リンドウ

 気がつくと私は、風に晒されて立っていた。
 私の前には、黒色の服に身を包んだ両親。親族。友人。カレ君。
「みんな、どうしたの?」
 私は、すぐ目の前で俯いているお母さんの肩に手を伸ばす。けれどその手は、お母さんの体をすり抜けてしまった。
「…え、な、に…?」
 驚いて自分の手のひらを見る。確かに、私の手のひらは、ここにある。なのにお母さんには何度手を伸ばしても触れられない。
 その時、お母さんが顔を上げた。心なしか顔色が悪い。小皺の増えた顔をさらにくしゃくしゃにして。
「お母さん、どうして、泣いてるの…?」
 顔を上げたお母さんは、私の方をじっと見ている。けれど、その顔を覗き込んでも、どうしてか目が合わない。
 嫌な予感がした。
 辺りを見回す。薄暗くどんよりとした曇り空。今時にしては珍しく舗装されていない地面は、雨が降った後らしくぐずぐずと泥になっている。木がまばらに生え、お母さんたちの後ろの方には山のような景色が見える。ここは確か、幼い頃に見たことがある。
 胃のあたりがスーッと冷たくなる。
 
 ゆっくりと振り返ると、私の後ろには、墓石がずらりと並んでいた。

***

 墓石の前に座り込む。
 黒い服を着て"私の"お墓の前に集まっていた人たちは、一輪ずつ私のお墓に花を添えると、帰ってしまった。
 何度も呼びかけたけれど振り返ってくれる人は一人もいなかった。何度手を掴もうとしても、空を切る。叫んで、叫んで、追いかけて、けれど、車に乗り込んだ彼らに追いつけるはずもない。
 堪えきれず大声を上げたけれど、涙は、出てこなかった。
 ぼんやりと、墓前に供えられた花を見つめる。白や黄色の菊の花が多い中、くっきりと青い色の花が目を引く。あれを供えてくれたのは、誰だったっけ。あれ、あんな花、さっきあったかな?もしかしたら、私が参列者の人たちを追いかけてここを離れてた時に、遅れてやってきた人が供えてくれたのかもしれない。
 青い花を手に取ろうとしたけれど、すり抜ける。そのままずぶりと、勢い余って、墓石の奥に手を突っ込んでしまう。これが私のお墓だなんてまるで実感が湧かないけれど、死んでいるのはどうやらほんとうらしい。
 しーんとした墓場の中で、一人座り込む。地面は相変わらずどろどろだったけれど、幽霊になったせいか、へたり込んでもお尻は汚れなかった。
(ヨノワール、こないな)
 私はヨノワールを待っていた。記憶の中にいつもいるヨノワール。家族と同じくらい、いや、もっと強い信頼を、私は彼に寄せていた。
(ヨノワールは、参列者の中に、いなかった)
 だから、待っていれば、遅れてやってきてくれると思っていたのだ。
 最期の記憶に残る彼を思い出す。自分も病気で弱り切っていたのに、私のために、彼は花を摘んできてくれた。ヨノワールは、どんなときでも、自分のことよりも私のことを優先してくれる。大きくて少し怖い見た目やタイプに似合わずに、とても心優しいポケモンだった。
(まさか、私が死んで、看病してくれるひとがいなくなったから、)
 小さい頃から、ずっと私のことを守ってくれていたヨノワール。お兄ちゃんのようで、第二のお父さんのようで、それでいて一番の友達で、かけがえのない家族。私が一人暮らしを始めようとした時、両親共に猛反対していたのに、ヨノワールだけは当たり前のような顔で私についてこようとしていたっけ。
(ヨノワール、しん、じゃった、の?)
 ぽた、ぽた、と地面に小さな雫が落ちる。
 この姿になって初めて私は泣けたんだな、と思う間もなく、雨音が響き始めた。たくさんの雨粒が、私の体をすり抜けて地面を叩く。
 頬に触れてみたけれど、涙の跡は、見つからなかった。

リンドウ
(悲しみに暮れるあなたを愛する)

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