そのポケモンを見た時、本能が、「捕まえなきゃ」と囁いた。 「ピーカッ!」 俊敏な動きでソルのひのこをかわすと、でんきショックで少しずつダメージを与えてくる。森の中で鍛えたはずのソルも、少しずつ弱りを見せてきていた。これまでにはないタイプの野生のポケモン…ここハクダンの森では珍しいと言われる、ピカチュウだった。 「ソル、お願い、頑張って」 もう少しで、思い出せそうなの。 私には、記憶を失う前に、憧れている人がいた。その人の、帽子を被った赤い後ろ姿と、肩に乗せたそのポケモンが、脳裏をちらつく。 この子を捕まえれば、きっとあの人に近づけるはず。…記憶を失う前の自分ならば、きっとそう考えたはずだ。 「キャウン!」 悲鳴を上げて、電流を受けたソルが、目の前にうずくまる。私が思考に耽っている間に、ソルは野生のピカチュウの攻撃で弱りきっていた。それを見た途端、私の憧れと追慕は、みるみるうちにしぼんでいく。 「ごめん、ごめんねソル…もういいよ、私のわがままでこんなにして、ごめんね」 ソルを庇うようにして覆い被さると、ピカチュウはまたでんきショックを放とうとしている動作に入っていた。 ポケモンの技を人間が食らうとどうなるんだろう。もしかしたら、死… そんなことを考えながらソルを抱きしめて、ぎゅっと目を瞑る。しかし、想像していた痛みは来なかった。 薄く、目を開ける。 「ヤヤコマ、つつく!」 タイプ相性の悪いピカチュウ相手に機敏に立ち回るヤヤコマと、カルム君が、そこにはいた。私を守るように立つ背中しか見えなくて、その表情は分からなかったけれど。 「よし、十分弱ったな…ナナシ、モンスターボールを!」 「えっ、あっ、うん!」 初めて名前を呼ばれたことに慌てたあまりに、モンスターボールを取り落としそうになりながらも、私はボールをピカチュウに向かって投げた。ピカチュウはヤヤコマによるダメージを受けてかなり弱っているようで、モンスターボールをかわすこともなく、そのまま大人しく吸い込まれていった。 ボールの揺れと、沈黙。しばらくの後、カチリという、ピカチュウゲットの音が、静かな森の中に響いた。 「っやったぁ!ありがとう、ありがとうねカルム君!」 「…どうしても、捕まえたかったんだろ。オレには、これくらいしかできないからさ」 これくらいしかできない、の言葉の意味が分からなかった私は首を傾げながらも、モンスターボールを拾って、カルム君に笑顔を向ける。 「守ってくれて、すごく嬉しかったよ。このピカチュウ、ソルとおんなじくらい、大事に大事に育てるね!」 カルム君はなぜかそれを聞いて、目を逸らす。カルム君の表情をよく見ると、夕日も差し込まない森の中だというのに、頬が薄い朱色に染まっていた。 「憧れの人に…ちょっとでも、近づけたならいいな」 「!?」 聞こえるか聞こえないかくらいの小声でカルム君が呟いた言葉は、私の心をかき乱すには十分で。私はピカチュウの入ったモンスターボールを握りしめたまま、その場に立ち尽くしていた。 <* | #> しおり+ もどる |