スイセン
(私のせいだ。) 目の前で静かに眠る大きな黒い体を見つめると、目がじんわりと熱を持ち、液体が頬を伝う。 (ヨノワールが、しんでしまったら、どうしよう。) 私は、震える指先をヨノワールに伸ばす。その瞬間彼が苦しげな呻き声を上げ、意気地のない私の手はまた膝の上に戻った。 ヨノワールは私が幼少の頃からずっと共に過ごしてきた、大切な大切なパートナーだ。彼はいつも大きな体で私のことを守ってくれていた。こんな弱々しい彼は、見たことがない。 (だめだ。弱気になっちゃだめだ。ヨノワールは、ぜったいに、私が助けるんだ。) 膝に置いた手を握りしめる。浮かれて着飾った淡黄色のスカートは、汗でじっとりと湿り、ぐしゃぐしゃになっていた。
***
青く丸い木の実をすり潰して、木鉢に入れる。そしてその上から、ヨノワールの好物であるヨーグルトドリンクを注ぎ込む。 キッチンの窓から見える庭に、スイセンが咲いている。窓から伝う冷気は厳しい。 後で一輪摘んできて、ヨノワールのベッドサイドに飾ろうか。明るい色の花がそばにあったほうが、ヨノワールも気分が明るくなるだろうか? その時、流し台に置いてある携帯が振動した。 差出人の名前を見ると、私は本文を読まずに返信ボタンを押した。 『ごめんなさい。しばらくは会えません。』 簡素な文章を打ち終えて、送信する。その宛先は、私の思い人…最近になって距離が縮まり、よく一緒に出かけるようになったカレ君という人。 カレ君の優しい笑顔を思い出すと、胸が苦しくなる。以前までは、その痛みは愛おしく、甘いものだったけれど、今感じるこの痛みは、「自責」だ。 私がカレ君とよく遊ぶようになって、一月半。ここ最近の私は、カレ君の態度からただの友達に対するものとは違う雰囲気を感じ始めて、浮かれ切っていた。 だから、あんなことが起きたんだ。 あの日、意気揚々とお洒落をしてカレ君とのデートに出かけた私が帰宅すると、家の中に異様な雰囲気が漂っていた。玄関に足を踏み入れるとそこはいつもより薄暗く、窓から差し込む西日が、室内を不気味に赤く照らしていた。いつもなら部屋の明かりはついているし、何よりヨノワールが出迎えてくれるはずなのに。部屋に荒らされた形跡はなさそうだ。私はヨノワールの姿を探す。 そしてやっと見つけた彼は。 寝室で倒れ伏し、私が駆け寄っても身じろぎもできないほど弱り果てていたのだ。 倒れたヨノワールを見つけた時の、身が凍るような恐怖を思い出し、私は立ち尽くす。 携帯が再び振動していたが、返事はもう見なかった。 ***
オレンの実とヨーグルトドリンクを混ぜた流動食をゆっくりゆっくりと食べ切り、ヨノワールはその巨体を再び横たえる。 「どこか痛いところはない?」 ヨノワールの頭を柔らかく撫でながら、私は病状を尋ねる。いつもの問診だ。 ヨノワールは、自分の額を撫でる手に気持ち良さそうに目を細め、緩慢な動作で首を横に振った。これも、いつもの問診だ。 彼は何も訴えてはくれないけれど、倒れていたあの日からヨノワールの体が弱ったままなのは、私の目にも明らかだった。 (あれから何日も過ぎたのに、どうして。…ヨノワールは、もう、助からないの?) 不吉な考えを心から追い出すように、私は大きく長く息を吐き出す。 「よし、じゃあ片付けてくるね。何か欲しいものがあったらすぐに言ってね、持ってくるからね!」 ヨノワールが頷いたのを確認する。
木鉢を持って立ち上がった瞬間、世界がぐにゃりと歪んだ。
スイセン (私の元へ戻ってきて)
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