まっさらの姫君 | ナノ
ロ二人で


「私は、あなたの母親なの」
 女の人が、ぽつりと話し始める。
 おかあさん。それで、彼女は、私がわかりませんと答えた時にあんな顔をしていたのか。
 おかあさん。あなたを、悲しませてしまった。
 申し訳なさはあっても、私はどうしてもその女の人のことを、見知らぬ人にしか思えなくて。ごめんなさい、も言葉にならない。
「どうやらあなたはショックで記憶を無くしてしまったようだから、無理に思い出させるようなことはできない…だから、今は多くは語らないわ」
 先ほどまでは混乱のためかうつろだった女の人の目が、強い意志を浮かべこちらを向いた。
「これだけは信じて。あなたのことは、おかあさんが守るから」
 涙がぼろぼろと溢れ出す。何も思い出せなずに頼る先もない私には、その言葉はあまりにも優しすぎた。
 私はあなたを思い出せないのに。ずっと育ててくれたおかあさん、あなたを、忘れてしまったのに。こんな親不孝な娘のことを、あなたはどうして愛してくれるの?
 決壊した涙は止まらない。
「大丈夫、大丈夫だから」
 そんな私を「おかあさん」はぎゅっと抱きとめた。とんとんと軽く私の背をたたいて宥めながら、おかあさんはゆっくりと話し始める。
「二人で気分転換して、新しい町で新しい暮らしを始めようと思うの」
 私はしゃくりあげながら頷いた。今の私にとっては、どうせどこも見知らぬ土地なのだ。そんな中で、いつショックな記憶を呼び覚ましてしまうか分からない家に帰るのは私には辛すぎた。もしかすると、おかあさんにも、辛かったのかもしれない。
「これからは二人で頑張りましょう。…きっと大丈夫」
 おかあさんが自分に言い聞かせるようにつぶやく。

 二人で、という言葉が心に少し引っかかったが、私はそれに気づかないふりをした。

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