僕の平凡で幸せな一日はワコの何気ない一言によって脆くも崩れ去った。



「私、タクト君の歌声聴いてみたいなぁ」
昼休みになり何時も通り机をくっつけての昼食。南原のメロンパンにかじり付き平穏な昼食タイムを謳歌しているタクトに向け、前の席に座って弁当をつついていたワコが首を傾げ小さく呟いた。突然何か歌えと言われても人前で歌った経験など全く無く、それ以前に気恥ずかしくて歌など歌えるはずがない。困惑の表情を浮かべたタクトは隣に居るスガタへと助けを乞うように視線を向けると、彼もワコの意見に同意するよう首を縦に振っていた。

味方の居ない状況に口端が引き攣り更に不格好な表情のまま苦し紛れにメロンパンへかぶりつく。が、何時まで経っても無言でじっと見詰めてくる二人の視線に耐えかねタクトは漸く重い口を開いた。

「……冗談は止めて二人共。本当無理だからさ、ほら…ワコみたいに上手ければ話は別だけど、僕下手だし。」
嘘は吐いてないはずだ。歌はあまり上手く無いと思うし、実際此処数年歌った記憶は皆無だった。こんな言い訳で納得してくれる相手では無い事は重々承知していたが出来れば見逃して欲しいと、一縷の望みに賭ける。
「うーん、タクト君声が凄く良いからきっと歌うとそれが映えると思うよ。お願いっ、試しに歌ってみて!」

両手を合わせ頭を下げるワコを見て溜息を吐く。一方ワコはタクトの反応を渋々了承したと受け取り弁当箱を片付けるとタカシの元へ駆けていく。必死に何かを頼み込んでいるワコと、頭を抱え唸り声をあげるタクトとを交互に見やり今日も退屈しなくて済みそうだ、とスガタは暢気に考えくすりと笑みを浮かべた。



「…で、僕を音楽室に連行した理由は?何となくと言うか、話の流れ的に察しは付くけど僕に何をさせるおつもりで?」
その後直ぐさまワコに引っ張られるがままタクトとスガタ、そしてタカシは音楽室へと移動した。無理矢理にでも歌わされる予感は沸々としていたが、此処まで来てしまうと覚悟を決めて歌う、もしくは逃走かどちらかを選択するしか無い。既に期待の眼差しと共に椅子に腰掛けているワコを成るべく見ないよう、スガタに怖ず怖ずと目を向ければ手を振り「頑張れ」と言うエールが送られてくる。他人ごとだと思って…と、むっすりと頬を膨らませながらスガタを睨み付けるも相手は全く気にしていないようで、軽く肩を竦めるだけでタクトの怒りをスルーした。

歌うか、逃走か。

逃走した場合の事を考えてタクトは身震いした。…後からの報復が怖過ぎる、これは却下の方向で。と脳内で逃走の選択肢をごみ箱に捨てた。

「……解った、歌う。歌うけど、僕今時の歌とかあんまり知らないんだけど?」
「歌えるようなのが無いなら私が何回か歌ったの、聞いてたよね?あれを歌って欲しいなぁって」
長考の末諦めまじりの溜息を吐き仕方なく歌う事を了承すれば双眸を爛々と輝かせたワコが人差し指をぴしりと立て提案する。

「ああ、それなら僕も一度弾いた事が有る曲なので助かります。弾けない曲だったらどうしようかと思ってたんですよ」
タカシが頷いたのを横目にタクトは唇を尖らせる。
「いやいや、ワコが歌ってた曲って…記憶が曖昧なんだけど」
「あ、それなら大丈夫。きっと歌で悩むだろうって思ってたから歌詞は用意してる。リズムは何となく解るでしょ?」
要領よく既に準備されていたノートの切れ端をワコから手渡され其処に書かれた歌詞を眺め本当用意周到だな、とぼんやり思う。鬱蒼とした気分だが兎に角歌のリズムを思い出す事に専念してみればと何とか最低限必要な音程等は思い出せた。


「準備が良いなら始めませんか?これだと昼休みが終わってしまいますよ。」
時計を指差して急かすタカシを見て我に返る。休み時間は残り10分。
深呼吸をして気分を落ち着けた後、どうにでもなれと半分自棄になり何時でもどうぞと短く呟いた。




ピアノの旋律が始まり、それに合わせてワコの歌を思い出しながら歌詞を紡ぐ。初めこそ戸惑いがちに歌っているだけだったが段々とリズムに慣れ、大体の歌詞も把握出来ていた為ゆっくりと目蓋を臥せる。元々短くアレンジされた曲は直ぐに終盤に差し掛かりタクトがラストフレーズを歌い終えると後には澄んだピアノの音だけが響き、暫くして無音になった。実際歌ってみれば少しだけ歌手の気分を体験したような物で何故自分はあそこまで歌う事を拒否していたんだろう、と思い返しながら目を開く。そしてスガタとワコへ視線を向ければ二人共同じようにきょとん、とした表情を浮かべて此方を見ていた。


きっと自分の歌が彼女達が思っていた以上に下手だったんだろう。ならば、とタクトは口を開いた。
「だから下手だよって言ったのに、」
「…――スガタくん、タクト君って天然だったっけ?」
「天然かはともかく歌が下手とか解りきった嘘はもう良い。聴いてた限りだとワコと同じ位…か、隠れた才能だなタクト」
「へ?」
二人が言っている事の意味がいまいち理解出来ず首を傾げる。

「タクト君歌凄く上手かったんだね、さっきの聞き惚れちゃった」
今度はタクトがきょとんとする番で、ワコの言葉を頭の中で復唱する。

「…は?」
状況処理の追い付かず乾いた笑みを浮かべるタクトからスガタへと向き直したワコがにこりと笑う。




「もし私とスガタ君が島から出られたら、三人で歌手デビュー決定だね!」

本当勘弁して下さいと裏返った声でワコに陳情するタクトと三人の笑い声、そして授業開始を告げるベルの音が音楽室に木霊した。




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