■ カガチとメンヘラ少女

『うー、あー』

看護師に面会の紙に印鑑を押してもらい、俺が通されたそこは、精神科の隔離病棟。
見舞い相手であるナマエがいる病室の扉を開けると、ナマエは刃物も紐も取り上げられ、窓すら一つもない、簡易トイレだけの簡素な個室で、トイレットペーパーを首にぐるぐる巻きにして呻いていた。

『首吊り自殺また失敗だぁ……ふへへ』

俺の姿を認めるとナマエはふにゃりと笑って、きゅっとトイレットペーパーを引き締める。それはナマエに何の傷も負わせることなく、簡単に千切れてははらりと床に落ちた。

「あーだめだだめだナマエ。自殺っていうのは、こうやるんだぞ」

年齢よりも幾分か若く見られる顔立ちできょとんと俺を見上げるナマエの手を掴むと、俺は強引にナマエ自身の手でナマエの頭を撫でさせた。

「ほら、これを毎日やってみろ。そしたらそのうち死ねるからよ」

ナマエは不思議そうな顔で、だが俺に言われたことには従順に、自分の手でくしゃくしゃと、長年の入院生活で傷みきったその髪を撫でていた。

『カガチおじさん、やっぱり、ものしりなのね』

「おうよ、当然だろ」

『ねぇ、リリィちゃんは?』

ナマエと話していると、話題がぽんぽんと飛ぶのはいつものことだ。それも病状の一つらしい。

ナマエとリリィは、院内学級で出会ったらしい。
生まれつき体が弱くて保育学級によくお世話になっていたリリィと、親からの虐待を受けて精神を病んでしまったナマエは、まるで同い年のようによく遊んでくれていた。その関わりで、俺とナマエはこうして顔見知りになり、ナマエの病室にも顔を出すようになったのだ。

「リリィは、最近は調子が良いみたいだぜ。この間なんかは、風まつりにも参加したからな!」
『ほんとーっ?よかったぁー!』

年齢にしては幼すぎる動作で手足をぱたつかせて喜ぶナマエは、誰からどう見ても「おかしい」人だった。

ナマエがリリィの様子をこうして尋ねてくるということは、ナマエは逆に病室から出られない日が続いているということでもある。

病状が悪化してどんどん外界から隔絶されていくナマエにしてやれることは、俺には何もなく、ただこうしてたまに見舞いにきてやれるだけだった。

『ねえねえカガチおじさん!ナマエも、来年には風まつり行けるかなっ?!』

その言葉に、背中を冷や汗が伝う。

行けるはずがない。ナマエの病状では、外にすら出られるわけがない。ましてや、あの人混みの中へ行くなんて、到底……

それら全ての言葉を飲み込んで、俺は笑った。

「おうよ、当然だ!その時はリリィと一緒に、いろんなとこに連れてってやるからよ!」

にこにこと穏やかに微笑むナマエの傷痕は、誰の目には見えない。

甘いだけの優しくない嘘でナマエを包み込む。

俺は今日も罪悪感を自分だけのものにして、笑顔の裏で飲み下した。

全部、俺が嘘にしてやるから

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