ケガ人が出たために四時間目を早めに切り上げ、エゼルダーム所属の男子生徒と体育教師の武田シルビアが保健室へと向かっていた。
傷の具合は少し膝をすりむいた程度であるが、念のため消毒と絆創膏は必要だろう。六十年代の教室を意識し、変にリアルに作られたせいで建て付けのあまりよくないドアを開ける。しかし、一足早く昼食に向かったのだろうか、日暮は不在だった。
電気もつけっぱなし、鍵も開きっぱなしと不用心すぎる保健室。誰もいないのかと覗き込んでみると、カーテンで仕切られたベッドの辺りで何か物音がした。
隙間から見える小柄な影と整えられた青い髪、そう、間違えるはずがない。
(あれはセレディ様ではないか! あんな所で何をしていらっしゃるんだ?)
(今日もセレディ先生は美しく神々しい。あの姿はまるで風に揺れる儚く可憐な青い薔薇……!)
男子生徒は目を大きく開き、シルビアは乙女のような表情を浮かべる。が、お互いの目が合う前に教師らしい真剣な顔つきに戻り、生徒にこう言った。
「日暮先生はハーネスの司令室の方にいそうだな。君は入れないから代わりに呼んでこよう」
これでケガのことは安心だ。しかし、ドアが何かに引っかかってなかなか閉まらない。

「また保健室でサボりですか」
人がいるかもしれないので猫をかぶり、空のように澄み切らせた声の後に続く、やる気のない大あくび。どうやらここにはもう一人いるようだ。予習、復習も完璧にし、楽しみで仕方ない公民の授業をサボった不届き者がこの学園にいるというのかと妄想を飛躍させた生徒は握り拳を作った。
「本当に君はいけない子ですね……」
「ウォータイム加点と定期テストで十分だ。それより俺たち以外誰もいないんだからアレ、見せてくれよ」
二人分の体重でベッドが軋む。寝ていた人物は起き上がり、再び大あくびに加えて伸びをした。この時代には珍しい、特徴的な坊主頭が見えた。
(む、伊丹キョウジか! まさかセレディ様と……)
カーテンごしに見ればお互いが向かい合って下の方をもぞもぞと触り、何かを取り出しているように見える。不気味なもやが立ち込め、電撃が走った。
「近くで見ると本当でけえな……可愛い顔に似合わずエグいモノ持ってやがるぜ」
「そうやってまた私を口説くつもりですか。しかし、君のだって黒々として雄々しく……実にすばらしい」
カーテン、大きめの白衣、かけ布団など様々なものが邪魔をして肝心なものが見えない。覗いている二人には見えなかったが、彼らは戦場では長々と見ている暇のない互いの愛機を隅々まで観察していた。
「他の奴をやるのもいいけどたまには俺とやらせろよ」
「私の体は少々特別ですよ。このテクニックの前には一分も耐えられないと思いますが」
疲れを知らない機械の体。体の九十パーセント以上が人工物と化した体では、長期間の飲食や睡眠が必要ない。もちろん、生身の肉体の限度を超えた戦いだって可能である。

禁断の扉に変わってしまった保健室のドアを覗く二人の口は半開きだった。生徒は膝の痛みを、シルビアは昼休み明けの授業のことを忘れるくらい、一点を凝視していた。
「ほら、舐めろよ」
「んぐ」
二つの影がゆっくりと重なる。何かを舐めさせようと口に突っ込んだようだ。この布きれさえなければ、と生徒の目は血眼になった。
(あの二人、一体どういう関係なんだ!? クソ、うらやましすぎるぞ!)
(ああ、いたいけで天使のようなセレディ先生が悪魔に! たとえ年が近かろうと生徒が教師に手を出すなど……!)
これ以上はダメだ。色々勘違いもあるが、見てはいけないものを見てしまったと二人はその場から逃げるように立ち去った。


「……さっきまで誰かに見られていたようだが」
セレディは口に突っ込まれたスティックつきの飴を取り出し、普段の口調に戻る。そして、足の横でいつの間にか倒れていたファントムを手品のように消してしまった。
「どこだろうと戦場だぜ! セレディ『先生』よォ、俺に犯られる覚悟ぐらいできているだろうなァァ!!」
キョウジが静かな保健室には似合わないような高笑いをする。昼休みだろうと勤務中には変わらない。普段は呼び捨てだというのに、こういうときに限って「先生」を強調しているのが実に嫌らしい。
少し気を抜けばこれだ。勢いよく腕を引っ張られて、小さな造り物の体がベッドに深く沈み込む。ウォータイム中でならとんでもない不覚だろう。
一度捕らえられてしまえばどこまでも堕ちていく。子供と変わりない姿では力が強くなっていく年頃の男を拒めない。かといって元の姿でも拒めるかどうか。やはり老いた腕では全く敵わないだろう。
頭を引き寄せられ、くわえていた飴を奪い取るようにして唇に噛みつかれる。人工物とはいえ、丁寧にとき流した髪もこれでは台無しだ。
「……甘」
「色事を覚えたての糞餓鬼が。年上をからかうなよ」
こっちはお前の五倍生きているんだ、と聞こえないように呟く。濡れた口元を白衣の袖で拭くと、同年代の見た目の少年が持たない魔性が顔を覗かせた。
「さて、そろそろ授業に行きますか」
セレディはベッドから立ち上がり、何事もなかったかのように飴をくわえたまま保健室をあとにした。
2013/11/17

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