※DVD特典小説、エピローグ小説、ホビージャパンネタバレ

バンが神威島に滞在中、初めての講義がジェノックとハーネスのいる食堂で行われた。ちょうど四時間目だったので一緒に昼食をとることになり、この日バンが頼んだハンバーグ定食とオレンジジュースには注文が殺到した。
口の中には食べ物がまだ残っているというのに次々と質問が降りかかり、これでは落ち着いて食べる余裕もない。答えては食べ、口の中を空にしてまた答える……その繰り返しであまり食べた気がしない。好物のオレンジジュースで息抜きしたバンだったが、まだまだ回答待ちの質問が残っている。
伝説に少しでも近付こうとするため、周りを取り囲むあらゆる仮想国の生徒達は高校生活や将来などにかかわらず好きな食べ物やLBX以外の趣味など何でも聞いた。
そんな中、誰かが聞いてくれるだろうと待っていた質問がアラタの口から飛び出す。男子生徒も女子生徒もこれには興味津々なのか、拍手が起こった。
「バンさん、彼女っていたりしますか!?」
バンが特別に座らせてもらった勝利者の席の真正面。ゲストを招くにも素晴らしい席だ。
ムラクが静かに食べている横でアラタがテーブルに手をついて身を乗り出している。食器が派手な音を立てた。
「えっ、いや、どうだろ……」
頭をかきながら曖昧な返答をするバン。テーブルにトレイが置かれ、隣の空いている席に授業の片付けが終わったらしくジンが座った。
「生徒の質問にきちんと答えてやることも教師にとって大切なことだ。どうなんだバン君」
尋問でもするような険しい表情に食事をする手が止まり、考えた結果口から出てきた言葉がこれだ。
「うーん、彼女はいないかな……」
「こんなに強くてかっこいいのに!?」
ざわめきが起こると同時に再び食器が派手な音を立てる。
世界を救った英雄の中心人物であり、ライバルとして比較されることが多いジンにも引けを取らない。顔も性格もよくLBXの腕は世界一、ファンの数は数えきれない。彼女の一人どころか何股もかけていてもおかしくないのに一体どうしたものか。
バンはジンの方をちらりと見る。長い沈黙が訪れ、理由をなんとなく察したアラタは静かに腰を下ろした。
普通に考えれば原因は隣にいる最強のライバルなのだろう。ジンはバンに比べて女性ファンの比率が圧倒的に多い。恋愛面では霞んで見えてしまうのは本人もわかっている。
場の空気をなんとか元に戻そうとスズネが幻のたこ焼きの話を振った。それならミソラ商店街にもあると、昼休み終了のチャイムが鳴るまで盛り上がった。


放課後の客室。立ちっぱなしと喋りっぱなしの連続で疲れ切ったバンがソファーで寝そべっていた。これを毎日数時間、日曜日を除いてあと五日も続けなければならないのだ。
このまま眠ってしまうのもいいが、ここでしか見られないハイレベルなランキングバトルが始まっている。ブラックコーヒーが飲めないのでミルクと砂糖をたっぷりと入れて眠気をごまかした。
「そういやジンって何教えてるんだ?」
「高三の受験対策クラスだ」
ジンが隣に座ってくるので横になったまま教科書を覗き込んでみる。高校で今習っている範囲も含まれていた。
「明日にでも教室に来れば他の生徒と一緒に教えてやるが」
「それって俺にジンの教え子になれってこと? ……冗談じゃない!」
高校生ながら特別講師として招かれたのに、同い年の生徒に混ざって同い年の教師から勉強を教わる。ジンが飛び級によりわずか十五才で大学を卒業したとはいえ、こんなおかしなことがあるものか。生徒と生徒の関係で勉強を教えてもらったり宿題を手伝ってもらったことはあってもそれはプライドが許さなかった。
「はいはい、海道先生はたいへん優秀ですね」
バトルでは同等の実力を持っているが学業では完全に負けている。普段なら絶対に呼ばない、冗談のつもりで嫌味を込めた呼び方で呼んでやる。それですっきりするつもりだった。
「君もそろそろイギリスのブリントン大学の入試と面接があるんだろう。まあ頑張りたまえ、山野先生」
励ますように肩を軽く叩かれてはこれ以上の反撃はできなかった。


少し時間がたち、本日のランキングバトルは終了した。
日も沈みかけていた中客室から少し明かりが漏れている。今客室に行けば憧れのバンともっと話せるかもしれないと、アラタはムラクを連れて中を覗いてみた。
「ううぅ、腰痛い……先生の仕事ってこんなにも大変なんだ」
「座りっぱなしの授業とは違うだろう。僕だって来たばかりの頃は結構疲れた」
見れば憧れの二人がソファーで談笑していた。
テーブルにはブラックコーヒーとミルクコーヒーが置かれ、菓子の袋が口を開けている。本日分の仕事を全て終わらせたのだろう。さて、中に入ってもいいものか。

「へー、ジンさんもバンさんの前だとあんな顔するんだ……」
「五年のつきあいだからな」
アラタ達は聞こえないよう小声で話しながら中の二人の様子を眺めている。
バンは眼鏡の奥で笑顔を浮かべ、ジンも教師や副司令官としての厳しい表情はそこにはなく、二人きりのときしか見せない柔らかい表情を浮かべていた。
しばらく眺めているとバンが眼鏡をジンにかけさせてじゃれあっている。四才しか変わらない彼らだったが、教える立場と教わる立場、二人にとっては成熟した大人のように見えていた。それが今は少し年上の普通の高校生のように見え、どこからか親近感が湧いてくる。
思わず吹き出しそうになると上から何か黒いものが垂れて視界を遮る。ムラクも笑っているのか肩が小刻みに動いている。
「うーん……」
「ああ、すまない。髪が邪魔だな」
何度よけてもらっても髪が上から垂れ下がり、綺麗な髪も今は邪魔で仕方ない。ついには顔をくすぐりだし、鼻まで刺激する。
「へ、へっ……」
必死で口を押さえてくしゃみをこらえようとするも、限界が来てしまったようで盛大なくしゃみを放ってしまった。そのせいでバランスも崩れ、ドアが大きく開くと同時に部屋に転がり込むような形になった。
「誰だ!」
「あ、あの、これには深いわけが……!」
ジンの急な大声に驚いた二人はその場で腰を抜かして動けなかった。仕事後の休息、久々の再会を果たした二人の触れ合いを邪魔をした申し訳なさと驚きでまともに言葉が出てこず、最後の方には口をパクパクさせるほどだ。

「……なんだ、君たちか。驚かせてすまなかった」
バンの眼鏡をかけたままジンが出てくる。二人は黙って覗いていたことを謝って事情を簡潔に説明し、少し中で時間を過ごした。出してもらったミルクと砂糖を多めに入れてもらったコーヒーがおいしかった。
「二人とも、仲いいんだな」
「はい! 元は敵同士でしたけど、今は大切な友達なんです」
バンは二人が部屋に来る前にジンから聞いた話を思い出す。ジェノックとロシウスが敵対していた頃のこと、ロシウスとの領土縮小とジェノックとの合併、全ての仮想国が一つとなって世界の危機に立ち向かった小さな島での大きな出来事。
敵同士だったのは環境のせいで憎しみなどの感情は一切なく、それどころか互いに意識し合っていた。一つ一つの小さな力が集まって強大な敵を倒す、イノベーターと戦っていた頃の自分と重なるものも多々あった。
「ふーん、じゃあ俺たちと一緒だ。ジンだって元はイノベーターにいたんだよ」
「……ああ」
そう返したジンの声はどこか切なさを感じさせた。口にしたミルクコーヒーが妙に苦い。この話は多くの人の心の傷を抉りかねない、この辺りでやめておいた方がいいだろう。
「そうだ、さっきの話だけど」
さっきの話、と言われてもいまいち何のことか思い出せない。何か重要な話だろうと姿勢を正したムラクにならってアラタも姿勢を正した。
「あの話か。親友として僕も再度聞いておきたい」
ここで二人が何の話をしようとしているかがなんとなくわかった。おそらくは恋人の有無だと思われるがジンの表情は優しく、むしろ少し笑っている。
「言ったとおり彼女はいない。でも、大切な人はたくさんいる。ジンもその一人」
自分を生んで育ててくれた母親、LBXを生み出した父親、LBXを通して知り合った仲間、そしてアラタやムラクを含む神威大門の全生徒もだ。
「貴重なお話をありがとうございました。では俺たちはこれで」
そろそろ話を切り上げようと立ち上がろうとするムラクにアラタは不思議そうな顔を向ける。夕食の時間までまだまだある。もっと話したいのに帰ろうとするなんておかしい。
「まさか忘れたのか? あれをするんだろう」
ランキングバトル後、二人にリベンジするためにクラスメイト全員と特訓の約束をしていた。時計を見ればあれから二時間過ぎている。主役の二人がいなければ話にならない。
「うわっ、みんなを待たせてるんだった!」
バトル時間には個人差があるため人が揃わないからと少し出歩いたのが間違いだったか。この状況では憧れの先輩二人とじっくり話す機会があってよかった、とは言ってなどいられない。
アラタは砂糖たっぷりのミルクコーヒーを飲み干して食べかけの菓子を口に入れて駆け出し、ムラクはその後についていく。
「アラタを見ていると昔のバン君によく似ている」
「あそこまで俺は慌ただしくないって!」
バンにとってミルクや砂糖を入れていてもコーヒーは少し苦い。砂糖をもう少し入れようとしたところでアラタ達が来たためにしばらく我慢していたが、二人のいない今なら大丈夫かとスプーンに砂糖を乗せた。
「そういえば眼鏡はどうした」
「え? 眼鏡? 教室に忘れたかもしれない!」
ジンの一言にバンは目の周りや頭をしきりに触り始める。
眼鏡は四人で話しているときにケースに入れておいた。冗談のつもりで言ったはずが本気にしたバンは今にも走って部屋から出ていきそうだ。
「いや、今のバン君も十分よく似ているな。ちなみに眼鏡ならケースの中だ」
「……やられた」
2014/06/25

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