きづいて、きづかないで
※設定は友人より拝借しました。
※映画「みんなの物語」のトリト先生が出てきます。

 ホウエンチャンピオンであるナナシは、今では遠くの街でポケモンブリーダーとして小さな育て屋さんを営んでいる。
 それを知っている人は、今となっては数少ない。昔馴染みであるユウキとその父親のオダマキ博士、元チャンピオンにして関わりが深いダイゴくらいである。

 世界を救う偉業を成し遂げた上にチャンピオンの座にまで上り詰めた彼女が、どうして一ポケモンブリーダーの地位におさまっているかというと……それはひとえに、ポケモンへの愛情ゆえだった。

 こつこつ、とモンスターボールが彼女の腰のホルダーで揺れる。これはお客さんが来た時の合図なのだ。

『待っててね、すぐに戻るよ。』
 
 ナナシがモンスターボールを軽く撫でると、答えるようにボールが揺れる。
 その中には、ホウエン地方の伝説上に名を残すポケモン……ナナシの最愛のポケモンである、カイオーガが住んでいた。
 彼女が今のような隠遁生活を送っているのには、カイオーガの存在をひた隠しにして、彼を平穏に暮らさせてあげたい、という思いからでもあった。

『はあい、どちら様ですか……あ』

 ナナシが暖簾を上げて外に出ると、そこには顔見知りの研究員が立っていた。もっさりとした風貌の緑髪の研究員は、疲れ切った目をしてモノクルを外すと、ごしごしと目をこする。

「あっ、ナナシさん、お、お久しぶりです……研究に必要なポケモンがいまして、今回はそのタマゴをと……」
『トリトさん!また研究づくめですか?!』

 トリトの言葉を遮るようにして、顔色が悪いですよ!と言ったナナシは、トリトを店内に招き入れて椅子に座らせる。そしてバタバタと奥に引っ込んで行き、戻って来たときには、水色のジュースを手にしていた。

『これ……オレンのみからブレンドしてみたジュースなんですけど、よかったら』
「あっ、あああありがとうございます……!」

 トリトがはにかんでジュースを受け取った途端、ドザァッと凄い音がして店の屋根を雨が叩いた。

「あ……」
『い、いつものアレ、ですね……ちょっと待ってくださいね』

 店内の裏手に回ると、裏口の外に、プールを模した広いスペースがある。
 そこに向けてモンスターボールのボタンを押すと、白い光に包まれて青色の大型のポケモンが姿を現わす。彼こそが伝説のポケモン、カイオーガだ。

『もう、カイオーガ、お客さんが来てるときに雨降らせちゃダメだって前にも言ったでしょう?』
「……」

 カイオーガはふいっとそっぽを向くと、ナナシの言葉に返事をしないまま、雨足だけが強くなる。

 以前までは自分だけに注がれていた愛情がトリトの出現によって揺らいでしまい、カイオーガは嫉妬しているのだ。しかし、そのことに、ナナシは一向に気づかない。

『もう、どうしたの……?最近トリトさんが来るたびに、雨降らしてるじゃない』

 ナナシがトリトの名前を呼ぶたびに、雨がバチャバチャと勢いを増していく。

『……もしかして、寂しい?』
「!」

 図星を突かれたカイオーガは、その巨体を軽く震わせると、ナナシの方にゆっくりと向き直った。その表情は依然として不機嫌そうではあったが、そこからは戸惑いのようなものも見て取れた。

『大丈夫、あなたはいつまでも私の最高のパートナーだから』

 その言葉に、少しずつ雨足が弱くなってくる。
 カイオーガは無言でナナシに顔をすり寄せると、その巨体には似合わない甘えるような声で鳴いた。
 自分の暴走という危機的状況を救ってくれたナナシのことを、カイオーガは心底慕っているのだ。

『よしよし、良い子だね……』

 ナナシがカイオーガの頭をそっと撫でてやる頃には、雨はもうすっかり上がっていた。

 同じ頃、店内でオレンのみのジュースを飲みながら、トリトは、小さくなった雨音を聞いていた。

「ナナシさん……帰ってこないな……」

 やっぱり会って間もない僕よりも、パートナーであるポケモンの方が大事なんだろうな。
 そんなことを考えると、胸がずきりと痛む。しかし、トリトにはまだ、その感情の意味がわからなかった。

「あ……」

 トリトがふと窓から店の外を見上げると、雨はもうすっかり上がっていた。
 まだ雲がまばらに残る空の中、薄っすらと遠くの水平線の向こうに、虹がかかっている。

 一人と一匹の複雑な恋は、まだまだこの空模様のように続きそうだ。

気づいて、気づかないで
(あ、あのっ、ナナシさん、虹ですよ!)
(本当ですね……トリトさんとこの景色が見られてよかったです)
(あ、あああ、なんでまた土砂降りにっ?!)
(カイオーガ……)


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