俺は自動販売機。アルテミス会場の奥の廊下にぽつんと佇み、人間に飲み物を出す機械だ。ロビーやスタジアム付近の奴らとは違って利用者はあまりいない。
時々来る人間はいる。来るのは点検にくるおっさんや観客が少しだ。最近会場が賑わっているらしいが俺には縁のないことだろう。どうせ隣の奴と駄弁って一日を過ごすだけだ。

今日はじいさんが俺の股ぐらに手を入れてきた。勿論俺にはそんな趣味はない。どうやら小銭を落としたらしいが、動けない俺にはどうしようもない。じいさんは杖を強引に差し込んで金を拾い、隣の奴から茶を買っていった。
それから怪しいサングラスの男がやってきた。男はじろじろと俺の方を見ている。男はポケットに手を入れた。急いで飲み物を出す準備をした。今日初めての俺の客になるかもしれないと、期待を寄せた。
すると男は俺の背中に触れ始めた。硬い男の手が背中をまさぐっている。だから俺にはそんな趣味はない。男は散々俺の体を弄ぶと、小さい何かを俺の背中にくっつけたんだ。怪しいホテルにいる仲間が売っている玩具か、ガムか、それとも爆弾か?
男は俺の方を見てニヤリと笑うと、CCMを片手にどこかに行ってしまった。ああ、今日も俺の客はゼロか……値段も品揃えは他と変わらないのに。

近くのモニターにバトルの様子が映り出す。こうなればしばらく誰も来ない。休憩時間になれば誰かが飲み物を買ってくれるだろうか。


客が来ないと日頃の愚痴を隣の奴に話していると、足音が聞こえた。実に軽快で若々しい足音と、素人なら聞き取れないだろう静かな足音だ。俺は大声で愚痴を言うのを止めると、姿勢を正した。

「確かこの辺にあるはずよ」
「ああ、探そう」

聞こえたのは若い男女の声だった。数ヶ月振りの女の客だ、と俺の内部の温度は上昇してゆく。すぐに冷却措置がなされたが、俺の期待は最高潮に達した。

「あの自動販売機……怪しいわ」

俺の目の前に可愛い女の子が立った。女の子は俺の口の中に手を入れ、中をまさぐり始めた。幸せに感じた俺は思わずジュースを落としてしまう。

「あった、後ろだ」

横から聞こえたのは男の声だ。この男も壁と俺の背中の間に手を入れてくる。今日は変な客が多いな……
男の肩が挟まり、腕が差し出される。手は俺の背中を掻くように動いている。一体何をしているんだ。何度も言うが俺にはそんな趣味はない! 野郎ばかりに体を触られるのは我慢ならない。このまま後ろに倒れこんでやろうかとさえ考えた。
男はさっき来たサングラスの男に付けられた物体を取ってしまった。そして俺の前に立った。

「……妙なことをしてすまなかった」

男……いや、彼をまだ男と言うにはまだ早いだろうか。人間の年齢についてはよくわからないが、まだ大人の男とは言えない少年だった。
少年は高級感漂う財布を取り出すと、紙幣を俺に詰め込んだ。色々と迷いながら、ミネラルウォーターのボタンを押したようだ。
これは……今日初めての客、ということか! ジュースも水も俺の奢りだ!
俺は心の中でそう叫び、勢いよくペットボトルを出した。同時に金もだ。それだけ客が来たことが嬉しかったんだ。

『大当たりです! ありがとうございました!』

俺は言葉の代わりにお礼を書いたランプを点けた。知らない女の声がお礼を言うと、少年は俺に笑いかけてくれた。俺にそんな趣味はないのに、何だか俺の内部が熱くなった。「つめたい」と書かれたマークが「あたたかい」に変わっていった。ああ、また点検のおっさんに怒られるな……

去って行く二人を見送ると、俺は隣の奴に自慢話を始めた。二人も何か話しているがよく聞こえない。


「ジェシカ、あれは本当に『自動』販売機なのか? 僕には中に人がいて手動で動いているようにしか思えないんだが……」
「何それ、そんなわけないでしょ! ジンってば天然? さっきも自動販売機に話しかけてたし……」
(初めて使ってみたが、自動販売機とはああいうものなのか……)
2012/05/17

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