真夜中の墓地で、ナナシは震えていた。
梅雨特有のじめじめとした生暖かい風が吹き、木々のざわめきに混じり何かの気配が草むらを駆け回る。
普段でさえ極度の怖がりなナナシのことを知っている人であれば、まさかこんなところにナナシがいるなんて見間違いだろう、と思うにちがいない。
それほど怖がりなナナシがこんなところにいるのには、当然だが訳があった。
時は数時間前に遡る。
「ナナシののろま、ぐず!悔しかったらとりかえしてみろー!」
「う、う…」
泣きそうな顔をしたナナシは、教室の床にぺたりと座り込む。その周りを取り囲むいじめっこ達の中でも一番体格のいい少年が、高々と何かを掲げていた。
それは、周囲の輝きを取り込んでいるかのように真っ黒な、神秘的な石。ナナシの宝物だったその石を、いじめっこ達が無理矢理に取り上げたのだ。
「こんなまっくろの石がたからものなわけないだろ!お前みたいな暗いやつにはおにあいだけどな!」
「なーなー、こんな石川かどっかにすててやろうぜ!」
周りにいた子どもたちが囃し立てる。
「や、やめてぇ…かえして、お姉ちゃんの石…」
この石は、遠く異国の地方に嫁いだ姉が、「いつかポケモンを持つようになれば役立つかもしれないから」と、お守り代わりにナナシにくれた物だった。
体格でも数でも負けるのは明らかなのに、ナナシは石を持っている少年によろよろと近寄り、手を伸ばす。
それが少年の悪い心に火をつけたらしい。
「なきむしナナシのくせに!そんなに返してほしいなら、返してやる!町はずれの墓地のおくにおいておいてやるから、夜中に一人でとりにいくんだぞ!」
「そ、そんなぁ!」
そして、事態は冒頭に至る。
「く、くらいよ…こわいよ…」
ナナシは震えながら墓地を進む。ナナシには、時折吹く風も、自分の踏んだ砂利が立てる音も、すべてが良くないものの仕業のように思えてしまう。
それでも墓地の奥に向かっているのは、ナナシにとってその石はそれほど大切なのだろう。
すぐ足元までしか光の届かない弱々しい懐中電灯を持って、恐る恐る進む。そんなナナシを木陰の奥からそっと見ているものがいた。
(あれは、ニンゲン?)
(また、キモダメシとやらに来たのかな)
(ちょっとおどかしてやろうか)
ふわふわと浮かぶそのポケモンは、ランプに似た姿をしている。ランプのポケモンは二本のうでをぶんっと振ると、気合を入れるように体の灯りを強くした。