キスツス

 ヨノワールが出て行ってからの私は、ほとんど眠るだけの日々を送った。性的な行為を強要されることもなくなり、表面上は、平穏な日々が来たかのようにも見える。
 部屋の扉が施錠されていないことは分かっていたし、その先には私の望んだ自由が待っていることも知っている。けれど、私はここを離れられなかった。
 私の胸の奥に確かにぽっかりと空いた穴は、平穏なだけの日々では決して埋められない。
 小さな頃からずっと一緒にいた彼に、怯えてしまった。家族同然に育ってきた彼を、拒絶してしまった。その後悔が、胸の穴にじくじくとしみるのだ。
 私は、待っていた。
(ここにいれば、もしかすると彼が戻ってくるかもしれない)
 戻ってきたらどうなるんだ、と何度自分で自分を問い詰めても、分からないけど会いたい、という答えしか出ない。
 あの日床に落ちた花は、とっくに枯れてしまった。
 
 どれくらい眠っただろうか。
 強い吐き気で目を覚ます。胸のあたりが内側から熱い棒でかき回されているような気持ちの悪さに、堪らずその場でえづいてしまう。
「う、ぇ…げほっ」
 霊体になってから何も食べていない私は、吐きたくても吐けず、苦痛に襲われ続けた。
 その日はずっと吐き気に耐え続けて、気づいたら眠ってしまっていた。

***

 がちゃり、という音に目を覚ます。
 上体を起こそうとしたが、体の怠さによってそれは叶わず、ぼんやりとした頭のままおとなしく横たわる。
 彼が、帰ってきたのだろうか。
 今さらどんな顔を向ければいいんだろう。私は彼を拒絶してしまったのに。
 確かに彼の行動は常軌を逸していたけれど、何か理由があったに違いない。彼はあんなにも優しい、家族、だったんだから。
 けれど、私が彼を拒絶したことに変わりはない。
 体を横たえたまま、扉から視線を逸らしていると、軋むような音が鳴る。扉が開いたようだ。
 ずっと顔を背けているわけにもいかないので、私は恐る恐るそちらを向く。

 そこには、たくさんのゴーストタイプのポケモンが、私を取り囲むようにして立っていた。

キスツス
(私は明日死ぬだろう)

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