夢も希望も投げ捨てて。



愚者の空母。
彼は専らそのフィールドへ足を運んだ。理由は言わずもがな、彼の姿を見ることができるからだ。
自重気味に笑う彼の目に光は入らない。彼は、どのような心境で彼の地を見つめるのだろうか。

「シエル。俺は、隊長として不足はないか」

物言いのはっきりした銀髪の少女へ声だけを向ける。彼女の顔を見るのが怖かった。それを聞く自分の顔を見られることが、堪らなく情けなかった。俺はいつまで経っても彼のようにはなれないし、彼を忘れることさえ出来ない。そこに、目の前にいたことが当たり前で、彼の背中を追うことが当たり前すぎた。
ええ。と、あなたは紛れもなく私達ブラッドの隊長です。と、その言葉さえ業務連絡じみていた。彼女達が望むのだ。俺は、隊長でなければならない。副隊長時代の、当時彼女に言われた非効率的な自分の姿のままで。

「そうか、それならよかった」

本当は、何もよくはないけれど。
お前が隊長になってくれてよかった。と、帽子を目深に被った黒髪で長身の彼に言われた。まるで、初めからそうなることを望んでいたようなセリフだった。それに何も反論出来ず、ありがとう。などと、頑張るよ。などと口にした俺は何なのだろう。ズキリと痛む何かが、込み上げてくるよく分からない感情が、何故、存在するのだろうか。

昔となんら変わりなく、我々神機使いにとって無意義に時間を浪費して、割に合わない業務をこなして。けれど、無意義だなんて、時間を浪費しているだなんて思っているのはどうせ俺だけなのだろう。
このアラガミ討伐という仕事は、選ばれた人間にしか出来ない。それ故に、アラガミに対抗する術を持たない人間を護るという大義名分がある。これを掲げる偉ーい御人は護る人間を選ぶくせに。神機使いを使い捨ての駒としか見ていないくせに。自分達は絶対の安全圏を確保されているからと傲慢な態度を取るくせに。

「何が正しいのか、何を護るべきなのか」
「……隊長?」
「分かりゃしねぇな」

分からないからこそ、考えない。分かりたくもないから、選ばない。取捨選択は上層部が決める。幾度となく逆らってきた彼らの言葉に、命令に、もう意を唱える意味などない。あの人の姿はないのだから。ブラッドを何より大切に思ったあの人はいないのだ。みんなを頼むと託されたのだ。俺が、しっかりしなければならないのだ。あの人がいつ帰って来ても迎えられるように。

「アラガミは俺たちが殲滅すべき人間の天敵だ」
「アルさん?」
「明日も生き延びるぞ」

本当は、生き延びたくなんてないけれど。
振り向いて笑顔を作り、銀髪の少女にそう言えば、彼女は瞠目して覚悟を決めた顔をする。本来ならばきっと、神機使いになったその時から覚悟をしていなければならない。死ぬ覚悟を、護る覚悟を、何を護るのかを理解した上で。俺は何の覚悟も出来ていないし護るべき世界すらよく分かってはいないけど。
俺の望む明日は二度と来ないから、正直こんな世界なんてどうでもいいのだ。仮に亜麻色の髪のあの人が帰って来たとして、助けに行くことが出来たとして、きっとそれは俺の望む世界ではないのだ。彼はいない。けれど俺は彼がいつ帰って来てもいいように存在する。俺の存在理由はその程度でいい。
もう二度と俺の望む明日は構築されないのだから、それでいい。

人間本位の世界が望むのだ。上層部が望むのだ。ブラッドが、俺の家族が望むのだ。
アラガミ討伐は片っ端から。護るべきものはこの世界、全ての人間。毎日死人は出るけれど、この命はアラガミなんかにくれてやらない。ブラッド全員が死ぬその時まで、俺は死なない。死んではいけない。

アラガミ殲滅が終わったら、平和な世界が訪れることを信じて。共存なんて馬鹿げた思考を砕き潰して。アラガミを神として崇めるニンゲンを捻り潰して。大丈夫。俺たちは化け物だ、アラガミだ。人間であることなぞ、とうの昔に辞めされられたのだから。拒否権のない神機使いの路を歩いているのだから。

「我々は生存競争に勝ち伸びなければならない」

ようやく辿り着いたらしい帰投用ヘリに乗り込む。ヘッドセットを二つとり、一つをシエルへと渡し座席へ腰を下ろした。


20160114

夢も希望も投げ捨てて。




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