▼雪燐風味?
途中で終わる。何故。









一面が赤黒く、悪臭が漂う空間で僕は立ち竦んでいた。

兄は五年間という歳月、姿を眩ませていた。上一級祓魔師まで昇格していた彼が失踪したという事実は騎士團を震撼させ、青焔魔の落胤がついに牙を剥いたと証拠もないのに決めつけた。直ぐに捜索隊が編成され聖騎士の命令により特別体制が敷かれた。当初は数日内には捕らえられると啖呵を切った騎士團だったが、幾ら時間を賭してもその足取りすらも掴むことは出来なかった。事実、僕だって最悪の結末も予想していたし、無事生きてへらへらと目の前に現れようものなら数回殴ってやろうと思っていたのだ。たった一人の家族なんだからそれくらい許されるだろう。そして妙な所だけ頭の回るあの兄ならば、結局は仕方ないと許してくれる。そんなふうに安楽視していた僕は、久し振りに見た兄の姿に戸惑いを隠せなかった。
「雪男」
小さく兄さんが僕の名前を呼ぶ。動揺を隠しきれない僕は返事などする事は疎か、ただただ呆然と相手を眺めるしか出来ない。それが堪らなくもどかしかった。自分でも多少なりとも優秀だと思っていた冷静な状況判断能力も、何もかも凍結され、瞬きすら忘れた双眸が乾いて痛みが走るのを感じる。そのままゆるゆると視界を下方へとずらし、血生臭いにおいの原因(獣や悪魔の死骸、祓魔師の遺体、どれもこの悪臭の原因であるのは違い無いだろう)を眺め、そして埋もれるように兄の青焔魔の能力を封印するという至極重要な役割を担っていた刀が、鞘から抜かれたままで地面に転がっているのを見た。死骸を除け、手を伸ばし放置されていたそれをそっと拾い上げてみれば、ひどく冷たいそれが兄の境遇を物語っているようで、訳もなく目頭が熱くなる。表情を隠し震える手で眼鏡のブリッジを押し上げると、兄が少し笑ったような気がした。
「俺、決めたんだ。」
静かな部屋に凛と響く声。久方振りに聞いた兄の声色は以前と存外変わりは無く、ああ本当に兄さんなんだなあと、暢気に考える。それでもこれから続くであろう話は僕にとってとてつもなく、厭な事柄だろうというのは察していた。
「…――虚無界を封印する。」
また小さく、けれど決意を込めて呟かれた言葉。本当に予想通り過ぎて、馬鹿だな兄さんと心の中だけで辛辣な科白を吐く。兄が自分一人を犠牲に沢山の人間を助けようとするのは知っていたし、年少の頃からずっと見てきた。神父さんを間接的に殺してしまったことや僕を祓魔師の道に巻き込んでしまったこと、兄は全然気にしてないように振る舞っていたが、本当は凄く気にしていたんだと思う。寝言で何度も僕の名前を呼びながら謝罪をする兄の手を握って大丈夫だと囁いたのはまだ記憶に新しい。神父さんのことも兄さんだけの責任では無いんだから、そう言えたらどんなに良かったことか(兄さんが神父さんを殺したんだと過去に凶弾してしまった僕がこんなこと言える立場では無いが)。居ても立っても居られずに唇を噛み締める。さすれば僕の行動に対し殆ど傍観一方だったのに、眉間に皺を寄せたままで此方へと近付いて来た。無言でずんずんと接近されると流石に驚いてしまう。噛み締めていた唇が無意識のうちに解放される。それを確認し、五年という月日が更に開けてしまった身長差を埋めるように背伸びした燐が、僕の唇に自身の唇を重ねた。舌で下唇の輪郭をなぞられ、そして若干の未練が有りながらもゆっくりと離される。
「――あんまり噛み過ぎんなよ、血ィ出てんぞ」
その言葉に初めて唇を舐めた理由は血液を拭う為だったのかとぼんやり考える。兄さんが舐め取った血液のように、このまま僕を食べ尽くしてしまえば一つに成れるんじゃないか。真っ黒に塗り潰された思考が頭を過ぎった。



ダークサイド
マイヒーロー

(優しい悪魔は僕のヒーロー)







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なんちゃって!
なんちゃって!!



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