Re:start 2-2

コウスケに案内されて校舎の中を歩く。着いた場所はコンピューター制御室だ。おそらくこの中のコンピューターがLBXを暴走させていたのだろう。
そこに入ったら最後、敵はそう簡単に道を明け渡してくれはしない。ジンは司令コンピューターを止め、コウスケは襲ってくるLBXの残党を食い止める作業に移った。
高性能なワクチンソフトでも処理には時間がかかる。今の状況とよく似た経験をしたことがあったジンは落ち着いていた。かつては敵同士であったが、ここにも信じて背中を預けられる戦友がいるのだから。
「司令コンピューターは止めた。もう大丈夫だ」
ゼノンや他の暴走したLBXも止まったはずだ。これで全てが終わった、そう思った二人はお互いの握り拳を強く押し当てた。だが、ゼノンはどこへ行ってしまったのだろう。


「ん? 何か言ったか?」
「いや……」
コウスケが言うにはこの校舎の上から何かが聞こえたらしい。耳を澄まして音を聞いてみると、子供の泣き声のようなものが上から聞こえてきた。悲鳴も混ざっている。場所はおそらく屋上だ。
「バカな……このボクが全員避難させたというのに!」
「そんなことはどうでもいい! 僕は先に行く!」
ジンは部屋の窓を開け、トリトーンの出す粘着ジェルで屋上まで上がっていった。一体何をしたのかと、コウスケは窓から顔を出そうとしたが、それよりも屋上に取り残された者が心配だ。エレベターは安全のため停止しているので、階段を駆け上がった。


ジンは学校の敷地全てを見渡せる屋上に辿り着いた。下を見ると、マングースが倒れていた生徒達を二人が戦っている間に呼んだ仲間と一緒に安全な場所に避難させているのが見えた。ジンはそのことに安心して足を進めた。
泣き声が聞こえるのは迷路状の庭園のどこかだ。この際いちいち迷路に沿って進んでいれば辿り着くのはいつになるか。仕方ないが、トリトーンで人が通れる最小限の道を切り開いていくことにした。
奥に進んでいくと草花に囲まれた迷路の隅で泣いている幼い兄妹の姿が見えた。
「怖がらせてすまない。僕は君たちを助けにきたんだ」
二人は怖かったらしく、ジンにしがみ付いてきた。この二人はかくれんぼをしてここまで来たという。そこに敵が襲ってきた訳だ。
「お兄ちゃん、黒くてわるそうなLBXがいっぱいやってきて、この子がわたしたちをまもってくれたんだ」
少女は大事そうに持っていたゼノンの左腕と破れたマントを差し出した。左腕とマントをポケットに入れ、他はどうしたのかと聞くと彼女は首を振った。
プレイヤーの持つ感情によりLBXのシンクロ率が極限値を超えた場合、意思を宿すことがある。操作せずともプレイヤー自身が乗り移ったかのようにLBXは動く。負の感情を帯びればより禍々しく、正の感情を帯びればより勇ましく躍る。そのようなことを親友から聞いたことがある。今回もそういうケースだったのかもしれない。
司令コンピューターの制御により暴走は解かれ、砕け散るその瞬間まで幼い子供達を守り続けた英雄に三人は敬意を示した。


それから少々遅れてコウスケが屋上に現れた。息は荒く、美しく整えたはずの髪は乱れに乱れ、汗で顔中に貼り付いている。美しいとは言えないだろう。
「だ、大丈夫だった、ようだな……」
「ああ、この子たちを下まで送り届けてやってくれないか」
ジンがそう言うと少年は元気よく前に飛び出し、少女はジンの後ろに隠れた。兄とコウスケが手招きしても少女は動かない。
「やだ! こっちのお兄ちゃんと一緒がいい!」
ませた少女に兄はやれやれというような顔を、コウスケは不満そうな顔をしていた。
「ここにいては危険だ。あっちのお兄ちゃんと下に行くんだ」
「はーい!」
コウスケは二人を連れて階段を下りていった。

一方ジンは三人がいなくなってから、上空に向かって問いかけた。
「出てこいよ。僕に用があるんだろう?」
雲間から黒いLBXが現れた。少女が言っていた特徴は一致している。テレビで放送されていたタイニーオービット社の新作発表会にあったものとそっくりだった。確か、アキレス・ディードだったか。そしてそれに続いて別の黒いLBXが数体――見覚えがあると思えばそれらはプロトゼノンだった。
だからといってそれらを恐れることはない。ゼノンの後継機にそのプロトタイプが敵うはずはないが、恐ろしく数が多い。敵はまだこんなにも戦力を隠し持っていたのか。
トリトーンは必殺ファンクションであるオーシャンブラストでプロトゼノン達を一掃し、親玉だと思われるアキレス・ディードとのバトルへの構えに出た。
アキレス・ディードは上空から屋上に下り立つと、そこから急降下した。飛行能力に優れているらしく、縦横無尽に飛び回るそれと飛行能力のないトリトーンでは後者が圧倒的に不利だ。
どこかで操作している人間がいるはずだ。周りを見回すと、隣の校舎の屋上にいかにも怪しい仮面の男がいた。アキレス・ディードを動かしているのは、この男で間違いないだろう。

アキレス・ディードは挑発するように銃弾を窓ガラスに当てている。男の表情は読めないが、遠くからでも高笑いがよく聞こえてくる。
ここは戦闘機や、海道家の最上階から見る景色とは全く違う。下から吹き上がる強風が前髪を舞い上がらせる。
これさえ倒せば全てが本当に終わる。しかし、この下には奈落が待ち構えている。空中戦というつらい戦いになるとは思うが、ここで踏みとどまる訳にはいかない。
ジンはトリトーンの粘着ジェルを校舎と校舎の間に張りめぐらし、屋上から隣の校舎の壁に乗り移った。命綱はなく、左手だけで全体重を支え、右手でCCMを操作した。しかし、この体勢では操作もままならなく攻撃がなかなか当たらない。それどころか、アキレス・ディードの銃弾はトリトーンではなくジンを狙っている。ここから次のジェルの糸に乗り移れば形勢を立て直せるが、それは難しい。まずは近くにトリトーンを呼び寄せてジェルを出させることが必要だ。
「トリトーン!」
その一瞬の隙にアキレス・ディードの銃弾がジンの手首をかすめた。鈍い衝撃はあったが、痛みはない。何か硬いものが地面に落ちたような音がしたような気がした。
アキレス・ディードに強力な一撃を食らわせたトリトーンはジンの元へ戻り、新たな道を空中に何本も作った。そのうちの一本をしっかりと握り、もう一撃を与えた。アキレス・ディードは全身から火花を散らし、機体が赤く光ったかと思えば空の彼方に消えていた。


一分では倒せないライバルがいるというのに、戦いの後はクセなのかジンはつい左手首を見てしまう。しかし、探している時計はどこにもない。ジェルの糸を伝って地面に着地すれば、時間の表示部にヒビが入った腕時計が転がっていた。
この腕時計はいつも祖父の呪縛を象徴していた。ゼノンは壊れる直前まで二人の兄妹を守り、祖父は死しても愛する孫を守ったのだ。腕時計が壊れるということは祖父からの解放と言ってもいいのだろう。
時間ならCCMで見られるし、もう新しい腕時計を買うつもりはない。ジンにとっての腕時計は世界中で今も昔も、祖父から与えられたものの一つだけだ。

一人と一体の英雄の帰還を待ちわびていたコウスケ達がジンの元に駆け寄ってきた。そして、校門の前には人だかりがあった。
午後からも授業がある。人込みは好きではないがあの中を通って大学に戻ろうとすると、コウスケに腕をつかまれた。
「君、そんな態度では美しくない。ボクたちは素晴らしいことをしたんだ、もっと堂々と胸を張りたまえ!」
こういう風に、とコウスケはジンの肩に腕を回しながら胸を張った。多数のカメラが二人を捕らえていた。
ジンはコウスケの腕を振り払ってどこかに行ってしまった。
「……あれだけのカメラに囲まれるのはもうこりごりだ」
言い残したのはただそれだけの言葉だった。

コウスケは誇らしくインタビューで熱く何かを語っている。その間に背の高い大人達の中をジンはすり抜けていく。
ジンは誰もいない中庭のベンチで新しい愛機をまじまじと見た。遠くではまだ喧騒が聞こえるが、静寂に包まれたここは戦いに疲れた体には心地良い。
と、安らかにベンチの背にもたれていられたのもつかの間だった。草むらが揺れ、ひょっこりと二つの頭が出てきた。
「お兄ちゃん、映画のヒーローみたいでかっこよかったよ!」
「これあげる! さっき二人で作ったんだよ!」
出てきたのは屋上にいた兄妹だった。人のいる場所を避けたつもりだったが、この二人には探し当てられてしまったのでジンは顔を綻ばせる。少女は草花で作った冠を、少年は色紙を貼り付けて作ったメダルをジンに渡した。


それから数日後、学校だけでなくNシティ全土が日本人留学生が大活躍したという話題で持ちきりとなった。毎日のように二人の学校には記者が押し寄せるが、ジンは何も言うことはないと断り続け、コウスケばかりが表舞台に立っていた。
連日放送される特番ではコウスケがカメラに向かって『見てるかいダディ!』と言うのがお決まりだ。それにもそろそろ飽きてきた。記者はもう一人いましたよね……などと尋ねる。そのときはいつも彼はこう言う。
『彼はちょっとシャイなところがあってね……あまりこういう場には出たくないそうなんだ』
別にテレビに出ることが恥ずかしいのではない。でなければアルテミスには出ていないはずだ。好奇の目をした記者やカメラマンに囲まれることにトラウマがあるだけだ。
だから、輝かしい功績は全て彼に譲った。暴走したLBXを止めたことも、人を助けたことも賞賛されることが目的ではなかった。
一時はLBXをやめようと思ったことがあったが、今回の出来事を通してそれの必要性を再認識した。学校の、そしてNシティの平和を守ったという大きなことよりも、小さな愛機との絆を深められたこと……ジンにとってはそれだけで十分すぎた。

ジンは長い袖を手首まで捲くり、トリトーンと共に再出発を目指した。

2012/06/17

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