僕的幸福論



友情<BLD


バツリと髪の毛を切った。自分で。彼は何と言うだろうか。いや、彼はきっとぼくを覚えていない。足元に散らばった銀髪に彼を思い出して苦笑い。ぼくの記憶の中の彼は一向に黙ってくれない。明日、美容院に行こうと思う。ああ、こうなるならば自分で切らなければよかった。

髪の毛を染めてきた。色は暗めの茶色。自分の髪を見ても彼のことを思い出さなくていい。元が銀髪だったこともあり、綺麗に色が入った。金髪にしてもよかったかと思いはしたが、どこか負けた気がしてやめた。けれどもその髪色はぼくには少し重すぎたから、徐々に薄くしていこうと思う。

今日は高校の入学式だった。クラスを確認する際、彼の後ろ姿を見つけた。どうして彼が、ここにいるのだろう。一般入学で彼が通るわけがないのに。ああ、そうか。スポーツ推薦という制度を失念していた。クラス表に自分の名前を確認し、在校生より新入生を主張する花形のリボンを受け取る。
よくもまあ、この人混みで彼を見つけたと呆れてしまう。彼の姿を追っている場合ではないというのに。ぼくは何組だろう。どうか、この一年は彼と同じクラスでありませんように。あわよくば、今年一年だけでなく三年間違うクラスでありますように。
そんなことを願い、立ち尽くしている場合ではないと覚悟を決めて人混みに飛び込んだ。

苦笑いが出る。こんなはずではなかったのに。即座に彼の名前を見つけたクラス表を辿れば見事に見つかる自分の名前。何の悪夢だというのだろうか。
教室に足を踏み入れ、バチリとぶつかった視線は件の彼で。嗚呼、駄目だ。思わず俯いて唇を噛む。

ぼくの席は、どこだろうか。

視線を感じる。自分と同じ、いや、もう同じではない銀髪の彼のものだろう。気づかれたかな、嫌だなぁ。
何の拷問なのか彼はぼくの席から女子生徒の席を挟んだ向こう側にいて、間に座るだろう女の子はまだ教室に来ていない。学校には来ているだろう。ともすれば、教室のドアを潜らず廊下で屯する彼女たちの中に混ざっているかも知れない。早く来てくれないかな。長い長い片想いに決着をつけたぼくはもう泣きそうだ。俗にこれは失恋というのだけれど、決着をつけたというけれど、ぼくのこの感情はどうにも解決出来なくて。
失恋したからとまるで女の子のように髪を切り、色を変えまでしたのに吹っ切ることは出来ず、以前の友人関係に戻れるかと聞かれればそうではない。ぼくは何なのだろう。馬鹿みたいだな。

「…お前、神木だろ」

じっと視線だけを向けていた彼がやっと口を開き、紡いだ言葉は絶望的だった。君に気づかれたくないがために髪を切り、染めたというのに。どうして。何でだろう。

だのに気づいてくれたことが少し嬉しいだなんて。久しぶりにその声で呼ばれた自分の名字に心が弾んだだなんて。駄目だ。こんなんじゃ駄目なんだ。この感情は、あの時に解決させたんだ。解決させていなければならない問題なのだ。
だからもう気にしてない風に彼へ顔を向け、ニコリと笑ってみせる。嗚呼、痛々しい。

「あぁ…久し振りだね、英太君」

名字呼びの彼と名前呼びのぼくの距離感が虚しい。あの優しい顔をする彼の瞳が軽蔑の色をして、口元だけの笑顔がこんなにも怖いものだなんて。

心なしか楽しくなってきたのは何故だろうか。

「何でお前がいるんだよ」

不快そうに歪められた顔。そうだよね、うん。ぼくもついさっきまでそんな気分だった。不快、という感情ではなかったけれど。
君の姿を見たとき、とても驚いたんだよ。とか、よく君の学力で入学出来たね。とか、言いたいことが面白いくらいに出てくるものだから思わず笑ってしまう。嗚呼、楽しい。

最初のドロドロした感情は何処へやら。何が悪夢だ、拷問だ。みるみると上がる口角を片手で隠し、壁に掛けられた時計を確認する。式まであと数十分といったところだろうか。

「ねえ英太くん。ゲームをしよう?」

きっと君の勝利はないけれど。
20160508

僕的幸福論




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