■ トリトのプロポーズ

「先生、お待たせしてすみません!」

待ち合わせ場所に着くとそこにはもう、いつものヨレた白衣ではなく、少しだけ着飾った格好の私の思い人が、あたりをそわそわと気にしながら待ってくれていた。
その側には、相棒であるラッキーの姿はない。あの子は、デートの時はいつも、気を遣って二人きりにしてくれるのだ。

「あっ、ナマエさん…!全然僕も、今着いたところなので!」

トリト先生は緊張するとデートの待ち合わせに早く着きすぎる、という癖も、私はもう十分すぎるほどに知り尽くしていた。だからこそ、見え見えの嘘をついてくれる優しさが、愛おしくてたまらなかった。

「それより、僕、こういうお店は初めてで……もしかして、変な格好になってたり、しない、よね?」

トリト先生は自分の服の裾を不安げにつまむと、恐る恐る私を見上げてくる。

「いいえ先生、とてもかっこいいですよ。でも、そうですね、一つ……」

私は自分の髪に挿していたヘアピンを一つ抜くと、先生の右側の髪をそっと持ち上げ、分け目を綺麗に整えて留めた。

「先生は綺麗な目をしてらっしゃるんですから、この方がもっともっとかっこいいですよ」

トリト先生は一瞬で耳まで赤くなった後、俯いて、もごもごと「ありがとうございます……」と呟いた。

トリト先生との出会いは、ちょうど一年前に遡る。

私の営む花屋の甘い香りにつられてやってきた先生のラフレシアが、はしゃぎすぎて私の相棒ポケモンと衝突し、怪我をさせてしまったのだ。
そのことを気に病んだ先生は、私の相棒ポケモンを何日間も献身的に治療してくれた。
その中で、先生のポケモンに対する真摯な姿勢や、研究中に見せる真剣な素顔などに惹かれていき、いつしか私は気づけば先生のことを目で追うようになっていた。

先生が私のことを好きになってくれた経緯は照れくさいから聞いたことはないが、ラッキーに背中を何度も小突かれながら、上ずった大声で「ぽ、僕と!付き合ってください!」と告白してくれた日のことは、今でも昨日のことのように思い出せる。

「ナマエさん?大丈夫ですか?ぼんやりしていましたが……お疲れの時はこのドリンクを」

あわあわと私の方を見てカバンからいろいろな治療道具(らしきものやら、らしからぬものまで)を取り出し始めた先生を見て、私はクスッと笑った。

「大丈夫ですよ。ちょっと昔のことを思い出していただけなの。それより、先生の緊張……解けてる」
「あれっ?ほ、ほんとだ……」

トリト先生は自分では気づいていないが、人のために何かをしようとする時は、自分の不安や緊張などなかったかのようにすっぽりと忘れてしまう人なのだ。そこも、好きな所の一つである。

「さあ、先生、いきましょう?」
「は、はい!今日は僕が、え、エスコート、しますから、ナマエさんは安心してついてきてくださいね」

私を先導したのはいいものの、右手と右足が同時に出ている先生を見て、あらら緊張戻っちゃったか、と苦笑いしながら、私はその後を追った。

お店に着いてみると、私が想像していたようなお店よりもずっと大きくて綺麗で、なんとオーシャンビューの席に通された。
テーブルメイキングも美しく、お皿の上のナフキンは花の形に折られていた。
給仕のエイパムが、器用に尻尾でメニューブックを手渡してくれる。

「と、トリト先生、ここお高かったんじゃ……!?」
「ナマエさんにはいつもお世話になっていますから、そんなこと気にしないで。たまには僕に甘えてください。……それに、今日は大事な話があって、ここに呼んだんです。」
「大事な話、って……?」

一瞬別れ話を想像して背筋が冷たくなる。ここまでの文脈から想定して、一瞬でそれはないと判断したが、緊張は拭えないまま、私はトリト先生の一挙手一投足に注目する。

先生は何やら、カバンを漁っているようだ。
取り出されたのは、私の好きな色のリボンでラッピングされた、可愛らしい小箱。
これは、もしかして。
もしかして……期待、しても、いいのだろうか?

「開けて、みても、いいですか?」

おそるおそるそれを受け取ってトリト先生の方を伺うと、神妙な面持ちで頷かれる。その目の綺麗さに、整った顔立ちに、心拍数が上がったのを感じた。自分で勝手に前髪を上げておいて、なんだけど。

シュルシュルと手の中でリボンが解けて、出てきたのはベルベットのような質感の小箱だった。

そっと、蓋を、開けてみる。

入っていたのは、私が好きなグラデシアの花をかたどった石がついた、きらきらと光り輝くリングだった。

「あの、あの……急にこんなこと言って、迷惑かもしれないけど。だけど。」

トリト先生のその言葉に、告白されたあの日が蘇る。

知らず知らずのうちに、あたたかいものが頬を伝い落ちていた。

「ぼ、僕と!結婚!してください!」

若干裏返った声で、土下座しそうな勢いで、トリト先生は私に言い切る。

店内の人たちが、その大声にびっくりして一瞬こちらを見てきたが、私はそれすらも気にならないくらいに嬉しくて、ぽろぽろと泣いていた。

そして、トリト先生は、震える手を、私に差し出す。

「はい、私でよければ、喜んで」

私は次々と溢れ出してくる涙をそっと拭うと、先生に手を伸ばした。

先生は緊張で震えながらも、とても優しい手つきで、リングを私の左手薬指に通してくれた。先生の手の心地いいぬくもりに、少しずつ涙が止まってくる。

「これで僕たちは晴れて、夫婦、なんですね」

張り詰めた気が緩んだかのようにふにゃりと笑った私の恋人ーーー改め夫は、これからきっと、世界中の誰よりも、私を幸せにしてくれるだろう。

いつだってうれし涙

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