僕だけを
注意
※微裏・死ネタ・主人公寝取られ要素があります。
※主人公に人間の恋人がいます。


 目障りだった。僕からナナシを奪っていったあの男が、憎かった。

 僕は初めて捕まえられた時、タマゴを作るためだけに利用された。僕の初めてのトレーナーの、あたたかな手に触れられたのは一度だけ。ポケモン達が暮らす施設に預けられて、タマゴを作る道具にされて、僕より強いメタモンが手に入ったからという理由で簡単に僕は捨てられた。
 それから、何度か僕はトレーナーに捕まった。一緒に施設にいたポケモンたちからは、トレーナーとのあたたかな触れ合いの話を聞いていたから、僕は今度こそと目を輝かせた。しかし、期待していたぬくもりはその後も誰の元でも得られず、僕は人間の汚さを思い知った。
 一緒に施設にいるポケモン達が嬉しそうな顔でトレーナーとの思い出を語るのが許せなくて、僕はその度にそいつを乱暴に蹂躙した。どんなに嫌がっていても、最後には雌の顔をして僕を受け止める奴らを、奴らのトレーナーに見せてやりたい。そんなことを思いながら、何度も何度も情事を重ね、僕の子を宿させた。僕をぞんざいに扱うトレーナーが、どうか僕の子は愛してくれますようにと願いながら。

 月日が流れ、何度行為を重ねたか、何度捨てられたかも思い出せなくなった頃、僕はナナシに出会った。初めて持つポケモンを父親と捕まえに来たという少女は、小さな手にモンスターボールを握りしめて、きらきらとした目で僕を見ていた。僕の"用途"を知っているらしい父親が僕を見て嫌な顔をしたのも気にせずに、ナナシは僕にゆっくりと歩み寄る。ナナシは驚くほどに純真な女の子だった。
 ナナシに捕まってしばらく経っても、何度も人に利用され捨てられた僕は、少女の無垢な笑顔さえ信じられないままでいた。思うような反応を返さない僕に、どうせこいつもすぐに飽きてしまうだろう。そんな冷めた目でナナシを見ていた。
 しかし、ナナシは違った。僕が何度冷たい反応を示しても、ナナシは笑顔を崩さなかった。僕が安心してこの家にいられるように、僕が心から笑えるように、たくさんのことをしてくれた。とろけるような甘いお菓子も、僕を撫でる手の優しさも、全部初めての経験だった。一年が経った頃、ようやく僕は気づいた。憧れてやまなかった世界に、今僕は、辿り着いていたのだと。
 それまでずっと酷い扱いを受けていた僕が、優しいナナシに心酔してしまうまで、そう時間はかからなかった。ナナシだけが僕を見てくれる。ナナシだけが僕を愛してくれる。ナナシだけが。
 ナナシだけが。
 ナナシだけが。

 ナナシはどんどん美しく成長していった。初めて出会った頃は小さく丸っこかった手も大きくしなやかになり、板切れのように細く薄かった体は丸みを帯びた大人の女性のそれに変わった。
 僕はずっと、成長していくナナシの一番そばにいた。ナナシがいじめられた時は、怖い怪獣にへんしんしていじめっこをやっつけてあげたし、ナナシを好きになる奴がいた時は、ナナシの姿にへんしんして代わりに断ってあげたりもした。ナナシはなんにも知らない。いじめっこが突然何もしてこなくなった理由も、異性が自分に深く関わってこない理由も。

 ある日、ナナシが、僕も数回だけ見たことのある男を連れて、家に帰ってきた。ナナシはその綺麗な顔を薄く朱に染めて、「紹介するね、カレ君は私の恋人なの」と僕にはにかんだ。
僕はずっとナナシのことを見ていたのに、いつのまに距離を縮めていたのか。ナナシは僕だけを愛していればいいのに。僕だけを。僕はずっと君だけを愛して守っていたのに。
「カレ君とはね、文通で仲良くなったの。メタモンはちょっとしか会ったことないから、びっくりしたよね」
 ナナシの言葉に謎が解ける。そういえば、ナナシはここのところよく机に向かって何かを熱心に書いていた。人間の文字が読めない僕は、いつもの宿題というやつだろうと、油断していたのだ。
「よろしくな、メタモン」
 男が僕に手を伸ばす。その手を僕は乱暴に振り払った。
「メタモン、カレ君に何てことするの!」

 ナナシが僕に声を荒げたのは、その時が初めてだった。

 ナナシにとっての「一番」が入れ替わったのだろう、と理解してからの僕の行動は早かった。
 ナナシにへんしんして、夜の森に男を誘う。大事な話があるの、と僕がナナシの姿で言えば、男は下心の窺える目で即座に頷いた。
 ほら、やっぱり、こんな汚らわしい奴はナナシから遠ざけなくちゃ。
 まんまと騙されて人気のない森にやってきた男は、へんしんを解いた僕になすすべもなく殺された。顔を真っ赤にしたり紫にしたりする男を見て、こいつはへんしんが下手だな、とぼんやり考えた。
 動かなくなった男をよく観察する。顔、体、見えにくい位置にあるほくろも全て把握する。嫌悪の対象であるこの男をじっくりと見るのはとても気持ちが悪かったけれど、僕の目的のためには致し方ない。
 僕はへんしんする。
 君を、僕だけを愛していた君に、戻すために。

 いつも通りナナシの家に帰った僕に、ナナシは驚きで目をまんまるにした。
「カレ君、こんな夜中にどうしたの?」
 ナナシは僕じゃない奴の名前で僕を呼ぶ。しかし、悪い感情はちっとも湧かなかった。だって、どうせあいつはもういないんだ。これで、また君を、独り占めできる。
「とりあえずここに座ってて、何か飲み物持ってくるからね」
 ドアの前に立つ僕の横をすり抜けて部屋を出ようとするナナシの腕を、僕は強く掴んだ。
「痛っ…!」
 どうして、と言いたげな顔で振り向くナナシに、にたりと笑ってみせる。
「お前がメタモンなんかを可愛がるから悪いんだ。お前は俺だけを愛していろ」
 まるで今の状況と正反対な嘘をついてみせる僕に、ナナシは顔を真っ青にする。
「メタモンは!?ねえ、メタモンをどこにやったの!」
 僕に掴みかかるような勢いで、僕のことを心配するナナシ。僕はここにいるのに、おバカさん。何度騙されても、一つも気づかないんだね。そこが可愛いんだけど。
「メタモンは…殺したよ」
 その瞬間、ナナシが僕に…いや、僕が騙る「カレ君」に向ける目に、確かな憎しみが宿った。
 そう、それでいい。もっとこの男を憎め。僕は死んだことにされていい、それで僕だけが永遠に君に愛されるのならば。
「この…っ」
 手近にあった目覚まし時計をつかんで僕に振り上げる腕を掴み、ずっと大切に守ってきた柔らかな頬を張り飛ばす。床に倒れこんだナナシを無理やり引っ張り起こすと、ベッドに突き飛ばした。
「メタモン…ごめんね…」
 弱々しい声でつぶやいて、虚ろな目から涙を流すナナシはとても美しい。だって、僕を、僕だけを思って泣いてくれているんだ。その事実にぞくぞくと歓喜が湧き起こる。殺された上にナナシに憎まれることになった男のことなど、もう僕の頭にはなかった。
 君にとって綺麗なまま死んでいったことになっている僕を、どうかいつまでも愛していてね。僕はここで、君のことを悦ばせ続けてあげるよ。何度もいろんな相手とタマゴを作るための行為に及んできた僕は、相手が快感を得るためにどうすればいいのかが手に取るように分かる。利用されて捨てられたことが、まさか君のために役立つことになるなんて思っていなかった。
 僕がベッドに乗り上げて顔の横に手をつくと、ナナシは恐怖に引きつった表情を浮かべる。僕は自分が醜悪な笑みを浮かべているであろうことに気づいていたが、どうせ僕が何をしても嫌われるのは男なんだからと、取り繕うことはしない。
 この子の初めては僕がもらうんだ、ずっとそのために守ってきたんだから。
 ナナシのしっとりとした頬を撫であげると、見開かれたナナシの目からぽろりと涙の粒がこぼれ落ちた。
 嘘つきな僕は、ナナシの中では永遠に不変な「やさしかったメタモン」になれた。これからの行為で嫌われるのは、この人間の男だ。そうやって君は、自分が騙されていたことなんて何ひとつ知らない純粋な少女のまま、生きて死ねばいいんだよ。

 泣かないでナナシ。きもちよく、してあげるから。
 さあ、僕とタマゴをつくろうね。

僕だけを
(愛していて)
 


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