まっさらの姫君 | ナノ
ロカッコカリ


「選んだポケモンにニックネームを付ける?」
「ホアッ!?」
 ボールから出てきたばかりのぼくの前には、妙声を上げて驚いた後、恥ずかしさで顔を真っ赤に染めて慌てふためく少女の姿。
 ぼくをパートナーに選んだ主人は、なんだか変なニンゲンだった。

「に、ニックネームの存在なんか知らなかった…どうしよう…」
 ぼくとナナシは、みんなが解散した後のカフェの席に取り残されていた。ナナシはぼくを膝の上に乗せて、考え事をしている。
 ナナシの目の前のテーブルには赤い機械…これはどうやらポケモン図鑑と言って、ぼくたちポケモンのことを、出会ったものから記録していくすごい機械らしい。そして、博士からだという、ナナシのママへ宛てられたお手紙。
「ううーん…ポケモンセンターでトレーナーカードを作ってもらう時までには決めないといけないみたいだから、今決めた方がいいよね」
 テーブルに肘をつき、両手で顔を覆ったナナシに、「そんなに深刻になることないよ」という意味を込めて鳴く。
「フォッコ…フォッコは炎タイプで…炎といえば…ううーんと」
 鳴き声に反応してぼくのことをぼんやりと見やるナナシは、おそらく思考に夢中なのだろう。
「無い知恵を搾っても仕方ないんだし、家に帰って辞書を引こうかな」
  ため息をついたナナシは、図鑑とお手紙を丁寧にかばんにしまって、ぼくのほうを向いた。
「よし、おうちにかえろ、フォッコカッコカリ!」
 フォッコカッコカリはいやだなぁ、はやく辞書とやらで名前を決めてもらわなきゃ、とぼくはいそいでナナシの膝から飛び降りた。

「おかあさん、ただいま。あのね、さっそくだけど、ひとつお届け物があるの」
 ナナシはナナシのママであるらしい女性にお手紙を渡す。小綺麗な封筒からは、ほんのり花のようないい香りがした。
「なにこれ、手紙?…プラターヌ博士、から?」
 訝しげに封を開けたナナシママは、わずかに目を見開く。
「引っ越してきて早々いろいろあるけれど、さあ、フォッコとあなたの旅の支度をしなきゃ!…そういえば、そのフォッコにニックネームはつけたのかしら?」
 ナナシママはナナシに尋ねる。いいえそれがまだ決まってないんです、という意味でくうんと鳴くと、ナナシママはそんなぼくをひとなでしてくれた。
「ううん、今からそれを考えようと思ってる。だから私は一旦部屋に…あれ、おかあさん今旅って言った?」
 自分の部屋に向かおうとしていたナナシは、ナナシママを勢いよく振り返る。なんだ、ナナシは知らなかったのか。ぼくはプラターヌ博士のところからきたポケモンだから、ぼくときみがこれから旅立つことを知っていたんだ。おかあさんはといえば、にこにこしながらナナシの問いかけをスルーしている。
「それならはやく決めてあげなさいな、旅の準備はその間におかあさんがしておくから」
「えっちょ、やっぱりた、たびって言った!」
 事態が飲み込めていないらしいナナシを取り残して、ナナシママは支度にとりかかる。呆然と立ちすくむナナシの足をぼくは頭で後ろからぐいぐいと押して、部屋へと急がせる。
「ま、まって、フォッコカッコカリ、今行くから…」
 きみに一刻もはやくその呼び方をやめさせるためにもね!

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