※Dr.マミー=レックスの設定

部屋に鍵をかけ、モニターと机の蛍光灯だけが光を放つ一室でキリトは人知れず泣いていた。電球が古くなったのか否か、部屋の暗さは心情に比例するかのように暗く、半身に深く影を落としていた。
何人もいるテストプレイヤーの中では誰よりも強かった。一度に十体のLBXを舞うように葬ったこともあった。しかし、突然現れたたった一人の男に築いてきたものを全て壊された。最強という称号も、自尊心も、存在価値すらも揺るがされた彼にとっての心の傷は計り知れないものだった。
カスタマイズにより攻撃、防御、機動性などを最高値まで高めたジョーカー・キリトカスタムだったが相手には全く歯が立たなかった。相手を嘗めきっていたのではないが、少々思い上がりすぎていたのではないか。その男とのバトルでキリトはそう感じた。

どこからか金属の車輪の音が聞こえてくる。この音はあの男の車椅子の音だろうか。そう思うと、キリトは無意識にLBXの車輪の付いた脚部を手に取っていた。

音は部屋の前で止まった。モニターで確認すると思った通りの人物――Dr.マミーがいた。
今更何のようだと思ったが、開けろと言っているように見えたので自動ドアを開けてやる。
四角いトレイの上にはカップとプレートが二つずつ乗せられていた。彼が部屋に入ってきた途端、コーヒーのいい香りが漂った。だが、憐憫か嘲弄かそれともただの退屈しのぎか……意味がわからなかった。

「……め」

包帯に覆われた隙間から出される声は掠れていてうまく聞き取れない。トレイを持って近付いてくるのだから、おそらく飲めと言っているのだろう。
机の上にあったコーラも飲み干してしまっていた。彼の意図はわからなかったが、キリトは差し出されたコーヒーを口に含んだ。
ミルクも砂糖も入っていない苦い味が広がった。皮肉にもこの苦いコーヒーを持ってきたのは自分を打ち負かした相手なのだ。負けた悔しさとやるせなさがそれと共に体に染み渡った。
確かにそれは苦い感情を思い出させたが、これまで味わったことのないくらいおいしいものだった。重い過去を背負った男が入れたコーヒーからは、人生の苦味を知った大人の味がした。

「ミルクと砂糖ならここにある……」
「……子ども扱いするな」
「俺から見ればお前みたいな奴はただの生意気なガキだ」

キリトは不機嫌そうにDr.マミーを睨み付けた。座っているために目線の高さがほぼ同じなので、立ち上がってからコーヒーを一気に飲み干してやった。そして、猫背をさらに曲げて小さな子供に話しかけるように屈んだ。

確かに言われた通りなのかもしれない。その名を表すように顔中に巻かれた包帯を隔てた暗紅色の双眸が紅の瞳を射竦め、勝てた気がしなかった。
キリトは彼の顔と体を覆いつくす包帯が気になっていた。この男は何故こんな姿をしているか、過去に一体何があったのか、そんなことを考えていた。彼は何も語らず、掠れた喉から搾るように声を発した。

その直後にキリトはすごい力で引き寄せられ、薄くカサカサした包帯の感触と厚く柔らかい唇のそれを味わうことになった。口の中に再度広がった味は苦かった。
訳がわからないまま混乱するキリトを一瞥し、Dr.マミーは部屋を去った。自動ドアが開き、そして閉じた。金属製の車輪を回す音だけが聞こえた。

「あんなものが……」

他に誰もいなくなったところでキリトは呟いた。
蘇る悪夢のような光景。頭から離れることはないだろう。これから出来るだけ強い奴と戦う必要がある、キリトはハカイオー・キリトカスタムにそう聞かせた。
それにしてもDr.マミーは何のためにあんなことをしたのか。口直しに冷蔵庫から出した冷たいコーラを飲み、口を拭いてやった。
2012/06/14

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