サイレント・スクリーム
※以下の項目に苦手なものがある方は、閲覧をご遠慮ください。
・暴力表現
・流血表現
・人及びポケモンの虐待描写
よろしければお進みください。





 彼女は冷たい。体温も、目も、態度も、全てが。
 今日も彼女は、足元に擦り寄るぼくを雑に蹴っ飛ばして、触角をつかんで乱暴に投げ捨てる。ひどい時は踏みつけたり、真新しい傷口を指で押し広げられることもある。
 だけど、どんなに冷たくされても、痛くされても、ぼくは彼女のことが好きで好きでたまらなかった。
 何度蹴られ殴られても懲りずに擦り寄るぼくに、彼女は益々忌々しそうな表情で舌打ちをする。…その理由も、ぼくは、なんとなくだけれど、知っていたんだ。
 
 沼の中に住むぼくを容赦なく追い立てて、ボールの中に閉じ込めた彼女は、ぼくのトレーナーということになる。
 ぼくの体のぬめりを利用して敵の動きを止めるために、彼女はなんどもぼくを捨て駒として戦闘に駆り出した。ボロボロになって戻ってきたぼくを、彼女は、褒めもせず悲しみもせず淡々と見下ろす。そんな彼女にぼくは体を寄せ、蹴り飛ばされ、踏みつけられる。それがぼくと彼女の日常だった。
 彼女のポケモンたちが口を揃えていうには、彼女は悪魔で、人の心なんか持ち合わせていないらしい。ぼくと同じく彼女に乱暴に扱われているポケモンはたくさんいたのだ。彼らはみんな、彼女のことがきらいだった。ぼくとちがって。
 
 一度だけ、彼女が泣くのを見たことがある。その頃のぼくは、顔も見たくないほど彼女が嫌いだった。
 浴室から何も纏わずに出てきた彼女の体は、火傷痕のように何箇所も皮膚がぐちゃぐちゃにただれ、何本もの縫い痕に覆い尽くされていて。まるで、ぼくたちのように。痛めつけられていたように。
 それを見たぼくは、最初は目を逸らそうとした。けれど、それよりも早く、彼女の涙が零れ落ちるのを、ぼくはみつけてしまった。
 彼女の中に、はじめて、人の心を見つけた瞬間だった。

 彼女の靴のつま先が体にめり込む。小さく軟性のある体をよじり、ぼくは呻き声をあげた。
 彼女は、動けなくなったぼくに近づき、触角をつかんで無理やりに上を向かせる。ぼくの頬には、未だ戦闘で受けた傷があった。彼女はその部分にぐりぐりと拳を押し付ける。
 ぼくは、ぼくの頬から流れた血が彼女の手に流れるのを見た。
 その瞬間彼女は、手を離す。
 きっと彼女の他のポケモンたちが見たら、「自分でやったくせに、お前のことを汚いもの扱いするなんてひどいやつだよな」とでも言っただろう。
 けれど、あの日泣き顔を見てからは。ぼくには、彼女のその行動が、「私なんかからは早く逃げなさい」と言っているようにしか見えないのだ。
 ぼくは離れていった彼女の手に、頬を擦り寄せる。ぼくの傷を、わざと抉らせるように。
 彼女がそんなぼくを見て複雑な表情をするのは、彼女自身、彼女を傷だらけにした人から、離れられなかったからなのだろうか。
 なんどもなんども、自分から頬を擦り付ける。頬から流れる血の滴がぼくの体を濡らしたけれど、それでもぼくは、彼女に向かって触角を動かし、嬉しそうな鳴き声を上げる。
 そうすれば彼女が心のどこかで安心するということを、ぼくは知っていたから。
 
 殴っていいよ。蹴っていいよ。叩いていいよ。それでもぼくはいなくならないよ。だけどその代わり、あなたはぼくだけのものだから。
 
 彼女の悲鳴は、ぼくにしか聞こえない。
 ぼくがこうして聞こえないふりをし続ける限り、永遠にだれにも届かない。
 彼女は声の無い悲鳴を上げながら、なんどもぼくを踏みつける。
 かつての自分と同じ憐れな小さい生き物が自分を憐れんでいるだなんて、気づきやしないで、彼女はぼくに依存する。
 どんなに殴っても、壊しても、離れていかない存在を、彼女は無意識に求めていた。
 ぼくを殴る手が、ぼくを蹴り飛ばす足が、本当はぼくに縋り付いているのだと、知っているのはぼくだけだ。
 
 きっと彼女は、もうぼくから離れられない。

サイレント・スクリーム
(あなたのかばんにたくさんの傷薬が入っていることも、それを使えないでいるあなたの臆病さも、その全てが愛おしい)


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