※シーカーボードのネタバレ注意

世界制服を企てていたA国副大統領のガーダイン、そしてレックスの妹である檜山真実の野望を打ち砕き、世界に再び平和がもたらされた。
九人の勇者達は今まさに地球に帰還しているところだった。女子を中心に数人が集まって記念撮影をしたり、今の心情をシーカーボードに書き込んだりと、少し早い修学旅行気分だ。宇宙の無重力とももうお別れだ。一生で味わうことはおそらくもうないだろう貴重な経験を各自が振り返っていた。
まずは身長が少しだけ伸びた気がした。その反面に顔がむくみ始め、味覚や嗅覚が失われた。喉が渇いたのでなんとなく炭酸飲料を飲もうとしたら地球以上の大噴射が起こって大騒ぎになったこともあった。

地球の常識は宇宙では通用しない。そのことに驚き、一言感想を書こうとバンはシーカーボードを開いた。しばらく見ない間にずいぶん書き込みが増えている。全部を追うのは大変なので有用そうなものに目を通してみた。
そして更新のボタンを押すと、ヒロが一番上に来た。

『みなさん、ちょっと聞いてください! 宇宙に行く前に大発見をしたんです! なかなかこんなことを書ける状況じゃなかったので、今書こうと思うんですが……』

個人的または抽象的すぎる話ならここでわざわざ書くなと大人達に注意されるけれども、特別な今日は皆大目に見ている。それどころか聞かせてほしいとさえ返ってきた。

『マスクドJさんには奥さんと息子さんがいるみたいなんです!』
(父さん、ヒロに何を教えてるんだよ……!)

第四回アルテミス決勝戦の前にマスクドJは一度話題に上がったが、バンの必死のごまかしで何事もなく次の話題に埋まっていった。あのときの恐怖感がまたしても襲ってきたのだから、バンの表情が一瞬にして凍りついた。冷や汗は流れる代わりに球体になって宙に浮かんだ。

『それも、家族全員が仮面をつけていて恐ろしく強いんだとか……』

傍でジンが笑っていた。何かを言いたくてたまらないらしい。それに、CCMの操作音が聞こえてくる。まさかと思いダイレクトメールを書いてみた。お互いが恥ずかしい秘密を握っている、秘密の暴露を阻止するにはこちらも同じことをすればいい……にやりと笑って送信ボタンを押した。

『アレを書いたらジンのものすごーく恥ずかしい秘密をバラしちゃうからな!』

お互いにした小さい頃の話で大笑いしたものをいくつか思い浮かべてみた。だが、メールに気付いていないのかジンは話を進めている。

『それはすごいな。そうだ、僕たちで地球に戻ったらその三人と一度手合わせしてみないか。もちろん、バン君も一緒だ』
『面白そうですね!』
『面白そうですね!』
『連投すみません……つい興奮して』

そのうち気付くだろうと更新ボタンを押してみた。状況は落ち着くどころかますます悪化している。

『それから山野博士にも見ていただきたい。博士、どうでしょうか?』
「えっ」

マスクドJと山野博士、その息子と自分が同時に存在するはずがない、ジンは回りくどく秘密をバラそうとしているのだろう。いざというときは送ったメールが力を発揮してくれる。困った姿を見せないようにバンは深呼吸をした。

『博士の最高傑作のイカロス・ゼロとイカロス・フォースに匹敵する実力をトリトーンは持っています。バン君とヒロに恥じないよう戦うつもりです』
『ああ、見せてもらうよ。地球に帰る楽しみがまた一つ増えたな』
(父さんも何書いてるんだよ!)

ジンはともかく、件の本人が地球で行なわれることになったバトルに興味を持つのは計算外だった。そしてメールの効果もなかった。

バンはジンのすぐ近くまで詰め寄ると、文字を入力し始めた。数個あげた秘密の中から一番面白そうなものを打とうとしたそのとき、CCMがどこかに飛んでいってしまった。

「わかった。だったら俺もバラすからな! ジンの恥ずかしい秘密その一……あ!」

壁を蹴って勢いをつけたジンがバンのCCMを奪って投げたのだ。無重力なので壊れることはなかったが、ふよふよと宙を漂いながら遠くに行ってしまった。


『ジnnnnnnnnnnnnnnnnn…………』

なんとかCCMを見付けて拾い、画面を見てみると文字数限界までnが羅列されていた。それに対し、何人もの仲間達が心配をする言葉を書いていた。

『足が滑ったんだ。たとえ無重力でも気をつけないといけないな』

なんとなく、アルテミスの決勝戦前のことを思い出した。ランがマスクドJは出るのかどうか聞いて、バンは出ないと思うと書いた。そこに、ジンが禁句を書こうとしたので阻止したあのときのことだ。
ジンが何かを打っていたのが見えて、覗いたら禁句が途中まで書かれていた。口で止める前に体が先に動き、何文字か消してCCMを奪った。その拍子に変な文章が書き込まれた。
何とか危機は免れた。するとジンはこちらを見つつ、「CCMが壊れたらどうするんだ」と書いていた。
確かそのときは「手が滑った」と書いただろうか。思えばこんなことができるのはすごいことなのだろう。去年は親友だろうと恋人だろうと、簡単には触れさせない高い城壁がそびえ立っていた。今年も再会してすぐはどこか他人のようで、しばらくたってから恋人らしいことをまたするようになったのだから。

目の前にジンはいるが、他には誰もいない。状況を説明するために返信を書こうとボタンを押すと、ダイレクトメールが来ていた。

『あのジンさんが……!? ぜひ知りたいです! ……って、アレって何でしょう?』

左側にはヒロのアイコンを見て不思議に思い、送信履歴を見てみると、どうやら送信相手を間違えていたようだ。

「ま、間違えた!」

動揺のあまり送信相手を間違え、さらには数ヶ月前の仕返しをされた。まずはヒロに送信ミスだと返信し、それからジンに変なことを言ったことを謝るメールを送った。

『なら、あのときのように行動で誠意を示してくれないか』

口ではなかなか言えないことを文章ではさらりと書けてしまう。アイコンの色白の真顔とは正反対の赤く染まったジンの顔が折りたたんだCCMで隠されていた。


――それからは通路での追いかけっこが続き、地球に到着する頃二人のいた場所には球体となった透明な液体が数個残されていた。
2012/10/28

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