の心配とは裏腹にのブラコンは加速する

祓魔師の仕事中のことだった。雪男はシュラと打ち合わせをしていたのだが、二人の仕事モードの空気を切り裂く音が流れ全ては一変した。
『雪男、メールだぞ。雪男、メールだぞ』
聞こえてきたその声は雪男の兄にして魔神の子。そして自分の弟子である燐の声だった。あ、失礼と言いながら懐からいまだ燐の声を発し続ける携帯を取り出す雪男。至って涼しい顔をしているのとは対照的に、シュラは表情筋を引きつらせて雪男を見ていた。
「・・・・おい、お前その着信音・・・」
「え?なんですか?」
そう、雪男の携帯から聞こえた燐の声は雪男が録音したものであった。録音した課程は実に聞きたくない。こいつは実の兄の肉声を着信音にして業務中に垂れ流す事ができる超絶ブラコンキモメガネなのだ。もうシュラは結構前に諦めている。そして雪男の悪魔落ちの心配もしなくなっていた。あまりにも燐が好き過ぎて気持ち悪くなったからだ。
「いや・・・もう死んでいいよ」
「?わけがわからないんですけど」
ブチッ、シュラの何処かの血管が切れた。
「わけわかんないのはコッチだっつーの!お前いつからそんなブラコンになったんだ?!」
「僕はブラコンじゃありませんよ、失礼な」
「ふざけんな」
ふう、と息を吐いてメガネのブリッジを上げながら冷静に受け答えするその姿が憎らしくて仕方が無いとはシュラの談。
「あの人が僕の兄さんだから好きなんじゃなくて、奥村燐という個人を愛しているんです。だからブラコンじゃありません」
「余計タチ悪いにゃーーーー!」
雪男の背後にキリッ!の書き文字が見えた気がした。


ふふふ、と微笑を浮かべながら携帯を操作する雪男。この笑みが学園の女子に人気なのだが、雪男に憧れを抱く彼女たちは知らない。彼の脳内に渦巻く汚すぎる妄想の数々を。知らぬが仏とはまさにこのことである。現に知ってしまった顔なじみの女性祓魔師がいまここで被害を受けているのだから。
「それにしても、兄さんがメールくれるなんてなかなか無いから嬉しいな」
「雪男、着信音全部その恥ずかしいヤツなのか」
きもいな、とはき捨てるシュラに対して何ともいえぬ表情を浮かべる雪男。
「はあ?何言ってるんですかシュラさん馬鹿ですか。兄さんから来たとすぐわかるように個別に設定してるんですよ。ほかは全部スーパーサイレントです」
鬱陶しいだけですからね、と自然に、ごく自然に言い切った。見ろ、世の女子共よ。これが最年少天才祓魔師にして正十字学園主席の真の姿だぞ。
「もういい・・疲れたアタシ帰って寝る」
「どうぞご自由に・・・・」
ブバッッ・・!!
「あ?なんの音、てうぎゃああ!なんなんだよ雪男まじで!!」
振り返ったシュラの視界に飛び込んできたのは、携帯のディスプレイを見て鼻から赤い液体を勢い良く噴出させている雪男の姿だった。まるで敵に追い詰められたときのような深刻な顔で。
「兄さん・・・・なぜこんな可愛いことを・・!!」
「クソ真面目な顔して鼻血出すな!」
「ちょっとシュラさん見てくださいよこのメール。僕死ぬかと思いました」
「あん?」
訝しげな表情のまま雪男の携帯を覗き込む。もちろん鼻血の雨は避けて。
『お前が俺のこと好きって気持ちより、俺がお前のこと好きって気持ちのほうが大きいことにお前わ気付いてる?』
「・・・・・・・・ナニコレ」
「ふふふふふふ、口下手で素直に感情が出せない兄さんが文面でだけ自分の気持ちを曝け出すこの究極なまでの不器用さ、『は』を『わ』と打ってしまう可哀想なお頭、そしてこのメールをどんな気持ちでどんな表情でどんな兄さんで打ったのか!それを想像するだけで僕は天に昇れます」
「勝手に昇ってろバカ死ねキモイ死ね」
冷め切った目で雪男を見るシュラに真っ向から反論する。もちろん鼻から血液を流したまま。
「いいえ僕はまだ死ねません。兄さんが待ってますから」
そして雪男は最愛の兄の可愛いメールに返事を返すべく、光をも超えるかと思うほどの速度でボタンを押し始めた。シュラは帰った。



所、勝呂、志摩、子猫丸の寮部屋。寮の三人と燐の四人はちゃぶ台を囲んで座っている。燐が雪男にメールを送ってから一分と経たず返事が返って来たのだ。
「返事はえ〜」
『兄さん、それはつまり僕の愛が兄さんにしっかり伝わってないってことなのかな?残念極まりないよ、僕はいつ何時でも兄さんを思い兄さんだけを見て兄さんの為だけに行動しているつもりだったのに。わかる?僕を構成するものには全て兄さんの存在があるということが大前提なんだよ?きっと僕は兄さんが居なかったら死ぬんだろうね、そう思えるくらいには兄さんを誰よりも必要としているし兄さんを愛してるよ。あ、ごめんごめん話がずれたね。兄さんが僕のことを好きって伝えてくれて本当に嬉しいよ。いくら双子だからって何もかも以心伝心というわけにはいかないからね。まあ僕は双子であることを抜きにしても兄さんを理解しているつもりだったけど、今回のメールは本当に衝撃的だったんだ。やっぱり伝えなきゃわからないこともあるしこうして形で残されれば兄さんが僕を思ってくれていると実感できる。愛は目視できないけれど、こうやって不器用な兄さんが兄さんなりに僕への愛を示してくれようとした結果がこのメールなら僕は負けてられないな。本当にありがとう、愛してるよ兄さん。ああ、そうそう「僕の好きより兄さんの好きのほうが大きい」という証明は今までしたことが無かったね。だから夜は覚悟してて欲しいな。ちなみに明日は小テストがあるからしっかり勉強しようね。晩御飯楽しみにしてるよ。それじゃ』
勝呂は冷や汗を流しながらもどこか安心したような顔つきで文面を読んだ。
「これは・・・奥村先生重症やな」
「イメージが死んでいきまっせ」
青ざめた志摩。横では携帯を覗こうとしている子猫丸を勝呂が引きとめている。
「子猫丸。おまえは読んだらアカンで。精神衛生上ようないからな」
「ええ?!何書いてはるんですか?余計気になりますわ」



事の発端は志摩の一言だった。



「奥村君らさあ、もしかしてマンネリちゃうん?」
授業が終わってから、燐は勝呂たちの部屋へ遊びに来ていた。はじめてとも言える友人とまだまだ話していたくてくっついてきたのである。そんな燐にニヤニヤと笑みを浮かべながら志摩が言ったのだった。
「まんねり?まんねりって何だ」
「マンネリ言うんはなあ、ずっと一緒におりすぎて互いが互いに飽きてまうってことや」
燐ははてなを浮かべて不思議そうに天然をかました。
「だったらお前らのほうがまんねりじゃねえの?」
三人ともガキのころから一緒に居るんだろ、と言う燐に対し、苦笑しながら子猫丸が答える。
「違いますよ奥村君。これは恋人さん同士で言うことなんです」
「えっ、そうなの」
勝呂のかわいそうなものを見るような目つきに気づかない燐は志摩に言った。
「でもなんでまんねりだと思うんだ?俺ら別に飽きてねえぞ」
相変わらずニヤつきながら燐の横へ移動し耳元で囁く。
「『俺ら』?ホンマに奥村君そう思っとるんですかあ?奥村君は飽きてない思とっても、先生はちゃうかもしれまへんえ」
「!!そ、それは・・・」
志摩の言葉に動揺する燐。そんな燐を見た勝呂が志摩に対し言いすくめる。
「志摩、余計なこと言いなや。かわいそやろ」
なんも言わへんほうがかわいそうやと思いません?しゃーかて俺らが首突っ込む話でもないやろ。ほな坊は二人がこのまま倦怠期突入して兄弟仲までギクシャクしてもええ言うんですか。そないなことは言うてへん、ただプライベートすぎると思てやな・・。まあまあ二人とも落ち着いて。
「なあ」
騒ぐ三人に声をかけた燐。その真剣な声色に思わず敬語になる京都組。
「「「は、はい・・・」」」
「どうすりゃいいんだ俺・・」
「奥村君・・・」
俯き、ひざの上で手をぎゅう、と握り締める。、
「ホントに雪男が俺に飽きちまってたら、俺・・・・」
「おおお奥村くん?!そない心配やったら聞いてみたらええんちゃう?」
不安げな色を覗かせた燐にすかさずフォローを入れてみる志摩だったが、じとっと見返す燐からは短い言葉。
「聞くって、何を?」
「えっと、そりゃ先生が奥村君のことどう思ってはるかを・・」
「・・・・そんなの、怖くて聞けねえよ・・・」
「「「・・・・・」」」
あまりの気まずさにダダダダダダッと駆け出し、燐の傍から離れた三人は部屋の隅で固まって会議を始めた。
「(どどどどどないしましょ?!エラい深刻になってもうた・・!!)」
「(志摩がこないな話振るからやろ!)」
「(とにかく、どないかして元気付けなあきませんで)」
「(・・・・よ、よし。俺が行くわ)」
「(ええんですか坊?てか大丈夫なんです?)」
「(なるようにしかならん。奥村もここまで来たら当たって砕けてまえばええねん)」
「(他人事やからって無責任とちゃいます?!)」
「(お前が蒔いた種やろが!・・・とにかく、行くで)」
「「((御武運を・・・!!))」」
数珠を取り出し祈祷を始める志摩と子猫丸。勝呂はぐっ、と顔を引き締め戦地に赴くがごとく燐に近づいた。ぐるぐると一人で悩み、無い頭を捻っている燐の傍に腰を下ろし目線を合わせて奥村、と通常より数段優しい声をかけた。
「・・・なんだよ」
「直接言うんが怖いんやったら、メールで聞いてみたらええんとちゃうか」
「(おお!坊ナイス!)」
勝呂のナイスアシストにガッツポーズを取る志摩。ぴくり、と燐の耳が動くがそれもつかの間、やはり不安が拭えないようで。
「メール?でも俺あんま使ったことねえし・・」
なるほど。普段しないメールをいきなり送るのも心配らしい。しかもそれが「俺に飽きてませんか」的な内容だ。不安なのも仕方が無いだろう。そんな燐に対しさらに励ましを続ける勝呂。
「文面やったら俺らも一緒に考えるさかい、聞いてみんことにはなんもわからんやろ」
「勝呂・・・!」
「(ええ感じですえ!もう一押し!!)」
勝呂の言葉で希望が見えてきたのか、顔を上げる燐。そんな様子をぐぐぐっと身を乗り出して見守る子猫丸。そこへ最後の一押しが入った。
「先生の本音、聞きたないんか?」
真っ直ぐで真摯な態度が伝わったのか、燐も腹を括り・・。
「・・聞き、たい」
「「((きたあああああ!!))」」
部屋の隅で歓喜の声を挙げる志摩と子猫丸。どうやら燐を立ち直らせることに成功したらしい。ほっとした勝呂たちだが、一息ついている時間など無い。
「よし!ほんなら早速メールの内容考えるで。お前らこっち来い」
「「はーい」」
ようやく部屋の隅から復帰する二人。四人は再びちゃぶ台を囲み座った。燐は勝呂たちに感謝のまなざしを向ける。
「勝呂!子猫丸!ありがとな!」
気にしいな、今更やろ。困ったときは助け合いですよ。おう!頼りになるぜ!
「・・・あれ、俺の存在抹消?!」




ああでもないこうでもないと考えた末、四人は「正直な自分の気持ちを伝えて、雪男の自然な本音を聞き出す」という結論に達した。さらに勝呂の提案により、あえて『は』を『わ』に打ち間違えることでより燐らしさをアピール。短い文で伝わるように計算されて生み出されたメールだったのである。画して作成されたメールの真意に気づかぬまま雪男はメールを読み、勝手に興奮し、クソ長い文章(しかも改行なし)を送り付けたのであった。


返ってきた返事を読んでドン引きした勝呂と志摩だったが、こんな文を読んでも燐の顔色は晴れない。う〜ん、と唸ると三人に問うた。
「これってさ、雪男は俺に飽きてるわけじゃないんだよな?」
文を読んだ勝呂と志摩の二人はちゃぶ台を引っくり返すが勢いで燐に言った。
「そうに決まっとるやろ!コレのどこを見たら飽きてる風に見えるんや?!」
「いや、だって・・・」
「だって?」
しゅん、と尻尾は垂れ下がり眉尻も下がった燐が呟いた。
「いっつも言われてることと殆ど変わんねえからさあ、まだちょっと不安だよ」
ほんの少しの間訪れる静寂。イッツモイワレテルコト???勝呂と志摩は脳内の整理に忙しく、子猫丸はうずうずし燐は落ち込んだままであって。
「のう志摩、それって・・・」
「ええ、間違いありませんわ」
・・・・はあ、とため息を同時について呆れる二人。志摩は燐に「大丈夫や、奥村先生ぜんぜんマンネリちゃうから心配せんでいけるよ」と声を掛けた。


「(奥村、もしかして・・・)」
「(常日頃愛を囁かれすぎて感覚が麻痺しとるん・・・!?)」
「(気になるんですけど!)」
「(ん〜、ホントにまんねりじゃねえのかなあ・・・)」

ーーーーーーーーーーーーーーーー
2011/5/15
はい、今回は雪燐でした。雪燐というか雪→→→燐というかただの雪男というかまあ雪男ファンの方ごめんなさい。
私の中の雪男はこんなかんじです。
素面で「え、ホモじゃありませんよ。兄さん限定です」って言い切ると思ってるくらいには雪男のこと馬鹿にしてます←
京都組も入れてみたんですがどうにも坊が便利ですね!これからもガンバって!