Re:start 2-1

幼なじみや親友、世話になった大人達に別れの挨拶をしてから早三ヶ月、新たな学生生活にもそろそろ慣れ始めてきただろうか。日本を発ってA国に留学していたジンは学生寮の一室で物思いにふけていた。
日本に置いてきた幼なじみ、ユウヤのことを心配しているのだ。
ジンは旅立つ前に彼を八神の所に預けた。ここが彼の新しい家だと教えた。だが、慣れないうちは彼はまだ「一人」だった。十年前に両親を失ったあの日以来、一人にされることを頑なに拒み、依存するように縋り付く彼にとっては死ぬよりもつらい仕打ちなのではないか。彼は今何をしているのだろう。新しい環境にも慣れたのだろうか。寂しくて泣いているのではないか……などと、留学して本当に良かったのだろうかと悩むこともしばしばあった。

ジンは机の上に立てかけてある、出発する直前に撮った二人が写っている写真を眺めた。あれからもう三ヶ月、出発前に切らなかったので自分と同様に彼の髪も伸びているだろうと思った。

保存BOXに入れたままのメールや、電話帳もあれから開いていない。週に一度執事や八神からユウヤの元気そうな様子が伝えられる。新しい人生を始めようとしている彼の邪魔をしてしまうからと、本人に直接尋ねることはこの三ヶ月間に一度もしなかった。


新聞を取りに玄関へ向かうと、ジンは一通の手紙に気が付いた。新聞の一面記事にさっと目を通す前にそれを開く。差出人はユウヤだった。
『ジン君へ
僕は今、八神さんの探偵事務所で探偵助手をしています。
八神さんたちと一緒にいることも、一人でいることにもなれました。
今度会うときはジン君とバトルがしたいです』
これは返信をしてやらなければならないな、とジンはCCMを取り出す。が、心を込めた手書きの手紙が送られてきたのだから、同じように手書きで返した方がいいだろう。机の引き出しから便箋を取り出し、返信を書いた。
(そろそろ学校に行かないとな……)
腕時計を見ると時刻は朝の八時だ。六時に起きて朝食や着替えなどは済ませてある。寮の階段を下りてバス停に向かった。

並んでバスを待っている間、ジンは突然後ろから日本語で話しかけられた。A国に来て以来あまり聞くことのなかった母国語だ。A国には日本からの留学生は大勢いるが、同じ日本人だからという理由で壁を乗り越えて気安く話しかけてくる者はほとんどいない。懐かしい響きに振り返ると、そこにはよく知った顔があった。

「なんだ、君も留学したのかい。この美しいボクに憧れて!」
「君に憧れたわけではない。僕は自分の意思で留学した」
振り向いた先には、神谷コウスケがいた。この男はいつも自分の領域に土足で踏み込んでくる。同じA国にいれば彼と出会う可能性は十分にあったのだが、まさかこんなに早く出会ってしまうとは……せっかく広い世界に飛び出したというのに、意外と世界は狭いものだ。
彼は自身や愛機の美しさを悪魔のようだと否定され、一時は父や敬愛する師の計画を打ち砕いたジン達に憎しみの念を抱いたこともあった。だが、彼の傷心も時が癒してくれたのだろう。浮かべる笑みは落ち着いたものだった。
「あっちの学校はボクには合わなくてね、結局戻ることにした」
コウスケは帰国後、LBX工学科がある日本の高校に通っていたが授業のレベルがあまりにも低すぎると感じたらしく浮きこぼれていた。授業外の勉学には励まず遊んでばかりいるクラスメイトの姿を見て絶望に近い感情を覚えたという。
「僕もあまり合わなかった。周りの人はよくしてくれたが……」
「だろうな」
幼い頃から執事や家庭教師に高度な教養を叩き込まれた二人のことだ、学業に関してだけは珍しく気が合った。
「そういえば、ユウヤは元気かい」
「ああ、八神さんの所で探偵助手をしているらしい」
「へえ、あのユウヤがね……」

ジンの通う学校に向かうスクールバスの到着により会話はここで途切れた。二人は同じバス停に並んでいる。年齢は四つも違うので校舎は違うだろうが、小中高一貫の名門校なので同じ学校に通っているものだと思っていた。どこの学校だろうとバスの行き先を覗くと、そこに書いてあったのはコウスケの予想を遥かに上回るものだった。
「君、そのバスの行き先は……」
遅かった。バスのドアはもう閉まっていた。追いかけようにも人間の足ではどうしようもない。
「なあ、知ってるか? さっき大学行きのバスに乗ったちっこい奴……まだ十四才らしいぜ」
「飛び入学ってやつか? 天才はやっぱ違うねぇ……」
後ろでヒソヒソと話し声がした。その生徒によれば、ジンは大学に飛び入学したらしい。
幼い頃から父の後を継ぐための英才教育を施され、日本からA国の小学校に留学したコウスケは順序よく進級や進学をしていた。特に飛び級や飛び入学をしようとは考えていなかったそうだ。四つ下でありながら一つ上の学校にいるジンのことを聞いた彼はひどく悔しがった。


◇◆◇◆◇◆


ジンは一限目が終わり、次の教室に移動しているところだった。エレベーター前は人でごった返しているので階段を上っていく。足を上げると、ポケットの中で震動を感じた。こんな時間に誰が、何の用事で電話をかけてきたのだろう。
「もしもし?」
『ボクだ、今から話すことを落ち着いて聞いてくれ』
電話の相手はコウスケだった。しかし、先程とはかなり様子が違う。電話口から聞こえたのは凛と澄み渡るような自信に満ちあふれた声とは真逆の、ひどく重々しい調子の声だった。
『ボクの学校で変な首輪をした生徒とLBXの大群が暴れているんだ。狙いは君らしい』
「何だって!?」
ジンは階段を駆け下りる。走りながらコウスケの話を聞き、逸る気持ちを抑えながら校門を出た。
二限目が始まるチャイムが鳴ったが、今重要なのはそれではない。優秀な彼にとって授業を一度抜けたくらいでは支障はない。コウスケのいる学校に向かうバスを待つ時間などなく、一刻を争う事態だった。ジンを狙った何者かが七〜九年生、日本の教育制度で言えば中等部にあたる校舎を攻撃しているという。
『教師も生徒も操られている者以外は全員避難させた! ボクに手を貸してくれるか!?』
「今、そっちに向かっている!」
走りながらの会話で少し息が乱れてきた。が、休んでいる暇はない。こうしている間にも事態はどんどん悪くなっていく一方だろう。


――壊された正門を走り抜け、ジンはコウスケに合流した。あれから修理したというルシファーを操り、敵の猛攻を忍んでいる。LBXを倒せば生徒達の首輪は外れていく、そう説明を受けたジンはゼノンを取り出した。すると、瞬時に敵はターゲットを変えゼノンに襲いかかった。
ゼノンが敵を引き付けている間、背後からルシファーがヘブンズエッジで追い払う。ブレイクオーバーしたLBXには何らかの力が働いていたのか、それに連動して生徒達も意識を失い倒れ伏す。倒れた生徒達に攻撃がいかないように最善の注意を払うが、狭いこの場所で戦うことは難しくなってきた。
「こっちだ!」
なるべく広い場所に移ろうとコウスケは走りだす。向かっている先はどこかわからないがここよりマシだ、ジンは後を追いかけようとした。

しかし、
「……どうした?」
「ゼノンが……動かないんだ」
何度CCMのボタンを押してもゼノンは反応しない。敵に囲まれて動けないのではない。CCMからの命令を受け付けないのだ。
「CCMからデータを消せ! 操られるぞ!」
ゼノンの周りにいたLBXをルシファーはデビルソードを使い、薙ぎ払っていく。ゼノンはそれを食らっても立っている。白銀に輝いていたゼノンの瞳の部分は赤く、ボディはオルタナティブモード時のように青白い光に包まれていた。
ジンはCCMのフタを開け、その中にある強制停止ボタンを押す。データが消去される音はしたが、ゼノンはやはりそのままの状態だった。 
敵の数はだいぶ減らしたが、それ以上に恐ろしいのは敵側に回ったゼノンだ。一体普通のLBX何体分の戦闘力に匹敵するだろうか。不利な状況は変わらない。それどころか、ますます不利になってしまった。
この場でLBXが使えない人間は無力も同然だ。かといってここで引き下がる訳にもいかず、ジンは何か出来ることを探した。
傍で横たわる、同い年くらいの女子生徒を戦場から離れた安全な場所に移した。意識を失くし動かない人間は恐ろしく重く、あまり遠くには運べないがこれが今出来る最大のことだろう。
だが、ジンの力では一人しか運べない。すでに数人を比較的無事な校舎の壁まで運んだが、途方もない時間と労力がかかるのは確かだ。
真っ青な空に浮かぶ太陽は頭の真上だ。日陰もなく、困憊した体を引きずるように次の生徒の元へ足を進める。
体が自分より二回りくらい大きい男子生徒を運ぼうと持ち上げようとしたが、足が動かない。生徒の重さに耐え切れずバランスを崩し、そのまま下敷きになった。
今までこれ程の肉体的な疲労を感じたこともなく、ジンは倒れたまま絶望の色を帯びた渦に飲み込まれていくように感じた。遠くから聞こえる戦いの音も、悲鳴を上げる人の声も黒い渦の中にみんな吸い込まれていった。
土で汚れた前髪の隙間から見えたものは戦友の戦っている姿だった。ゼノン相手に相当手こずっているようだ。それなのに何も出来ない、そんな無力さが情けなくて爪が食い込むまで右手を強く握り締めた。
左手首の腕時計は平生と変わらず時を刻んでいる。一分などとっくに過ぎていた。何が「秒殺の皇帝」だ、失意と悔しさに抗おうと左手で固い地面を引っかいても、爪がカリカリと音を立てるだけで敵のいる場所には届かない。

――ジンよ、私を超えるのではなかったのか。ここで諦めるようでは私にはまだまだ敵わんぞ。
「おじい、様……」
規則正しく時を刻む時計を見て、祖父の言葉を思い出した。彼から与えられた腕時計、特注品らしく時間は一分までしか計れないものだ。それと一緒に小さなロボット――LBXも渡された。当時は今よりもずっと高級品だったらしく、裕福な家庭を除いては手に入れることが難しかった。
彼はジンをLBXのエリートプレイヤーにすると言った。引き取られる前は庶民の一家庭で育っていた自分には何のことかわからずとも、言われるままに知識や技術を吸収していった。上手くLBXを扱えれば祖父が褒めてくれる、次第にはそれが出来ることが当たり前になって祖父は褒めてくれなくなった。
厳しくなる教練に耐えかねてお家に帰りたいと言って執事に泣きついたり、逃げ出しそうと何度も家出をしたことがあった。しかし、子供の行動範囲など限られている。家出した後は必ず執事に連れ戻され、いつも祖父の説教とあの言葉が待っていた。
あれから数年の時は流れ、その言葉を聞くのも本当に久しくなった。だが、耳にまだ残る祖父の声がどこかで自分を呼んでいる。

「遅かったか……って、おい、立てるか?」
人はほとんどいない校庭の中に人影が見えた。小柄でずんぐりとした男だ。その男にジンは仰向けに転がされ、ペットボトルを口に押し当てられる。冷たい水を口に流し込まれ、消耗していた体力も少し回復した。

この男は何者だろう、水を飲ませてくれたのだから敵ではないと思いたい。ジンは警戒心を隠せなかったが、手を差し伸べる男におそるおそる片手を差し出した。
「お前、海道ジンだろ?」
「そうだが……僕に何のようだ」
男はジンに箱を渡した。箱には見たこともないLBXのイラストが描かれている。
「安心していい。俺は山野博士のエージェントだ」
男は山野博士のエージェントの一人であり、コードネームをマングースという。
渡された箱の中には深い海を思わせる美しい配色のLBXと、荒れ狂う海を一振りで鎮められる力を持つ錨型の武器が入っていた。外箱に書かれたメーカー名はサイバーランス社、ならばこれこそが社長がそのうち渡すと言っていたゼノンの後継機で間違いないだろう。
「ゼノンはMチップが原因で暴走しているんだ。だが、このLBXにMチップは入っていない」
などと、ジンはマングースからここ最近動きを増しているテロ組織、ディテクターの話を新たな愛機であるトリトーンを組み立てている間に簡潔に聞いた。
「司令コンピューターを止めなければLBXの暴走は止まらない、そのためにトリトーンに組み込まれたワクチンソフトを使う……か」
「この学校に大きなコンピューターはあるか?」
「わからない。僕はここの生徒ではないんだ」
ここの地理に一番詳しいのは、今敵と対峙中のコウスケだ。他のLBXは退けたが、やはりゼノンは強かった。ルシファーもゼノンも体力がかなり消耗しているように見えた。セラフィックモードやオルタナティブモードのために機体が輝いているのが何よりの証拠だ。
ルシファーはとどめを刺そうと力を溜めた。が、その隙にスピードの上がったゼノンはどこかに消えてしまった。

ゼノンから得たデータを元に開発されたというトリトーン。基本的な操作方法はゼノンとほとんど同じだが、パワーもスピードも段違いのようだ。ジンはCCMを片手にトリトーンを動かしてみた。最初こそそれの持つ素晴らしい動きに圧倒されたけれども、すぐにそれをものにした。
「これは……」
「あ! そっちに向けて使ったら……!」
ジンは何やらゼノンにはない、新しい機能を発見したようだ。マングースが手を伸ばして止めようとしたが、愛機のことで知らないことがあってはならないと、ジンはCCMの画面の表示に従いボタンを押した。
「ぅ……」
主の命令に従ったトリトーンは武器を立てかけ、両手から粘着性のあるジェルを噴出した。こちらに一直線に伸びたそれは避ける隙を与えなかった。べっとりとした白いジェルが顔にかかった。


「……セラフィックウイングをお見舞いしてやろうと思ったが、あと少しのところで逃げられた。美しくない」
激しい戦いの末に乱れた髪を整え、土で汚れた服を払いながらコウスケが戻ってきた。いつも持ち歩いているらしい手鏡には苦い顔が映っていた。
「どうしたんだ、ひどい顔だな……」
「何でもない」
ジンはハンカチで顔を拭いた。幸いジェルは少量だったので、大事には至らなかった。
コウスケはジンの隣にいる見慣れない顔をした男に首を傾げたが、敵ではないとわかるとすぐに協力態勢に移った。
操られた生徒は全員解放した。残る目標はゼノンの解放と司令コンピューターの制御だ。

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