アネモネ

 あんなに待ち焦がれていた暗闇の中、いくつものゴーストタイプポケモンたちの明かりに照らされながら、私は前後も分からないままに進んでいた。まるで百鬼夜行だ、などと思いながら。
 私を護送するように取り囲んだポケモンたちは、決して私のことを乱暴に扱うつもりはないらしく、むしろ丁寧に手を取ったり、足元を照らしてくれたり、とても親切だった。

「ねえ、どこに向かうの?」

 手近にいたフワンテに尋ねてみると、フワンテはきょとんとした仕草で、進行方向である前方を指差した。

「あはは…それじゃ分からないって」

 フワンテに笑いかけながらすぐ前を向き直ると、そこには眩いまでの光が広がっていた。さっきまでは闇の中にいたはずなのに、どうして。
 あたりを見渡すと、そこは空間自体が歪んでいるかのように、上下左右の概念がなくなってしまっていた。どこに立っているのか、そもそも私は立っているのか、上はどちらなのか、気にし始めると気分が悪いのが加速しそうだったので、私は考えを止めた。

 百鬼夜行の一員であったヤミラミが、そっと私の背を押す。それはまるで、先に進めというように。私はそれに従って足を踏み出す。
 一歩、一歩。逆さまになっているはずなのに、落ちもしない。髪は揺れない。不思議な空間で、私は歩を踏みしめた。

「あ…ここは」

 最終地点? へと辿り着いた私は、目を疑う。見たこともないような大きなポケモンと、前には小さな鉄の牢……その中にはヨノワールが、いた。

「ヨノワール?!ヨノワールなのねっ!」

 慌てて駆け寄ろうとした私は、強烈な吐き気を催し、その場に踞る。

『無理をするな、ニンゲン。身重の体では、運動は辛かろう』

 見たことのない大きなポケモンが、地響きのような声で話した。その驚きよりも、私が身重…と呼ばれたことの方が、ショックが大きかった。

「みお…も?私、ヨノワールの子を…」
『ああ、身籠っている。だから、連れてきた』

 よろよろと、ヨノワールの入れられた牢屋に縋り付く。

「ヨノワール、ごめんね、あの日、ごめんなさい…っ」

 いざ彼を目の前にすると、伝えたかった言葉がうまく出てこない。あとは嗚咽しか残らなくて、心配したゴーストタイプのポケモンたちが何匹か寄ってきては、寄り添うように私の背をさする。
 吐き気の代わりに押し寄せるのは涙と、後悔と、疑問。

「あ、の…あなたは誰で、どうしてヨノワールは、こんなところにっ」
『落ち着け、娘。…私はギラティナ。この冥府を統べる王だ』

 ギラティナ…さんは深く重たい声で言うと、ヨノワールの入った牢屋を軽々と持ち上げた。

『こやつは霊界の掟…彷徨える魂を輪廻に導くことから背いた。そればかりか、その魂を…自ら喰らおうとしたのだ』
「…?」

 私がきょとんとした顔をしていると、ギラティナさんはため息をついて、私を指差した。

『気づいていなかったのか。お前が死んだのは…ヨノワールの呪いによるものだということに』

 驚いて声も出ないままヨノワールを見ると、彼はただ悲しそうな瞳で、私を見つめていた。
 では、ヨノワールの体調が優れなくなったことも、だんだんと体調不良が私に移っていったのも、全ては呪いの…
 ヨノワールに嫌われていた覚えがなかった私は、どうして、とかぼそく震える声でつぶやく他なかった。

『ヨノワールは、掟破りの刑として、投獄に処す。そちらの娘は…』

 ギラティナさんは、ちらりと私の下腹部に目をやって、少し悩むように眉間にシワを寄せた。

『掟外れの新しい命が産まれてしまったからには…お前も輪廻転成の輪に戻すわけにはいかなくなる』

 私にはギラティナさんの言っていることが理解できないまま、『連れて行け』という言葉に従って、ゴーストタイプのポケモンたちに連行されていった。

 かなしそうで、さびしそうな、たった一人の家族を、残して。

アネモネ
(あなたを信じて待つ)

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