。ジンが四人の方を向いてみると、案の定誰一人正しく浴衣を着ていなかった。合わせ目が逆、帯の位置がおかしい、さらには一体何をしたのか帯にぐるぐる巻きにされていたりと、四人分を正しく着せてやらなければならないのでジンは苦笑いを浮かべるしかなかった。 まずはおかしいことに変わりはないが一番早く済みそうなバンを呼んだ。残りの三人には手間を省くために帯をほどいて浴衣を羽織るだけになってもらう。 「ジンって本当、何でもできるよな……こんなのどこで覚えたんだ?」 伝統的な家庭で育てられたため、特別な行事の際にはよく着物を着させられた。習い事にも必要だったし、暑い日には浴衣で過ごすこともあった。そういうこともあって必然的に覚えたらしい。 次にカズ、ヒロが呼ばれた。外がだんだん騒がしくなってきた。もう始まったらしく、三人はうずうずしていた。 あとはユウヤで終わりだ。が、自分で帯をほどくのにかなり苦戦している。それどころか帯の状態はますますひどくなっていく。 「バン君たちは先に行っておいてくれ。僕たちはもう少ししてから行く」 きつく結んだのかなかなかほどけない。変な結び目が数個並び、帯の位置もおかしいために上の方が垂れてきた。 (……どんな着方をすればそうなるんだ) テーブルの上にはうちわが置いてあった。行く気だけは満々だったのでジンはさらに呆れ、一旦浴衣を脱がすことにした。 「ごめんねジン君……これ着るの、初めてだからぜんぜんわからなくて……」 ユウヤは四才のときにイノベーターに送られた。隔離された場所で育ち、自分と違って七五三にも行けなかったらしい。つまり、着物や浴衣などを着る機会は一度もなかったのだ。 「……ユウヤ、中はどうした」 「え?」 なんとか帯をゆるめ、腰まで下ろされた浴衣の隙間がとても涼しそうだった。まさかとは思ったが、やはり何も履いていない。 「ヒロ君が『浴衣を着るときは絶対にパンツを履いちゃいけないんです! ノーパンは男のロマンですから!』って言ってたよ」 一字一句そのままにユウヤはヒロの主張を完璧に再現してみせた。三人とも中に最低限のものは履いていた。別にヒロはユウヤを嵌めるつもりはなく、冗談で二次元の話をしていたのを信じ込んだらしい。 「ジン君、のーぱんって何?」 「……知らなくていい」 庶民に囲まれて生活するようになったからこれくらいの俗語は聞いたことがある。適当にはぐらかしつつもきちんと浴衣を着せてやった。普段着と同じ緑色がよく似合っていた。 ◇◆◇◆◇◆ 二人が出た頃には祭は始まっていた。街の中央から太鼓や笛の音が聞こえ、たくさんの人々が踊っている。道には所狭しと夜店が並び、大賑わいだった。 そこに、先に行ってもらった三人が走ってやってきた。手には何かを持っている。 「ジン、食べる?」 「ユウヤさん、どうぞ!」 ずいっとフランクフルトを目の前に持ってこられたために二人は少し驚いた。ケチャップが塗られ、買ったばかりなので湯気を立てている。熱いので少しずつかじっていき、串をトレイに返した。 「ほらよ、たこ焼きだぜ」 次にカズからたこ焼きを渡された。十個入りのものを買ったらしく四個残っている。爪楊枝で刺して二個ずつ食べた。 食べ終えるとユウヤはどこかに向かっていく。皆で追いかけると、りんごあめ屋の前に着いた。割り箸に刺さった大きくて真っ赤なりんごあめや、小さなもの、他の果物のあめも置いてあった。 続いてわた菓子、ベビーカステラ、かき氷にチョコバナナと、隣接する食べ物屋を回っていった。食べ物はもう十分だ。今日の夕食は入らないかもしれない。 「ヨーヨー釣りやってみない? 面白いよ!」 ジンとユウヤは十年振りにヨーヨーを見たという。幼い頃は両親と縁日に行ってヨーヨーをもらって帰ってきたものだ。懐かしい気持ちでゴムの輪を狙い、釣り上げようとした。 「…………」 「切れちゃった……」 久し振りにしたものだからどうもうまくいかない。バン達三人が二個、三個と順調に釣り上げているのが妙に悔しくてジンはもう一度挑戦したが、狙っていた黒色のヨーヨーが遠く離れてしまった。近くにも一つ残っているのだが輪は水中に沈んでいる。これでは取れないだろう。 「ジン君、ジン君」 「ちょっと静かにしていてくれ」 すぐ傍で数個のヨーヨーが引き上げられた。タイミングよく沈んでいた黒いヨーヨーの輪が水面に上がってきた。すかさずそれを狙ってみたが近くのヨーヨーが当たってしまい、濡れて紙は破れ、金属の部分が沈んだ。 「ジン君、これあげる」 ユウヤは浴衣とお揃いの色のヨーヨーをジンに渡した。二回挑戦してやっとの思いで取ったのだが、ジンを喜ばせるためなら構わなかった。 「ジン、参加賞でおじさんが一個くれるってさ」 釣れなくても一つは持って帰れるというので、釣りたかった黒いヨーヨーをもらった。ならば、緑のヨーヨーをユウヤに返さなければならないだろう。 「ユウヤ」 「緑はあげたから黒いのほしいな……ダメ?」 好きな色のヨーヨーを交換する、そうすればお互いが近くにいる気がする。そんなことをユウヤは言った。緑のヨーヨーもなかなか綺麗で黒い浴衣に映えていた。だから、二つのうちの黒い方を手渡した。 それから金魚すくい、スーパーボールすくいなどと色々してみたが、慣れないために結果は惨敗だった。 何か一つぐらいうまくいってもいいだろうと、周りを見渡してみる。まだ行っていない店を発見したのでそこに行ってみた。 「今日のジン君、何だか積極的だね」 「きっと俺たちに負けて悔しいんだよ」 後ろからそんな話し声が聞こえた。 次の店は射的だ。ここで今までの分を取り戻すつもりなのだろう。 的は大きくて当てやすそうなものから銃弾のコルクよりも小さなものまで置いてある。上部には簡単に倒せないよう重りを詰めたコアパーツのレプリカ(後で交換するもの)、その下にはLBXの各パーツ、武器や盾がある。他にもゲーム機やソフト、キャラクター商品などが並んでいた。 五人はバトルとはまた違った緊張感を感じた。銃弾を銃に詰め、景品を見回し、狙いを定めた。 ひと足早くヒロが特撮ヒーローのフィギュアに弾を当てた。足を狙って撃ったが、ぐらぐらと揺れるだけで倒れない。何度も同じものを狙ったが、結局それを手に入れられなかった。ゲームの感覚とは少し違ったようだ。 隣で撃っていたバンは大きい的には当たるが倒せず、小さな的にはかすりもしなかった。LBXでのバトルとの感覚とも違うようだ。 ミリ単位で正確に撃っていたユウヤも、限られた弾数の中で景品を一つ打ち落とすのが精一杯だった。 「……どいてな」 ユウヤの目の前を何かが物凄い勢いで通過していった。中段の景品、ヒロがほしがっていたフィギュアが台の上から消えていた。 まずは軽くウォーミングアップといったところか、何でもいいので適当に当ててみた。カズは取ったフィギュアをヒロに渡すと、本番はこれからだとでも言うように袖をまくった。長く垂れ下がった浴衣の袖は射撃をするには不向きのようだ。 「いいんですか!? ありがとうございます!!」 ヒロは嬉しさのあまりに飛び上がった。 店の右端からも射撃音が聞こえてくる。ジンがメタモの大きなぬいぐるみと引き換えられる的を撃ち落とした。さっきのヨーヨーのお礼にと、ユウヤにそれをプレゼントした。丸めたかけ布団を抱き締めて眠るのも、これで卒業だ。 一度だけでなく、プレイ料金の何倍もする景品を立て続けに持っていかれる。店主は口をぽかんと開けてその様子を見ていた。 「あれは俺が発売日に買えなかったゲーム……!」 スレイブ・プレイヤーとなったせいでバイオアワードの新作ソフトの入手が数ヶ月も遅れてしまった。どこの店を血まなこになって探しても、もう初回限定版は売っておらず途方に暮れていたところで出会ったものだ。逃すわけにはいかない。カズの目が一点を見据えて光り、獲物を狙うハンターの目と化した。 カズは狙いを逸らさずパッケージの中心に描かれた目玉に命中させた。店主の口はさらに大きく開かれた。 結局、弾がなくなるまで景品の獲得ラッシュは続けられた。こんなに簡単に色々なものが手に入るからという理由で二人はもう少し続けるつもりだったが、店主が降参して店を畳み始めた。 「あんたらのせいでウチは大赤字だよ……」 彼の話によると、景品を大量に取っていったのは二人だけではなかったそうだ。同い年くらいの三人の浴衣を着た少女が現れ、その中の一人が景品を根こそぎ持っていく勢いで撃ち落としていったらしい。 「それって……」 「開始早々二丁拳銃にしていいか、なんて聞かれたんだ。それが間違いだった……」 話を聞いた五人は何だかかわいそうことをしたような気になった。使わないだろうコアパーツ、途中から競争中に点を稼ぐために取ったもの、部屋の割り当てられたスペースに置くとかさばるものを返した。手元に残ったのはヒロに取ってやった特撮ヒーローのフィギュア、ユウヤにあげたぬいぐるみ、バイオアワードのソフト、そして各武器の攻撃力を上げるコアパーツだけにした。それでも十分だ。 「僕たちには必要ないからな」 店主は泣きながら去っていった。 「あ、電話です」 トキオシティに到着したらしく、天馬から電話がかかってきた。電話の向こうから賑やかな話し声が聞こえてきた。彼の他にまだ見ぬ七人の仲間がいるらしい。会場に向かっているそうなので花火が始まる時間には間に合うだろう。 「どんな人が来るんでしょうか……」 「天馬君の友達だし、きっとみんないい人ばかりだよ」 「そうですね」 新しい友との時を越えた出会いを楽しみに待つ五人の表情は花火のように輝いていた。 2012/08/19 ← 目次 → TOP |