ヤドリギ

 目を覚ますと、すぐ目の前で大きな赤い瞳がこちらを向いていた。
「ひゃっ…!」
 驚いて飛び起きようとすると、右手首を凄まじい力で掴まれベッドに押さえ込まれる。寝ぼけていた頭が、急速に覚醒していく。
 痛みに滲んだ視界に映るのは、大きな赤い一つ目と、黒くて丸い体に黄色いギザギザの口のある、私のパートナーだった。
「よ、のわー、る?」
 何かの悪戯かと思い、私は首を傾げた。だって、だって、私の視界には今も、昨日ヨノワールが私に贈ってくれた一輪の花が咲いている。
 しかしヨノワールは、目をすっと冷たく細めると、手首を掴む力を強くする。そして、私の顎をもう片手の指で撫でた。
「ヨノワール、待って、な、なに、私何かした?」
 ヨノワールは何も答えず、ベッドの上の、私の体の上に乗り上げた。
 右手首から骨が軋むような音が聞こえて、私の喉の奥から悲鳴のような声が漏れる。
 ヨノワールは、そこでようやく手を離してくれた。
「よ、の」
 喉が絞られるような感覚がして、思うように声が出ない。
 恐怖よりもショックが大きかった。どうしてかは分からないけれど、ヨノワールは私を傷つけようとしていた。
(ヨノワールに、嫌われた)
 この真っ暗な世界の中で、唯一の私の救いであるヨノワールに嫌われてしまうということは、絶望を意味していた。そうでなくとも彼は、私のパートナーであり、大親友であり、家族だったのだ。
「よのわ、る、みすてないで」

 なんでもするから。

 かたかたと震えながらようやく絞り出した声。ヨノワールはそれを聞くと、いつもの優しい目に戻って、私を見つめた。
「あ、あ」
 異常な震えに苛まれながら、硬直した腕を必死に動かし、ヨノワールに手を伸ばす。指を絡めてその手を握ってくれた彼は、今まで通りの彼にしか見えなかった。

***

 初めは、生前の私にもたまにしてくれていたように、そっと頭を撫でたり髪を梳いたりするだけだった。
 しかし、その行為がどんどんエスカレートしていくのに、時間はかからなかった。
「っ、ヨノワール」
 彼の大きな舌が、私の頬をべろりと舐め上げる。
 やめて、と言いかけた言葉を無理やりに飲み込む。この世界で、私を救ってくれるのは、もうヨノワールしかいない。彼に見放されたら、私は、あの真っ暗な世界に放り出されてしまうかもしれない。
(これくらい、家族なんだもの、するよね、スキンシップ、だよね、そう思わなきゃ)
 私の頭は完全に平静さを失っていた。目の前で躊躇なく私の服を剥ぎ取っていくのが、私が最も信頼を寄せていた家族同然のパートナーであるということが、未だに受け入れられないでいる。
「う、あっ」
 ヨノワールの指が、私のお腹を、素肌を滑る。ヨノワールはいつもこうして、ねっとりとした動きで、私の体を隈なく撫で回す。…本来ならば恋人にしか触れさせないはずの場所でさえも、隈なく。
 その場所に触れられる時はいつも、ぞくりと鳥肌が立つような嫌悪感が背筋を走っていた。けれど最近では、じんじんと痺れるような、甘い感覚に変わりつつある。
「ヨノワール、ヨノワール、ヨノワール」
 もうやめて、という言葉をかき消して、伝わるはずもないのに、ただひたすらに名前を呼ぶ。下腹部からくちゃくちゃと響く厭らしい音をかき消したくて。
 彼が黒い体の大きな口をがぱりと開くのが見えて、私は目を閉じた。ぬるりと湿った生温かいものが頬を撫で上げる。
(抵抗しちゃだめだ、これは普通、これはスキンシップ、普通、普通、普通普通普通普通)

 普通、なんだから。

 私はゆっくりと口を開くと、自分の舌で彼の舌を受け止める。柔らかくぬるぬるしたものに舌先が触れ、私の腰が無意識にぴくりと揺れる。

 激しく揺さぶられながら、くらくらする頭で、ヨノワールの瞳を見上げる。その瞳からは、拒絶の色は今日も読み取れない。
(…どうして、ヨノワール)
 ベッドサイドの花瓶には、小さな黄色の花が、細く頼りない枝に縋り付いていた。

ヤドリギ
(征服・私にキスをして)

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